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閑話4 俺の上司がこんなに可愛いわけがない

 これはだな、ボクが発明した『ホロキューブ』ってもんだ」


 俺の質問に対して、人理さんは右手の中身を見せつつそう答えた。そのまま、手の中の箱を弾くようにして空中へと飛ばす。


「操作者の思考に反応してプログラムに入っているオブジェクトデータを参照し、その形質を自在に変化させることが出来る」


 彼女の言葉に応じるように、空中へと舞った黒い箱は再び火の玉へと姿を変えた。あの魔法のカラクリは、どうやらこれらしい。


「『ホロ』と名前にあるが、実際はナノマシン技術と反重力技術によって実現している。ホログラムとは見え方が似ているだけで関係ない。ちなみに、オブジェクトデータを参照しているが、細かい部分は操作者の意思である程度変えられる」


 その言葉に応えるように、宙を漂う火の玉は人理さんを中心にして、地球に対する月のようにクルクルと回り始めた。見ていると、速度が増したり、ちょっと大きくなったりしているのがわかる。人理さんが操作しているのだろう。


「ちょ、ちょっと待ってください! ナノマシン技術は実用化が進められてるからまだわかりますけど、反重力は実現が難しいって話じゃなかったですか!?」


 人理さんが言ってることが本当なら、俺はとんでもないものを見ていることになる。


 それについて研究しているなんて知れれば学会で総叩きにあうとも言われる「反重力技術」。別に嫉妬による叩きではない。SFの世界と科学をごっちゃにした馬鹿者だという扱いを受けるらしい。


 ある意味禁断の技術とも言えるそれが、当然のように用いられた物体が目の前にある。俺はひょっとすると、歴史的瞬間を目撃しているのかもしれない。


 しかも、この滑らかなエフェクト。燃えたぎる炎からは一切違和感を感じない。さっきのリッピーだってそうだ。ただナノマシン技術と反重力技術を使ってるなんて言われてもそう簡単に納得できるものではない。ひょっとすると、とんでもないオーバーテクノロジーなんじゃないかこれ?


 初めはホログラムの応用かなんかだと思っていたが、内容を理解していくにつれて頭がクラクラしてきた。


「ああ、難しいって話だったな。それは間違いない。ガッツリ時間割いて研究したけど、ここまでやれるようになるのに三ヶ月くらいかかっちゃったよ。ボクの頭脳だってのに、驚きだよな」

「さ、三ヶ月って……」


 嘘だろ。一流の科学者が一生かけたって出来ないと言われていたものがだぞ。いや、俺はプログラマーだし詳しくはないが、簡単な資格を取るみたいな感覚で出来ることでは断じてない。 


「おら、どうした? 黙ってねぇでもっと言うことないのか? 不可能を可能にした人間が……、いや、神をも超えし存在が目の前にいるんだぞ」


 言われて、俺は思わず立ち上がった。


「す……」

「『す』? どうした? ちゃんと喋れよ」


 どうしよう、言葉が上手く出てこない。思い切り息を吸い込み、何を言うべきか考えをまとめ上げる。


「……す、スゴイです!」


 語彙が恐ろしく足りないと思われそうだが、もうなんかスゴすぎてこれしか言えない。


「ほんとに、ほんとにスゴイです! ど、どうしましょうこれ……えっと、えっと……」

「だろ? スゴいだろ? もっと褒めてもいいんだぞ? ん?」


 めっちゃドヤ顔をされてるが、別に全然気にならない。もうなんか、むしろ「もっと偉そうにしてください」くらいの気持ちだ。


「スゴすぎます! 抱いてください!」

「え!? いや、それは……って、おい、近寄るな! 待て、待て! ほんと待て、あっ……どこ触って……おい!」


 再びスタンガンの衝撃が俺の腹部を襲う。


「ぐぅ……」

「頭を撫でるな! ボクはスゴイの! 偉いの! バカにするなよコラ」


 もう何されても幸せです。あなたの部下で良かったです、はい。


「さて、話を戻すが、この『ホロキューブ』は精度の部分でまだ改善の余地があるものの、だいたいなんでも再現できる。さっき見せた通り魔法みたいな表現はもちろんラクショーだ。これからは、子どもたちの遊びの質が大幅に変わるぞ」


