20 ヒメゴト
わたしとルゥは昔、今よりもずっと仲の良い姉妹だった。
もちろん、現在も十分仲良しなんだけど、それでも昔と比べると今はだいぶ落ち着いたと感じる。
それこそ、以前はどこに行くにもずっと一緒。
仲が良すぎる、なんてしょっちゅう言われていたのを覚えている。
そんなわたしたちは、学校が終わるとよく河原で遊んでいた。水の中に足を入れてはしゃいだり、虫を見つけてそのグロテスクな容姿を楽しんだりしていたのだ。思えば二人とも、男っぽいところがあったんだと思う。
そしてある時、その河原の茂みで変な物を見つけたような気がする。
ここからは記憶が曖昧だ。
それは、確か雑誌だった。雨に濡れてパリパリになったそれには、変なことが描かれていた。
何だったのかは思い出せない。とにかく、当時のわたしの知識では上手く理解できないことだったと思う。
でも、それを見るとドキドキして、頭の奥がじんじんして、目が離せなくなった。
それで――。
「――おねぇ! 急にどうしたの? どこか痛いの?」
声がして、はっとする。
考え込んでしまっていたらしい。
「なんでもない」
全然そんなことないのに、わたしはそう答えた。
「あと、今日は、しない」
ルゥが「えー」と嫌そうな顔をする。どうやら「それ」は、そんなにしてほしいことらしい。
「ごめんね、とりあえずこれで許して」
ルゥの背中に手を回して、優しく抱き寄せる。ついでに、頭を撫でてあげる。
「うーん、わかったー」
いつものルゥならこれで満足するが、今日はしなかった。「それ」はどうやらこれではないらしい。
「それに、今日も一緒に寝てあげるから」
言うと、ルゥは少し考えるような顔をした。
「あー、腕治ったから一緒に寝ても怒られないもんね」
反応は微妙だ。これでもないらしい。いや、なんとなく「それ」が何かわかってるのだ。ただ、まだ思い出せないし認めたくない。だから、わたしの心がごまかそうとしている。
「そういえば、どうやって部屋に入ってきたの?」
ごまかしがてら、昨日思ったことを問いかける。
これも勝手に変なところを触ってたのと同様、注意みたいなものだ。もう一度あったら言おうと思ってたし。
「え? いつもとおんなじだけど」
だから「いつも」ってなんだよ!
思わず心の中でツッコミを入れてしまう。
昔のことは覚えている方だと思うが、ルゥとの出来事が部分的にすっぽり抜け落ちているようだ。
「えっと、どんな方法だっけ?」
正直に聞いてみた。わからないことが多すぎて考えるのが煩わしくなってくる。
「え、昨日も通ってきたじゃん。ほんとに覚えてないの?」
そんな何年も前の「昨日」なんて覚えてない。あれ? でも、その前後は覚えてるのに……。
「へぇー、おねぇが覚えてないなんて、ユウエツカン!」
イントネーションがややおかしい三文字熟語を交えつつ、ルゥが笑う。
なんでもないことのように。
冗談のように。
「へへん、じゃあ私だけの秘密だね!」
そういって、彼女は私の腕から飛び出し、部屋のドアへと駆け出した。
「あ、そういえばおねぇ! これなに? なんか鍵みたいなのついてるんだけど。どうやって開けるの?」
「ちょっと、逃げるならちゃんと逃げてよ……」
まだぼんやりする頭を抱えつつ、わたしはのろのろとドアのところまで歩く。
多分この感じだと、わたしの部屋のドアが開かなくて秘密の通路を使って来たのかな。
「よくわかんない。どうなってるのこれ?」
不満そうな顔でルゥがこちらを睨んでくる。なんでこっちが悪いみたいになってんの?
