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19 いつもの

「ちょっとつみきちゃん! 自分が何してたかわかりますか?」


 わたしはリッピーの前に大人しく正座し、手を目の前の地面についた状態である。


 これで頭を下げれば、いわゆる土下座の体勢だ。


 なんで怒られてるかはだいたいわかっている。


「……はい、自分の目を潰して気持ちよくなってました……」


 その言葉を口にした瞬間、鼻の頭に何かが当った気がした。多分、リッピーのビンタである。


「目を潰すって、自分で何言ってるかわかってるんですか!?」


 怒鳴り声が降りかかってくる。いつものわたしならなにか言い返していたかも知れないが、賢者タイム真っ只中なので何も言葉が出てこない。


「はい、すいません……」


 さっきの体勢からやや頭を下げ、謝罪の言葉を吐き出す。ルゥのこともあり、罪悪感で胸が押しつぶされそうになった。


「なんで私が怒ってるかわかりますか?」


 ふと、「なんでこの子、敬語なんだろう」という疑問が頭に浮かぶ。


「……わかりません」


 二つの意味で。


「自傷はクセになりやすいからです。このゲームに限らないけど、自分一人でもできることはゲーム外でもできちゃうから、現実でする確率が高まっちゃうんです」


 ああ、そうなのか。今はまだそういう気持ちにならないが、言われてみるといずれそうなるかもしれないと少しだけ思う。


 でもなぁ。


「リッピー先生! こういうのはゲームだからできるわけで、むしろその欲求を発散できる分健全だと思うんですが、どうですかね?」

「シャラップ! 目を潰したい欲求なんてあってたまるかですよ!」


 いや、確かにその通りなんだけど、でもなぁ。


「例えば、ゲームで大怪我して、回復前とかにちょっと潰すとかは……?」


「どんだけ潰したいんですか!? 『寝る前に一本だけ』とか言ってる禁煙できない喫煙者と同じですからねそれ! というか、ちょっと潰すってなんだよそれ!」


 リッピーの敬語が崩れだした。黄色い顔がほのかに赤くなっているのがわかる。


 本気で怒っているのだろう。


 でもなぁ。


「さきっちょだけなら……さきっちょだけなら良いのでは……?」

「ダメなもんはダメ! だいたい『さきっちょだけ!』とか言うヤツは最後までヤっちゃうの!」


 ぐぬぬ、この子一歩も引かない……。


「わ、わかったよ。わかりました」


 まあ、嘘なんですけどね。


 ここで言い争っても意味がないから、一度引くことにしよう。


「うんうん、わかればよろしい」


 偽りの言葉とも知らずに頷くリッピー。自分のために言ってくれてるのはわかるから、ちょっとだけ心が痛い。


 ただ、それでも、わたしには譲れないものがあるのだ。


 と、カッコよく締めたところで、わたしはずっと気になっていたことを口にする。


「そういえばリッピー、オレンジじゃないね」


 回復したら緑じゃなくなると言っていたけど。


「ああ、タイトル画面は例外だよ。だって、つみきちゃんみたいな人いたら大変でしょ? ここでは私の力がマックスなので、何回でも、どんな怪我でも治ります!」


 へぇー、それはスゴい。


「ちなみに、こうしたら?」


 わたしはおもむろに自分の側頭部へ銃口を押し付ける。


「ゲームオーバー画面飛ばして復活か、瀕死ならその場で私が最善尽くすよ。というか、しないでね」


 リッピーがニコニコ笑顔を貼り付けてこちらを見てくる。その声は笑っていない。


「わ、わかってるよ……」


 こっちは本当。別に自傷が趣味じゃないしね。ゲイシーにまつわることだから目玉を潰すと気持ちいいんであって、自害しても別に面白くない。わたしはすごすごとハンドガンをホルスターへしまった。


