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閑話3 魔法の種

 俺は、会社のオフィスでまさかの命の危機に陥っていた。


 人理さんの手によって人生をめちゃくちゃにされた人は何人か知っているが、今回のようなパターンは今だかつてない。


 魔法だ。


 電気を扱う魔法によって、俺は殺されそうになっている。


「消し飛べ、《雷降ライトニング・ダウン》」


 死の宣告のようなセリフと共に、彼女の右手が俺の方へと振り下ろされた。


 それと同時に、さっきまで中空に留まっていた球電は轟音を発しながら俺めがけて迫ってくる。


 目の前が光であふれ、とっさに両手で顔を覆った。それから間髪おかず、落雷のような音がオフィスを揺らす。


 俺はここで死ぬのか。そう思った時、俺の右手の前腕あたりに鋭い痛みが走った。


「がぁああああぁああっ!」


 あまりの衝撃に動けなくなる。反射的に右腕をかばうようにして前のめりになってしまう。更に、痛みに耐えるようにして縮こまっていると、今度は左腕の二の腕あたりに衝撃が走った。


「うがあああぁあああぁっ!」


 なんだこれ、この球電めっちゃ点で攻めてくる。


 ビリビリとした痺れるような感覚は、間違いなく電気によるものだ。しかし、想像した痛みと違う。そして、思いのほかダメージが少ない。何だこれ。何が起きている?


 とにかく、状況の把握をしたい。光に怯えるように閉じられた目を、気力でむりやりこじ開ける。


 すると、そこにはいつもと変わらぬオフィスがあった。


 何故、何も起きていない?


 その疑問の答えを探るように周囲を見回すと人理さんを見つけた。その手には、黒いプラスチックの塊がにぎられている。


 痛みに引きつる口の端が、少しだけ持ち上がるのを感じる。やられた。


 あれは、スタンガンだ。


「名演技……でしたね……」


 一言そうつぶやくと、今度は背中に激痛が走る。電気が神経を刺激したのか、全身が引きつり「いぎぃ」と小さな悲鳴が口から漏れた。


「何が名演技だ。上からモノを言いやがって。お前にはこれくらいキツイお灸がお似合いだろ、クソッタレが」


 そう毒づきつつ、人理さんは近くの椅子に腰掛け、俺の脇腹あたりをつま先で小突いた。


「あ、ありがとうございます……」


 Mではないが、とりあえずお礼の言葉を述べておいた。俺はどう足掻いてもこの人の下なのだと理解できて良かったと思えたからだ。


 これでもう、尊敬する人に逆らおうだなんて思うこともなくなるだろう。


「……ところれ、さっきのはどうやっらんれすか?」


 電気ショックの影響で口が回らないが、それを強引に動かして言葉を紡ぐ。


 ひどまず現状確認がしたい。先ほどの魔法のような何かはどうやらハッタリだったらしいが、原理が気になって仕方ないのだ。


「ああ、これか?」


 人理さんの声が聞こえたかと思えば、彼女につま先で小突かれた位置に激痛が走った。スタンガンの電気のせいで、ほのかにオゾンの臭いが香る。


「いいぃいぃいいっ!」


 身悶えしながら悲鳴を上げる。それが面白かったのか、人理さんがケタケタと笑った。


「そ、そっちりゃないれす……」

「じゃあ逆か?」


 人理さんが椅子から降り、俺の身体の反対側に回り込もうとするので、残った力を振り絞って立ち上がりバックステップをする。そして、ちょうど後ろにあったらしい椅子につまずいて盛大にコケた。PCを避けるようにして倒れられたのがせめてもの救いか。


「はっはっは、面白い面白い! 最初からそれくらいのことしてくれたら良かったのに」


 人理さんは俺の無様な姿を見て、再びケタケタと笑った。


 なんかもう、あなたが幸せそうで俺も幸せ、みたいな気持ちになってくる。


「ははは、なんかすいあせん……」


 言い返す気力もなく適当に返し、ヨロヨロと立ち上がってどうにか椅子に腰掛けた。電気ショックのせいか、たったこれだけの動作だというのにあっという間に息が切れてしまい呼吸が落ち着かない。しびれは抜けてきたが、全身がダルかった。


