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1 クローン・モノクローム

 わたしにとって、日常は実に味気なかった。大きな不満はないし概ね上手くいっているのだが、刺激が足りないのだ。


 あの時みたいに、自分の生活をえぐるくらいの何かが欲しい。


 そんなことを考えていたわたしの目に飛び込んできたのが、VRハードの「ディリアル」だった。ヘッドマウントデバイスを頭に取り付けることで、人の意識に仮想世界を映し出し、そこで様々なゲームや映像作品を楽しむことができるというものだ。


 VR機器のさきがけとなったそれはとても高かった。わたしはまだ高校生だからお金がなくて直ぐには買えなかったが、それでもバイトをし、コツコツお金をためて、ようやく手にすることができた。


 最近は似たようなハードが出てきてこれよりもっと安い製品もあるのだが、それでもわたしはディリアルを買った。それは何故か?


 圧倒的な「リアル」をくれるからだ。


 人の意識に仮想世界を映し出すことができる製品はたくさんある。しかし、味や匂い、そして触覚や“痛覚”という「五感全て」を再現できるのはこれだけなのだ。


「へぇー、これがディリアルか……」


 ヘッドマウントデバイスを手にとってしげしげと眺めてみる。白くてゴツいその機械は、なんだかとても神秘的なものに感じられた。


 これでするゲームは、もうとっくの昔に決めている。ディリアルが発売されて直ぐに公開されたホラーゲーム「ロマネスコ」だ。


『連鎖する恐怖が、あなたの記憶に感染する……』


 というキャッチコピーが耳に残るCMでお馴染みのアレである。もっとも、そのCMは「怖すぎる」というクレームが殺到してすぐに放送停止となったため、もうテレビでは見ることができない。


 ただ、それだけのインパクトがあったからだろう。それこそ感染するようにして評判が広がり、あっという間に「今一番怖いホラーゲーム」になってしまった。


 それだけの話題作なら、やってみるしかないと思った。なにせ、ホラーゲームには人間の精神を追い詰める要素が満載だ。売れてるゲームなら、わたしの精神を心地よく崖っぷちへと追いやってくれるだろう。


 だからわたしは、封を切って間もないディリアルのヘッドマウントデバイスを被り、ベッドに寝そべってから電源を入れた。


 まるで眠りに落ちていくかのような感覚がわたしの脳に浸透し、体がなくなっていくような錯覚に陥る。目を瞑っているはずなのに、しっかりと映像が見えていてなんだか不思議な感覚だった。


 それもつかの間、しばらくすると寝ていたはずなのに、黄色くて大きなタイルが敷き詰められた広い場所に立っていた。壁は遠くにあって見えにくいが、どうやら白い。


 もっとよく見たくて壁の方をじっと眺めていると「ようこそ、ディリアルへ!」という文字が胸の高さで一歩前辺りに突然現れた。「ポーン」という電子音が静かに響く。


「うわ、すごっ! ゲームだけど完全に現実だこれ!」


 あまりの凄さに、自分でも驚くくらい大きな声で独り言を発してしまった。いや、でもそれだけすごいのだ。だって、普通に歩けるし座れるし、足の感覚とかちゃんとあるし。


 テンションがあがってしまいクルクルと回ってみると、自分の服装がなんだか変なことに気づいた。黄色のビニールみたいな素材のシャツに、これまた黄色の硬いスカートだ。


 ちなみに、そのスカートはロートみたいな形で固まっている。どうやら、これがここでの初期装備みたいだった。裾がはねていてちょっと可愛い。この感じだと、ディリアルは黄色をイメージカラーにしているみたいだ。


 このままでも楽しいな。そんなことを思いながらはしゃぎ続けていると、わたしの目の前に再び先ほどの「ようこそ、ディリアルへ!」という文字が浮かび上がった。多分急かしているのだろう。最後の「!」がなんだか怒っているような気がする。


 仕方なくわたしはその文字に向き直る。なんとなく「触れば良いのかな?」と思いフワフワ浮かぶそれに手を近づけると、再び「ポーン」という音がして今度はスクリーンの様なものが現れた。


