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21 聡い子

 これ以上は無理だ。


 そう思った瞬間、手を叩きつけるようにして自分の口を手で覆った。


「……ふっ……っ!」


 声が出そうになるが、どうにかこらえることができたみたいだ。しかし、身体がわたしの意思とは無関係にのけぞる。


 瞬間、後頭部に激痛が走った。


「あがっ……! 痛ったぁ……」


 わたしの後ろから声がした。頭と頭がごっつんこしたらしい。


 やった、ラッキー!


 ルゥめ、わたしに変な声出させようとして焦ってミスったな!


 いや、わたしもめっちゃ痛いんだけどね。


 しかし、うずくまってはいられない。幸いなことに、お父さんの足音はもう遠くに聞こえる。今なら大丈夫かな。


 わたしは素早く振り返り、頭を押さえたままのルゥと対峙する。


「もー……、逃げようとしちゃダメって言ったのにー……」


 彼女はゴニョゴニョと何かを口の中でつぶやいている。


「別に逃げようとはしてないよ。不可抗力不可抗力」


 対するわたしはニヤニヤと笑いながら、彼女の服の右肩辺りを左手で掴んでやる。


「さー、ちょっとお姉ちゃんとこっち来ようねー」

「え、何? 怖い怖い! 怖いって!」


 ルゥのそでを掴んで引っ張る。するとよたよたとつんのめるようにしつつ、わたしの思った方向へと歩いてきてくれた。


 その彼女の身体を腰の辺りに乗せ、右手で抱えるようにし、左手で引っ張る様にしてベッドに叩きつける。


 大腰――。


「――だと思う」


 ゲーム内でわたしは柔道ができたが、やはり現実でも軽くできるようになってしまったらしい。技名もろもろは曖昧だし、フォームも完全ではないが、素人をいじめられるくらいの技術は体に染みついているようだ。


 もっとも、筋力が全然違うので無理はできないが。


 便利だなーこれ、なんて考えているとベッドの上でルゥがうめいているのが聞こえた。


「うにゃあ……世界が回ってる……」


 何だこいつ。ちょっと可愛いな。


 彼女を叩きつけた状態で、見つめ合うような格好だからか、なんだか少しだけ変な気持ちになってしまう。


 なんてね。もう騙されないぞ。


「うにゃあ、じゃない! なんなのさっきのは!」

「……だって、おねぇがなんか変なんだもん!」


 変? わたしが?


 言われてつい考え込んでしまう。別に極めていつも通りのつもりなんだけど。


 昨日もおんなじようなやり取りしたし……、とそこまで考えて、ルゥの言わんとしてることに思い至る。


「いつもしてくれることしてくれないし……おねぇ、私のことキライになっちゃったの?」


 そう、今日のわたしは、いつかの昨日のわたしとは違う。おそらく、今以上に妹とべったりで、普通の姉妹では考えられないようなことをしていたあの時の自分ではないのだ。


 まだはっきりと昔のことを思い出せないが、そういうことなんだと思う。


「ごめんね、今日は気分じゃないから」


 言い訳みたいな言葉が口から漏れる。思わず目をそらしてしまった。他になんて説明したら良いかわからない。


「そっか……。じゃあ、おねぇは私のこと、好き?」


 なんだこれ。昔のわたしたちは付き合ってたの?


 そういえば、そうだった気がする。いや、もちろん付き合っていたわけじゃないけど、好きとか大好きとか言って人前とかでも抱きしめあったり、していたかもしれない。


 それで、あれ? どうなったっけ? 何したっけ?


「おねぇ、やっぱりもうキライになっちゃったの?」


 黙って考え込んでいたわたしを見て、ルゥが勘違いしたみたいだ。潤んだ瞳と上目遣いで返事を催促してくる。


「バカだなルゥは。好きに決まってるじゃん。今日は本当にそういう気分じゃないだけだから」


 彼女がわたしに求めるものがわからないまま、なるべく笑顔を心がけながらそう答えた。


 無責任かもしれないけど、言葉にした気持ちに嘘はない、と思う。


「そっか、そうだよね。うん。安心した」


 安心。


 その言葉でルゥが今、不安でいっぱいなのをちゃんと理解できた気がした。


 わかってるつもり、だったのだ。


 彼女からしてみれば、世界が一瞬にして変わってしまった状態なのである。


 突然病院に連れて行かれて、訳もわからぬまま家に帰されて、自室を見てみればあるはずのものがない。部屋のレイアウトだって変わっているのだ。そんなの不安に決まっている。