腑に落ちないところはあるものの、ルゥと場所を代わって鍵に手を伸ばす。
この仕組みは簡単だ。いわゆるスライド錠である。かんぬきを上に回して滑らせればいいだけの、小学生にも扱えるハズのものである。だが、今のルゥには外せないようだった。
聡い子どもだったと記憶しているが可愛いところあるじゃん、なんて考えながら鍵をいじっていると、不意に胸を下から押し上げられた。いつの間にか後ろに回り込まれたようだ。
「……ぱずるさん?」
トーン低めでつぶやくように言う。
「いやぁ、隙だらけだったもので」
えへへ、と無邪気な調子の声が返ってくるが、手の動きには邪気がはらんでいるように感じられてならない。
「……はぁ」
これは快感から漏れたものではない。呆れから出た「ため息」だ。
昔から上下関係はきちんと教えてきたつもりだが、こんなにも簡単に反旗をひるがえし、隙をついた気になっておいたを働くとは。わたしもナメられたものだな。
そんなことをするとどうなるか。それをこれから体に教え込んで――。
――コンコンコン。
「はいぃっ!?」
突然のノックの音に、条件反射のように口から言葉が飛び出す。後半ちょっと声が裏返ってたし。
「二人で遊んでるところ悪いな」
お父さんだった。なんてタイミングにやってくるんだこの人は!
「ルゥ、ちょっと今はやめ――」
「――やめない。あと、逃げようとするか、お父さんにバラしたら大声出すから」
え? この子何言ってるの?
そんな疑問を打ち消すように、ルゥの手に力が入る。
「……んっ……!」
自分の声に、恥ずかしさを感じる。それと同時に、ルゥに対する苛立ちが湧き、顔が赤くなった。
「大声出せるもんなら出せばいいじゃん。説明すれば、むしろわたしが被害者だってわかるでしょ?」
「できるのそんなこと? 病院連れてってもらってもよくわかんなかったけど、私今なんか変なんでしょ? そんな私がお父さんに叱られるようなこと、おねぇにできるの? それに、嘘泣きでもなんでもするよ私。そんなの目の当たりにして、おねぇの言い訳だけでお父さん納得するかな?」
ぐぬぬ、なんだこの度胸と口の上手さ。覚えてろコイツ……。
なんてことを考えていると、再びお父さんの声がした。
「母さんがシュークリームを買ってきてくれてな」
そんなことかよ! あとにしてよもうっ!
「あ、う、うん! あ……ありが、とう……っ!」
上手くしゃべれない。というか、ちゃんとしゃべろうとするとスゴイ声が出ちゃいそうで怖くてどもる。くそ、タイミング悪すぎだろ!
と心の中で毒づいていると、とある考えが頭をよぎった。
計算ずくなのでは……?
さっきのルゥの位置であれば、廊下を歩いてきたお父さんのスリッパの音は聞こえていたハズだ。それを聞いて、本当は外せるはずのスライド錠に手こずっているフリをして、わたしをハメたのでは?
嘘でしょそんなの、とは思うがありえないことではない。
繰り返すが、ルゥは昔から聡い子どもだった。ことイタズラにかけては想像もしないようなことをしてきた前科持ちだ。わたしだって、何度も騙されている。
「先に、ぱずるには伝えといたんだがな。なかなか来ないが、一緒にいるんだろ?」
お父さんの話が続く。
これで確信した。
ルゥは計算で動いていた。間違いない。鍵に細工がされてなかったところを見るに半分はアドリブの部分があるのだろうけど、前情報を聞いて作戦を立て、お父さんのスリッパの音を耳にして行動へ移したのだろう。
鍵をいじりだした時にスリッパの音がしなければ、何かしら理由をつけてわたしのところに戻ってくれば良いわけだし、よく考えられている。
もしタイミングを逃したり音が聞こえなかったりして作戦自体を破棄してもデメリットは無い。我が妹ながらアッパレだ。
なんて威張りくさって考えていたが、その間にもルゥの手はスゴイ勢いで動いている。正直、別のことに意識を向けていないと声がでちゃいそうで困っているのだ。
「あ、えっと、えっと、うん。い……いる、けど?」
「お父さんごめんねー。おねぇと遊んでたら忘れちゃった!」
えへへ、とルゥが照れ笑いをした。天使のような笑いだが、やっていることは悪魔じみている。
「そうか、母さんと一緒に待ってるから、早く来るんだぞ」
「う、うん……っ……わかっ……たぁ!?」
返事をしようとした時、今まで衣服の上からだった手が、その下へと潜り込んだ。素肌に直に触れるそれはお腹をよじ登り、脇腹を撫でさすり、わたしの敏感なところを目指して這い寄ってくる。
あ、これ無理だ。
肌の上を駆け抜ける感覚に、わたしはもう自分の声を抑え切れないと瞬時に悟った。