「ゲームの初期設定をします。以上の情報でお間違いありませんか?」


 どこか機械じみた音声がそう告げる。見てみると、入力した覚えなんてないのに名前や性別、生年月日などのわたしの個人情報が綺麗に入力されていてギョッとしてしまう。この情報化社会においてこれは怖い。


「え、なんでこんなことわかるの?」


 思わず疑問が口から出る。まだホラーゲームをプレイしていないのに、なんだかもう既にちょっと寒気を感じる。


「ディリアルはお客様の思考を認識し、特定の情報を抽出する『スキャニング・システム』を採用しております。これはご購入時にサインをして頂いた契約書の通り、ゲームのプレイデータにのみ活用され、それ以外には一切使用されません。安心してゲームをお楽しみ下さい」


 尋ねたつもりはなかったが、システムが親切に答えてくれた。知られちゃまずいような個人情報がぬかれてないかちょっと不安だったが、他のみんなも同じように使ってるんだし大丈夫なんだろう。


「えっと、なになに? 名前と生年月日と、あとニックネームか」


 最初の二つが入っているのは良いが、ニックネームまで既に入力されていて驚いた。いったいどんな技術を使ってるんだろう。


 少し気になるが、早くゲームをしたかったので情報を確認していく。名前についてはやっぱり個人情報的なことが気になり名字を削って「つみき」とした。親がだいぶキラキラした名前にしてくれたので、名字とセットだとなんかの時に特定されそうで不安なのだ。


 次に、生年月日は良いとしてニックネームか。ここには既に「キーちゃん」と入ってるが、ゲームでもこの名前を使うのは少し考えてしまう。とりあえず「みき」に変えておいた。なんとなく普通に操作してたけど、これって考えるだけで勝手に入力されるのね。


 さて、情報は入れ終わった。わたしは目の前のパネルの「決定」ボタンに触れる。どうやら修正が利く部分は思考のみでできて、確認が必要なところは手で操作しないといけないみたいだ。


 入力した情報が再度目の前にパネルで表示され、そこに「※名前と生年月日は後から変更できません。しっかりとご確認下さい」と書かれていたが、問題ないのでもう一度「決定」を押した。


 すると、パネルはキラキラと光の粒子になって消え、代わりにタイルのような画面が表示された。どうやらこれがホーム画面らしい。大半は真っ白で何も書かれてないが、一つだけ「アプリショップ」と表示されていた。これでゲームを買うみたいだ。とりあえず、そのタイルに触れてみる。


 一瞬目の前で丸い矢印みたいなものがクルクルし、それが消えると様々なシーンが描画されたタイルがわたしを一斉に取り囲んだ。


 あるものには屈強な男たちが剣と盾を持って闘ってる様子が描かれており、またあるものにはデフォルメされた動物たちがこれまたデフォルメされた街でお話をしている様子が描かれている。


 それらはゲーム画面なのだろう、見ている間にもシーンがどんどん変わって思わず引き込まれてしまう。


「ようこそアプリショップへ! 本日は何をお探しですか?」


 ボーッとタイルを眺めていると、目の前に大きめのタイルが表示されてそんなことを話しかけてきた。


 そこには「ゲームを探す」「ムービーを探す」「マイメニュー」と書かれてある。


 とりあえず「ゲームを探す」に触れてみた。瞬間、周りのタイルたちがすごい速度でわたしの周りを回転し、表示されているものがちょっと変わった。多分、「ムービー」が消えたのだろう。


 様々なゲームのタイルが目の前にあふれていてどうやって探せばいいか悩んでしまうが、とりあえずお目当ての「ロマネスコ」という名前を頭の中で念じてみると、表示されているパネルがどんどん消えていく。


 最後に残ったものには薄暗い背景に幾何学的な模様が描かれていた。人々が恐怖に引きつった顔で何かから逃げていたり、目玉のたくさんある怪物がゆっくり蠢いたりしている。


 これが「ロマネスコ」なのだろう。評判通り、なかなか怖そうだ。あと、パネルが一つになるとBGMも流れるみたいで悲壮感あふれる雰囲気の曲が映像をさらに怖く演出している。