「何ハアハアしてんだよ。まだ欲情してんのか?」

「さ、最初からしてない、ですよ……」


 してない、と思う。ちょっと自信が持てないのがなんとも残念だ。


「はい、じゃあここいらでさっきの"魔法"について解説しようか」


 ぱんぱん、と人理さんが手を打つ。


「……あ、あの、もうちょっと待ってもらえますか?」


 さっきコケたし、度重なるスタンガンの攻撃も相まって満身創痍だ。正直、もうちょっと時間が欲しい。


「お前の目の前に火の玉がひとつあるだろ?」


 聞いちゃいねぇよ。いや、こういう人だってことは知ってんだけどさ。


 仕方なく、今の体力で可能な限り居住まいを正して人理さんへと向き直る。見てみると、彼女の右手の上に燃え盛る野球ボール大の球が浮かんでいた。


「これは、次の計画に使うつもりの新しい技術によって生み出されたもんだ」


 そう言って、人理さんは左手を上へ向ける。すると、そこへ反対の手から飛び火するようにしてロウソクのような光が灯り、徐々に大きくなって野球ボール大になった。


「お前、魔法を使いたいと思ったことはあるか?」

「まあ、一回くらいなら」

「よし、じゃあお前は三十になるまで童貞な」

「えっ」


 人のコンプレックスを……じゃなくて、この手の掛け合いを女の上司とするのはちょっと嫌だ。仕返しに「ちなみに人理さんは?」なんて聞こうかとも思ったが、幸せになれそうな質問だと思えなかったのでやめておいた。


「冗談はさておき、魔法が使えたなら、なんてのは誰だって一度くらい考えたことがある。ボクだってそうだ。だから今回そのための仕組みを作ってみた」


 人理さんが言うと簡単そうだから困る。いつだって思いつきでとんでもないことをやってのけてしまう。


 とはいっても、人理さんは思いつきを形にするだけの技術とお金と地位と設備を持ち合わせているからできるのだ。常人には到底真似できない。


「えっと、熱量も質量もないみたいですけど、高精度ホログラムって感じですか?」


 そう尋ねると鼻で笑われた。


「そんなんだったら自慢しねぇよ」


 めっちゃ見下されてるぞこれ。なんでわかんないこと聞いただけでこんな惨めな気持ちにならないといけないんだ……。


「お、おい、泣くなよ。ボクが悪かった、やり過ぎたし言い過ぎたな。ごめん、ごめんって……。おい、なんか言ってくれよ……」


 人理さんの様子に、思わず目元に手をやる。


「うわ、えっと、そんなつもりじゃないんですよ。なんか勝手に涙が……」


 そんなに弱ってたか俺。確かに、やられたい放題だったし、ダメージが蓄積してる感はあったけど。


「あっあー、面倒くさいなぁ。よし、あとはリッピーに任せよう、なんつって」


 そう言って、人理さんは両手のひらの上に浮かせた火球を一箇所へ集めるように腕を動かす。


 すると、金色の粒子があふれ、その中から「クロモノ」の案内役である黄色の妖精が現れた。


「え、あれ? ここどこ? え、何これ何これ」


 リッピーは不安そうに辺りを見回しだす。コイツはいつも心配事なんてなさそうに振る舞ってるから、なんだか珍しい光景に思えた。


「ここはボクたちの世界だ。リッピーはまた生き物に近づいたんだよ」


 恍惚と喜びとが入り混じったような声で人理さんが言う。


「あ! 姉御じゃないですかぃ。これはいったいどうなってるんですかぃね? 姉御んとこでこれから召使いでもすりゃいいんでしょうか?」


 主を見つけて安心したのか、リッピーはゲームの中と同じようにひょうひょうと振る舞いだした。わかりやすいヤツだ。


 だが、ホログラムでは何度か似たような光景を見たことがあるものの、その時とは違う。この黄色い妖精は、実際にここへやってきたかのように確かに動揺していた。ゲーム内のものを立体映像として出しているわけではないようだ。