 彼女がいつも通りに見えたから、気づけなかった。


 泣きつかれもしたが、すぐに元気になったし大丈夫だと思ってしまっていた。


 多分、努めて明るく振舞っていたのだろう。


 ルゥは聡い。わたしが落ち込んでいて、お父さんもお母さんも心配そうにしていることくらい、当然気づいているはずだ。


 思えば、腕を折った時だってそうだったじゃないか。みんなを心配させないように元気そうに振る舞って、わたしの前でだけちょっと弱いところを見せてくれていた。


 わたしは、ルゥのことをちゃんと知っていたはずなのに。


 それなのに、ルゥの想いに気づいてやれないとか、わたし、お姉ちゃんとしてダメダメだ。


「わわわっ! ちょっとおねぇ! 何いきなり泣き出してんの!? ゴメン、さっきのそんなにヤだった?」


 どうしよう。知らない間に泣いていたらしい。急いでルゥから顔を離し、手で目の周りを拭う。少し触れただけなのに、すぐに涙でベトベトになった。


「あはは、なんでだろう。わかんないや。わたしも安心したのかも」

「そんなわけないじゃん。無理しなくていいから。ほら、こっち座って」


 ルゥはすぐにベッドから立ち上がり、近くにあったティッシュでわたしの顔を拭おうとしてくる。心配そうな声が少し胸に刺さった。


「こら、やめろ、大丈夫! 大丈夫だから!」


 無理するな、と言われてそれに素直に従えるほどわたしは不甲斐ない姉ではない。ルゥの指示を無視し、彼女の手からティッシュをひったくるようにして受け取り目の周りを拭く。


「ほら、ね? 大丈夫でしょ?」


 ニカッと笑顔を作って見せる。が、何とも嫌そうな表情をされた。


「泣いてて良いのに。せっかく可愛……ゴメンなんでもない」


 モゴモゴとルゥがつぶやく。


 心配してくれてるのかと思ったけど、なんとも残念な気持ちになった。


 わたしのこと大好きなのは嬉しいけどさぁ……。泣き顔可愛いって言われてもな。


「バカなこと言ってないで、そろそろシュークリーム食べに行かないとお父さんたち心配するよ」

「バカなこととは何か! おねぇはちょっと鏡見た方が良いよ! というか、もう一回泣いて! むしろ、これから泣かせてあげようか?」


 その言葉に、少しだけゾクリとする。


 恐怖もそうだが、わたしの中のアンテナが何かを受信した。ルゥに対してはそういう気持ちになったことはなかったが、なんだか魅力的な提案をされてしまった気がする。


「へ、変なこと言わないで! お姉ちゃんヤだからねそんなの……」


 顔が熱い。そっぽを向いたが、嬉しそうにしているところを見られたかもしれない。


「ふーん、あっそ。じゃあいいや。また今度ね。それより、シュークリーム食べよ、シュークリーム」


 そう言って、ルゥは部屋の戸へと向けて歩き出し、スライド錠に手をかける。そして当然のように、さっきあんなに手こずっていたのが嘘のように自然な動作でそれを外して出ていった。


 わかっていたことだけど、なかなか末恐ろしい子だ。ただ、あの子が成長した姿を知っているので、その姿と比べて考えると今が彼女の頭脳のピークかもしれないとも思えた。


 じゃあ、もし現在のルゥが本気でわたしに迫ってきたら……?


 そんな想像をして、身体の芯が少しだけ熱くなった。


 期待してるのか、わたしは。


 どうしよう、トイレ寄ってからシュークリーム食べに行こうかな。


 そう思ったが、妹という名の先客が既に個室を占拠していたので断念。


 仕方がないので、先にお父さんたちと一緒にカスタードクリームと生クリームが奏でる美味しさのハーモニーを堪能することにした。すると、ルゥのやつは約15分遅れでやってきた。


 やけにツヤツヤした顔して、トイレで何してやがったこの妹。心配して損した。


 といつもなら思うところだが、この妹は平常運転に見えてかなり無理をしてる。


 それはさっきのでだいたい理解した。ひょっとすると、これもわたしを安心させるための演技かもしれない。だから、あんなゲームとっととクリアしてしまおうと思う。


 ルゥのために。そして、わたしのために。



 ちなみに、その晩ルゥと一緒に寝たが何もされなかった。


 少しはちょっかい出してこいよ! こっちは期待してんだから!


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