 さっそく買おうと思ってパネルに触れると、気づけば古びた町並みの中にわたしは立っていた。


 煤けた嫌な臭いが漂ってきて思わず鼻を覆う。どこからか人々の悲鳴がした。そっちを見てみると、わたしの方に向かってたくさんの人たちが走ってきている。


 後ろを気にしているようだからそれにならって人々が駆けてきた方を見ると、人の三倍の大きさはあろうかという化物がいた。


 顔が細長くて黒い毛が全身に生えており、それがゆっくりと歩いてくるのが見える。不気味な獣のようなそれは、体中から血をしたたらせており、それだけでどれほどの人間を殺めてきたかが伺える。


「ウボォアアアアア!」


 その大きな口を広げ、よだれをまきちらしながら唸るようにして喚く怪物。その顔は、猿と犬との間の子みたいで、そして白くて不気味だった。

 その化物と目が合い、わたしが逃げようとして足を動かした瞬間、まるで時間が止まったように目に映るすべてが静止した。


 タイトル画面で見る様なロゴマークが現れ、そこには「ロマネスコ」と書いてある。どうやら、今のはデモムービーだったらしい。


 もうゲームが始まっているのかと思ったので、わたしはホッと胸をなでおろした。だってこんな急に始まるなんて思わないじゃん。さすがにあんな急にでられたらちょっと怖いよ。


 気を取り直してそのタイトル画面に触れると「連鎖する恐怖が、あなたの記憶に感染する……。心の奥底に死の気配を送り込む『ロマネスコ』 ご購入:11,000pt」とポップが出てきた。わたしは買うためにもう一度それへ触れる。


「所持ポイントが不足しております。ポイントの購入はマイメニューからどうぞ」


 耳障りな「ビー」というビープ音のあと、機械的な声でが申し訳なさそうにそう告げた。


「え?」


 あれ? これってポイント購入とかしないといけないのか。言われてみると、コンビニとかで「ディリアル・アプリショップポイント」と書いてあるカードが売ってるのを見たことがある気がする。あれがそうか。


「えー、これ後払いとかできないの? ちょっともー」


 そんなことを言いつつ、わたしはタイトルロゴを叩き続けたが、同じメッセージが何度も繰り返されるだけだった。自分が悪いとはいえ、これは残念すぎる。


 仕方なく、わたしは頭の中で「戻る」と念じた。世界がホーム画面に戻り、目の前に「ロマネスコ」のパネルが表示される。


「わたしに会いたいだろう? わたしも本当はきみに会いたいんだよ……」


 そんなことを、パネルに映しだされた目玉の怪物に語りかけてみる。返事をするかのように、その怪物がちょっとだけビクビクとが震えたが、それだけだった。


「はー、これからいったんコンビニ行かないといけないのかー、やだなー。お母さん買ってきてくれないかなー」


 わたしは思わず座り込んでげんなりする。やる気満々だったし、それどころかもうやってる気分だっただけに残念で仕方ない。俯くようにしてため息を吐く。


 とりあえず、一旦やめようかと思って顔を上げると、「ロマネスコ」のパネルの下にもう一枚別のパネルが表示されているのに気づいた。


「あれ? こんなのあったっけ?」


 さっきまで立っていたから気づかなかったらしい。左上に小さく「AD」と書いてあるから、多分広告なんだろう。


 まだ慣れてないし、とりあえずいろいろ見てみるかと思ってそのパネルに向かって「ちょいちょい」と指でこっちに来るよう合図した。すると、パネルは音もなくわたしの方へとスライドしてくる。改めて、ディリアルって便利だと思った。


「なんだこれ? 無料なの?」


 そこには「完全無料!」という文字がでかでかと書かれていた。更にその下に「最新ホラーゲームのモニターになって、タダで恐怖を味わおう! 『クローン・モノクローム』」とある。


 そのパネルにはムービーではなく静止画が映し出されているが、それなりに怖そうに見えた。色彩の薄い街に、武骨な配管の目立つ塔がそびえている。その塔をバックに仁王立ちするフードの男は、今にも人を殺しそうな目でわたしを見ていた。


「これめっちゃ怖そうじゃん! これしよ」


 わたしは迷わずそのパネルを触った。

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