「姉御じゃない、ボクのことはマスターと呼べと言ってるだろ」

「へいマスター! いつもの!」


 人理さんの叱責に、リッピーは右手を挙手するようにして満面の笑みで返した。


「そうじゃねぇよ!」

「お、いつも通りツッコミありがとうございます!」

「合ってるのかよ!」


 あれ? 俺を慰めるためにコイツ呼び出したんだよな? なのに、俺放置されちゃってね? 何この人たち漫才してるの?


「えっと、俺はどうしたら……」

「うるせぇ、自分のことは自分でどうにかしろ」

「扱いが酷い!」


 人理さんにめっちゃ手痛くツッコまれた。

 くそ、いよいよ泣くしかないぞ……。


 そう思ってうつむいていると、視界の端に黄色い光が映った。


「えっと、香取さん、だよね? どうしたの? お腹痛いの?」


 その小さいながらもクリッとした瞳が俺を見つめる。ゲームのキャラであっても、こうやってまるで生きてるかのように問いかけられると心に染みるものがあるな。


「リッピー、正直全身痛いんだけど、一番痛いのは心なんだよ……」

「そんなんツバつけとけば治るぜ」

「対応が雑!」


 思わずツッコミを入れてしまった。しかし、リッピーはそんなツッコミにもへこたれず、羽をパタパタと動かしこちらへと近寄ってくる。


「お、おい、近い近い。何する気だよ……」


 顔の付近で羽ばたかれ、思わず後ろに避ける。


「何って、ツバつけるんだよ。さあ、目をつむって唇を突き出しなさい!」

「さっきのってそういう意味!?」

「おうとも。あれ、香取さん初めて? なら、私に任せといて。大丈夫、すぐ終わるから」


 そう言って、リッピーが再び迫ってくる。


「ちょっと待て! 勝手に話を進めるな!」


 それに対して、とっさに右手を突き出す。


「うえっぷぅ!」


 リッピーが変な声を出した。まるで、俺の右手にぶつかったかのように。


「あれ?」


 手のひらに、何かざらりとした感触がした。妖精を触った感じではないが、確かに何かに当たったのだ。


「なんで、触れて……」

「はい、終了ー」


 俺の言葉に被せるようにして人理さんが言う。そして、彼女が右手を上げると、リッピーは金色の粒子となり、その右手のひらへ吸い込まれるように消えてしまった。代わりに、そこへ黒い箱のような物体が現れる。それが気になり身を乗り出すが、しかし人理さんが右手を握ってしまいすぐに見えなくなった。


「お前、リッピーと仲良くなりすぎだろ。デバッグ中に何やってたんだよ。ヒクわー」

「いや、普通に作業してただけで……って、ちょっと待ってください。いろいろなことが起きすぎてて情報が整理しきれません!」

「まあお前の頭じゃな」


 俺が混乱する様子を見て、人理さんは再び小馬鹿にするようにして鼻で笑った。ああ、いちいちムカつくなこの人。


 まあ、いい。全部に反応していたら日が暮れてしまう。俺は深呼吸して気持ちを落ち着かせ、冷静を装いながら言葉を続けた。


「……はい、俺の頭じゃ厳しいんで端から聞いていきますよ。まず、さっきのホログラムみたいなのは何ですか? 質量があったみたいですけど」


 人理さんの右手を見つつそう尋ねる。


「気になるか? そうだろう、気になるよな?」


 ええ、気になりますとも。

 ただ、もっと気にすべきことがあったような気がしてならない。


 そう、このオフィスに帰ってきた時、彼女は何に腹を立てていたのか。

 それを聞かないといけないと思うのだが、今はそれ以上にさっきの"魔法"の種が気になって仕方ないのだ。


 俺は本来の目的を置いておいて、ただ人理さんの話に耳を傾け続けた。


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