「さて、今日はこの辺で帰ろうかな」


 わたしは立ち上がり、腕を上へ上げてぐっと伸びをしつつそういう。


「あれ? プレイしてかないの?」


 リッピーが驚いたように聞いてくる。


「うん、話したかっただけだしね」


 眠気を取り去るようにして腕を伸ばしたりしつつ、リッピーの言葉に答えた。さっきのプログラマーと話すのもメインイベントだったが、ここからがいよいよ本番だ。


「なんか意気込んでるみたいだけど、気をつけてねー」

「うん、ありがとう。今日は怖がらせたり、いろいろ手間取らせちゃってごめんね」


 見送るようなリッピーに、お礼と謝罪の言葉を贈る。自分がリッピーの立場ならこんなプレイヤーとか困るだろうし、ちょっと申し訳なさが心の奥に湧いた。


「そう思うなら、次から変なことはしないでね」


 ニッコリと笑顔を向けるリッピーに対して、わたしは適当に手を振りつつログアウトをする。


 世界が暗くなり、今の私は意識の闇に溶けていった。


--


 お腹が重い。


 いつもの世界に戻ってきて、初めに思ったことはそれだった。


 ついでに、胸に違和感がある。


 ものすごいデジャヴがわたしを襲った。


「おねぇ! 起きてよ、おねぇ!」

「起きるから、勝手に変なとこ触らないでね」


 ヘッドマウントデバイスを取りつつ、わたしの胸へと伸びる腕を掴む。


 わたしの妹である「ぱずる」がそこにいた。


 ちなみに、昨日と同じようにわたしのお腹の辺りにまたがっている。


 わたしがゲームをしていたのは多分、時間としては30分くらいだけど、それでも寂しがらせちゃったかな。


 胸から彼女の腕をどけ、上体を起こしつつルゥの頭を撫でてあげる。


 ちょっとは落ち着いた様子だったが、なんだかまだ不安そうだった。


「でもね、でもね! 大変なんだよ!」


 何かを一生懸命説明しようとする様子が、つい昨日の彼女の姿と重なる。


 お調子者で嘘ばっかで、でもとっても可愛いわたしの妹。


 でも、目の前の少女は、昨日の彼女ではなくて、もっと前の彼女だ。


 こんなに近いのに、なんだかルゥがとっても遠くに感じられた。


「おねぇ聞いて! 明日の準備しようしたんだけど、教科書とかランドセルとか、みんな無くなっちゃってたの! それでね、お母さんに言ったら『しばらく学校には行かなくて良い』って! なんでかなぁ」


 半分パニックになりながら、ルゥはそう説明した。目には涙が浮かんでいる。


 それに対して、わたしは言葉を失ってしまった。


 当然のことだが、そのまま全部教えることはできない。ルゥを混乱させるだけだし、言っても理解できないはずだからだ。それに何より、「現在の状態は彼女が望んでなっている」というところが大きい。


 これは医師の話の受け売りだが「記憶障害が起きるということは、それだけ思い出したくない出来事があったということ」だそうだ。


 だから、無闇に情報を与えて、無理に思い出させようとするのは得策ではない。


 でも、じゃあ「なんでかなぁ」という彼女の質問に、わたしはなんて答えたら良いのだろうか。


「えっと、そうだ! ルゥはこの間まで腕怪我してたでしょ?」


 その言葉に、彼女はきょとんとする。


「うん! 痛かった。でも、もう大丈夫だよ」


 ルゥは左手をグッパーグッパーと動かして見せた。


「うーん、でも治ったばっかりだから、まだお家でゆっくりしてないとダメなの」

「えー、そうなの?」


 わたしの話を聞いて、彼女は残念そうな顔をする。


「ルゥは学校好き?」

「うん、友だちと会えるから好き!」


 わたしの言葉に彼女は、今度は元気一杯な笑顔になった。百面相のようにコロコロと表情を変える様子に微笑ましくなる。


「でしょ? ルゥは学校好きだから、怪我が治ったら勝手に登校しちゃうと思って、だからお母さんたちが教科書とか隠しちゃったんだよ」


 我ながら、なかなか良い言い訳だと思う。その証拠に、ルゥは「なるほど」と言わんばかりに口を開けている。


「そっかー、それなら仕方ないなぁ」


 彼女はつまらなそうに口を尖らせている。あんまり変わらないけど、確かにその様子は昔のルゥだと思って懐かしくなった。自然と手が彼女の頭へ伸びる。えへへ、と笑うその姿は、今も昔も変わらないようだった。


「そういえば、なんでわたしの胸触ってたの?」


 軽い注意も込めて聞く。多分「脈がー」とか「大きくて気になったからー」とか言うのだろうが、何にしても言っとかないといけない。


 それに、昨日も似たやり取りしたし、おんなじようなことをすれば記憶が戻りやすくなるかもしれないと思ってのことだ。


 でも、返ってきた答えは、予想の外のものだった。


「あの本で似たようなことしてたから」


 照れるようにして、顔を赤らめるルゥ。


 あの本って、なんだ……?


「それより、おねぇ。ちょっと時間早いけど、いつもの、して」


 スカートの裾を握って、もぞもぞと彼女が動く。


 いつもの。


 その言葉が、脳みその奥の泥に埋もれた何かを引きずり出そうとする。


 頭が痛い。


 思い出そうとすればするほど、脳みそに電気のような激痛が走る。


 でも、不思議と嫌な感じはしない。


 気づけば、お腹の奥がじんじんする。


 わたしは、ルゥが事故にあったあの頃、いつも彼女に何をしていた?

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