 手から波導を出したりっていう、子どもの時なら誰でも考える夢が、この度ついに実現するのか。胸が熱くなるな。


「んで、さっきのリッピーみたいに、ゲーム内の存在を現実に連れてくることもできる。ゲームのキャラと一緒に生活したいとか考えたことあるだろ? それが実現できる。今回の『クローン・モノクローム』がホロキューブの最初の対象商品だ。これから『ディリアル』は『現実リアル』へと踏み出す。ボクたちのゲームが世界を変えるんだ」


 人理さんは大袈裟に両手を広げ、天を仰ぐようにした。


 芝居がかった振る舞いだが、それが今の状況になんともしっくりきてしまい、心の奥から何かがあふれてくる。


 ああ、どうしよう。感動で前が見えない。


「俺、本当に……本当に人理さんの下で働けて良かったです……」

「お前どんだけ泣くんだよ。ヒクわー」

「なんとでも言ってください。俺はそれくらい嬉しいんです」


 この人を信じてここまで来て、本当に良かった。


 なんて風に感慨に浸ろうとしたが、そこでふと別の疑問が浮かんだ。この辺は物作りに携わる者の業みたいなものだと思う。


「そういえば、最初の『雷』の時もリッピーの時もちゃんと音が聞こえましたけど、あれはどうやってるんですか?」

「ああ、スピーカーから流してるよ」


 なんだ、そこは普通なのか。

 いや、こんなこと言うと絶対怒るので言わないけど。


「ちなみに、この火球やさっきの光球は、当然のことだが外見を似せてるだけだ。触っても熱くないし感電もしない」


 言いながら、人理さんは先ほどから自分の周囲を回り続けている火球の進路を右手でさえぎる。


 すると、その火球はその手にぶつかってわずかに形状を歪めた。手に近い側に黒い亀裂がいくつも入り、それで本当の炎の塊ではないとわかる。


「ちなみに、今はエフェクトが崩れてるけど、衝突判定作ってその際の挙動を決めてやればこの辺りの問題も解決できる。まあ、簡単に言うとイフ条件をつけれるんだな」


 イフ条件とは、プログラミングにおける「条件分岐」のことだ。「こういう時はこうなります」という命令文のことを言うのだが、応用が利きそうでいろいろ想像を巡らせてしまう。


「他にはどんなことができるんですか?」


 思わず聞いてしまったが、人理さんならきっと面白いものを見せてくれるだろう。


「お、もっと見たいか? うーん、そうだな。人の感情に結びつけることも可能だ」


 そう言って、彼女は一回言葉を切り、椅子から立ち上がって俺の前に立つ。


「例えば、怒り」


 そして、人理さんはいつも業務中に見せる狂気じみた笑顔を俺へ向けた。


 それと同時に、さっきまで浮かんでいた炎の球がその体へ吸収されるように消え、代わりに燃え立つ炎のような赤いオーラが湧き上がり始める。ふと、人理さんの表情を見ると、暗く闇が落ち、目と口はその闇に浮かぶように光を放っていた。


 また、何かが燃え盛るような音も聞こえるしなかなかに迫力がある。


「なんかマンガの表現みたいですね」

「もう少しお前は褒めるとかできねぇのかコラァ! 大した仕事もしねぇでよぉ!」

「えっ」


 なんか知らんがめっちゃ怒られた。


 急すぎて言葉が出てこない。


「演技……ですよね?」

「あ? 少なからず本気だぞ? 感情に結びつけるって言ってんだろ」


 言われて、腹の底が冷たくなった。ただでさえ恐ろしい人理さんの怒った顔がこんなになってるのだ。今の姿であるなら、悪魔どころか地獄の閻魔様だって裸足で逃げ出すことだろう。


「えっと、ホントすごいですね。あと、仕事のことはすいません。もっと頑張ります」


 とりあえず、褒めて謝ってみた。すると、さっきまでの真っ赤なオーラは鳴りを潜め、春の日差しのような光が降り注ぎ始めた。なんか花とかも舞ってるし。


「それは、上機嫌ってことですか?」

「ふふん、まあな」


 そういって人理さんは目を閉じ、クイッと顎をあげるようにする。

 なんかドヤ顔をされてしまった。可愛いから良いけど。


 そう、今の人理さんは可愛いのだ。「ホロキューブ」のせいもあるかもしれないが、表情が柔らかい気がする。それこそ、ちょっとくらいちょっかいかけても許されるのではないかと思えるほどに。


