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閑話5 忌まわしき事件

「あの、話は戻るんですけど、俺がここ帰ってきたばかりの時になんか人理さん怒ってたじゃないですか」


 俺はずっと気になっていたことをようやく人理さんに聞いた。


「ああ、半年前に旅行から帰ってきたあの時?」

「違いますよ! さっきですよさっき! というか、もう全身痛くてツッコミ入れるのシンドイんですから勘弁してください」


 気分がノってきたのか人理さんがボケをかましてくれたので、条件反射的にツッコミを入れてしまった。


 いかん、この人との生活が長すぎて変な方向に教育されている。


「はっはっは、悪い悪い。じゃあ説明してやるが、あれはちょっとモニターとじゃれていてだな。バカにしてきやがったからイライラしてたんだ」

「え、モニター対応しちゃったんですか?」

「おう、お前がコンビニからなかなか帰ってこないから仕方なくな。お前が悪いんだぞ。なんで40分も席外してるんだよ」

「いや、休憩のタイムカードはちゃんと切りましたし」


 というか、え? この人、接客しちゃったの? 対人折衝スキルの能力値がマイナスに振り切ってそうなのに?


「だ、大丈夫だったんですか?」

「何を心配してんだよ。ちゃんと懲らしめといたから安心しろ」


 懲らしめた? 何言ってんのこの人?


「すいません、ちなみにどのような案件だったんですか?」

「まあクレームだわな。妹の頭おかしくなったとかで文句つけてきてさ。ムカついたからコテンパンにしておいたわ」

「おぉおおおおおおおい! 何やってんだよあんた! ……あ、すいません、スタンガンは勘弁してください。あの、ホントすみませんでした」


 あまりのことに怒鳴ってしまったが、人理さんが無言で席までやってきてスタンガンを突きつけてきたので速やかに椅子から降り、土下座の体勢へと移行する。まずい、ちょっと慣れてきてるぞ俺。


「言動については謝ります。けど、多分つみきちゃんですよねその人? 俺が対応するって言ったじゃないですか」


 このゲームを開発していて、これまで何件か事故や事件のようなものがあった。その中でも今回の"つみきちゃんの件"はトップスリーに入るほどにヤバい。解析の結果、ゲームを進めていく中で症状が快方に向かうとわかったが、対応を誤れば会社の評価に関わってくる問題だ。それを、何やってんだよ人理さん。


「さっきも言ったけど、お前がいなかったのが悪いんだろ。それに、問題なかったぞ?」

「いや、でも……」


 今もスタンガンを向けられているのであまり強くは言えないが、問題なかったとか嘘だろ。一般人懲らしめちゃったんでしょ? というか、クレームを頂いた相手をコテンパンにするとかどんなオペレーティングだよ。大丈夫なわけがない。


「『でも』じゃねぇよ。問題ないつってんだろ。なんならリプレイデータあるから見てみろよ」

「いや、しかし……」


 と言葉を紡ごうとしたが、人理さんの瞳孔が怒りのせいかだいぶ大きくなってきておられましたので引き下がらせていただきました。危うくガチギレですよ。


「いえ、わ、わかりました。データの方確認致しますね」

「おう。ただ心配するべきは、つみきちゃんのプレイングだとボクは思うけどな」

「えっと、どういう意味ですかそれ?」


 確かに、いろいろ問題のあるモニターだったと記憶している。


 痛みに対して妙に積極的だし、それに加えてやけに頭が切れるのだ。ゲームの穴のようなところをついてスーパープレイをしちゃうタイプのモニターである。ついでに、人間には耐えきれないようなダメージを覚悟の上で無茶苦茶するため、彼女のデータをどこまで参考にしてゲームを修正するかというところを一昨日からよく二人で話し合っているのだ。


「どうもこうも、普通ならゲイシーはあの段階で倒せない。だが、それをアイツは倒しやがった。しかも生け捕りだ。想定しなくはなかったが、まさかこんな早い段階でやるヤツが出てくるとか予想できるかよ。つうか、なんでアイツはゲイシーの家行かねぇんだ! 話進まねぇだろ!」


 今までの出来事をなぞっている間にイライラしてきたのか、人理さんは髪を振り乱しつつ地団駄を踏む。俺は土下座をしている身の上であるため、衝撃が膝によく響いた。


 そして、人理さんはおもむろに床へ叩きつけたままになっていたカチューシャを手に取り頭へと装着する。


「おい、リッピー。出てこい」


 すると、その声に反応するかのようにホロキューブが浮かび上がり、金色の光を発しだした。どうやらあのカチューシャがコントローラーらしい。


「はいな! 問おう、そなたが私のマスターか?」


 先ほどの光の中から、見慣れた黄色い妖精が元気よく飛び出してきた。


「そうだよ、わけわかんねぇ質問してんじゃねぇ! それより、何故つみきちゃんはゲイシーの家に行かない? ちゃんとアナウンスしたのか?」


 人理さんはリッピーのボケへ軽快にツッコミを入れつつ質問を畳み掛ける。


「したよー。したんだけどさ、なんか私のこと信用してないのか全然言うこと聞いてくれなくって」

「なんで案内役のお前がそんな信用落としてるんだよ。なんか変なこと言ったんだろ」

「えー? うーん、なんか言ったかなー……」


 人理さんの質問連打に、黄色い妖精は困り顔だ。いや、多分リッピーは悪くないんだけどね。あの子が疑り深く、ついでにルート通り攻略しないタイプだって話だと思う。ただ、そんな話をしてもこの人は聞かないからなぁ。


「いやー、変なことはいっぱい言ったけど、信用落とすようなことは何も言ってないよ。その信用度ったら、誰でも安心して私の保証人になれるくらい」


 そこでしばしの沈黙が訪れる。


 あの人理さんがツッコミを入れないのだから相当なものだ。確かに、こんな頭のゆるそうなヤツの保証人にはなりたくない。


「あ、あははー、滑ったかな?」

「それもあるが、あんまり"保証人"とかゲーム内で言うなよ。わかってると思うが」


 急に人理さんは声のトーンを低くする。


「お前のキャラに似つかわしくないことは言うんじゃない。ちゃんと意識しろ、元"穂高"」


 懐かしい名前が聞こえた。


 穂高さん。


 彼女は、もう半年以上前にこの部署を辞めてしまった。

 そう、彼女が辞めたきっかけは、この妖精の人格データにある。


「モトホダカ? なにそれ? お相撲さんの名前?」

「そんなに太ってはいなかったよ。もう忘れてるだろうけどな」


 リッピーの人格データは、穂高さんの人格を"リッピング"し、それを加工して作られたものだ。


 人格リッピング。

 つまり、人の脳の吸い出しコピーである。


 そんなことができるのかと思うかもしれないが、我らが誇る大天才・神山人理さんにとっては造作もないことだった。


 いや、「造作もない」は言い過ぎか。


 だって、あれほどのことが起きたのだから。

 それは、この部署に所属していた人間に聞けば、誰もが「クローン・モノクロームによって引き起こされたヤバい事件第1位」としてあげると思われるほどのものだ。


 この時の俺は、久しぶりに思い返してしまった。


 忘れたかったあのことを。

 穂高さんの人生を狂わせた、あの忌まわしき事件のことを。


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