 俺はまだ諦めていない。この人理さんを可愛がりたくて仕方ないのだ。

 軽ーく、軽ーくだったら問題ないだろう。


 俺はそっと椅子から立ち上がり性懲りもなく人理さんの頭へと手を伸ばす。


「おい、頭はやめろって……」


 薄目を開けつつ人理さんは文句を言ってくる。今のところ、それ以上の抵抗は見られない。


 よっしゃ、スタンガンされなかった!

 心の中で小さくガッツポーズをする。


 そして、そのまま少し調子にのってニコニコしながら頭を撫で続けてみた。今の彼女は感情とリンクして周りにエフェクトが出るし、どうなるか楽しみだ。


 そんなことを考えていると、間もなく様子に変化が現れた。

 先ほどまでの春の日差しが変化し、見ているだけで温かい気持ちになるようなピンクのオーラになったのだ。


 少女マンガのようなキラキラとした光の粒子が飛び回り、全体的に輝いている。更に、よくよく見ていると時折ハートマークなんかもフワフワと浮かんでいる。なんとも可愛らしい。


「えっと、これは……?」


 俺が質問すると、訝しげに人理さんがこちらを見てきた。なお、ホロキューブのエフェクトなのか、その顔はさっきまでと比べて不自然に赤い。めっちゃジト目で見られているが、悪い気は全くしなかった。


「なんか変か?」

「いや、ハートマーク飛んでますよ」


 俺がそう言うと、人理さんは一瞬固まった後に、さっきまでのジト目をカッと見開いた。そして、「うぉおおおおおおっ!」という謎の叫び声をあげながら頭のカチューシャをもぎ取り、床へと叩きつける。


 瞬間、人理さんの周りに出ていたオーラもろもろが消え、床のカチューシャの近くに黒い箱が現れた。


「今のは忘れろ! すぐ忘れろ! さあ忘れろ!」


 彼女は背伸びするようにして一生懸命に俺の胸ぐらへ手を伸ばし、グワングワンとゆさぶりながら何やら怒鳴ってきた。理不尽なものを感じるが、状況が飲み込めていないため半ば放心状態で為すがままにされてみる。


「えっと、何がどういうことなんですか?」

「もういい。最新技術の発表会はこれにてお開きだ。とにかく、『クロモノ』の目指すところがこれで明確にわかったと思う。ゲームの世界を『リアル』へと変えることだ。お前にも今後オブジェクトデータの作成等に当たってもらうことになるだろう」


 言いながら、人理さんはオフィスの奥にある自分のデスクへ戻り、高そうな黒革の椅子へと体をうずめた。それを見て、俺も自分の席へと戻る。


 無理やり話を切られてしまった。そんなに言いにくいことなのだろうか。エフェクトの説明だけだし、そんなではないと思うのだが。

 上機嫌の最上級みたいな感じとか? なら、年甲斐もなくはしゃいでいるところを見られて恥ずかったのかもしれない。


 でも、それであんなに怒るものなのか?

 うーん、なんだかモヤモヤしてしまう。


「すいません、しつこいようですけど、さっきのエフェクトってどんな時に出るやつなんですか?」


 席はそれほど離れてないが、誤魔化されないように割りと腹から声を出して聞いてみた。

 すると、人理さんは椅子をクルリと回してこちらを睨む。眉間にはシワが寄っていた。


「もういい、その話は終わりだと言ってるだろ。早く忘れろ」


 ホロキューブの効果はないはずだが、彼女の顔は真っ赤だ。怒ってるのかもしれない。これだけしつこく聞けばそうりゃそうか。

 解せないが、俺は諦めることにした。


 ハートとか飛んでたし、別にそこまで悪い感情ではないはずだ。トラブルの種にはおそらくならないだろう。


「あ、そういえば」


 気になるで思い出したが、オフィスに帰ってきたばかりの時、人理さんは何やらご立腹だった。


 というか、これが本題だったな。

 いつの間にか脱線してしまったようだ。


 この時の俺は、まさかあんな理由で彼女が怒っていただなんて想像もしなかった。

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