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17 神との対話

 遠くにそびえる不気味な塔。ギャーギャーと鳴くカラスたち。そして、色のない街。


 モノクロームシティにわたしはいた。


 ルゥがこのゲームの影響で精神に異常をきたしたのだ。少なからず嫌な感じがする。ただ、それを不満として相手にぶつけても何も解決しない。冷静に対応しないと。


「ねぇ、リッピー。いるんでしょ? ちょっと出てきて」


 努めて落ち着いた声で呼びかける。


 すると、街の奥の方から彼女がノロノロと飛んできた。


「お、おっすー! 今日は連続ログインなんだね! やっぱり、捕まえたゲイシーのことが気になるのかな?」


 リッピーがよそよそしい態度で接してくる。あからさまに妹の話題を出さないようにしているのがよくわかった。


「ルゥの……今日一緒にプレイした妹の話なんだけどさ」


 わたしは切り込むようにして、核心に触れるワードを言葉にした。すると、リッピーの顔色がほのかに曇る。


「……はー、これあれだよねー、やっぱり。クレーム対応とかNPCのすることじゃないでしょーもう……」


 こちらから顔を背けつつリッピーが何やらブツブツ言っている。ひとり言のつもりみたいだが、残念ながらだいたい聞こえていた。


「えっとね、クレームとかそういうんじゃないんだけど」


「うえっへ、聞こえてた!?」


 この妖精も嘘がつけないタチみたいだ。まあ、そっちの方が都合が良いけど。


「ルゥがね、さっきログアウトしてから変になっちゃったの。その感じだと、リッピーも知ってるでしょ?」


「あ、えっと……」


 どう答えたら良いかわからないという様子でモジモジする。


「そ、そうなんだ。大変だね! 知らないかったよ……」


 目をそらしながらリッピーが言う。さっきの流れがあったのにしらを切るつもりらしい。


「別に怒ってないんだけどさ――」


「――あぅ、ごめんなさいごめんなさい!」


 できるだけ優しい声を意識して伝えたつもりだったんだけどなぁ。彼女は空中で頭を抱え、うずくまるようなポーズをとる。


 この子も好きでこんなポジションにいるんじゃないだろうし、ちょっと同情してしまう。


「わたしもごめん。こんな風に言われたら怖いよね。でも、本当に怒ってなくて、ただ話がしたいだけなんだよ」


 うつむくリッピーの顔を覗き込むようにして語りかける。


 そう、わたしはクレームを叩きつけたいわけじゃない。今わたしたちが置かれてる状況を知りたいだけなんだ。それがわかれば、ルゥを助ける方法が見えてくるかもしれない。


「ねぇ、ルゥが今大変なの。だから、協力してくれないかな?」


 涙目でブルブルと震えている彼女に、ささやきかけるように言葉を投げかける。


 すると、リッピーはつぶやくようにして話しだした。


「実はさ、"上の人"の回答があるんだよね、妹ちゃんについて。私はそれ聞いた時は『ああ、これ答えれば大丈夫!』って思ったんだけど、よくよく考えたら大丈夫なのはこっちだけで、つみきちゃん絶対怒ると思って……」


 ゴニョゴニョとはっきりしない口調で彼女は話す。やっぱり、あの時「上の人」と話してたのかと合点がいった。


「いいよ、さっきも言ったでしょ? 話がしたいだけだって。怒らないから聞かせて」


 私の言葉を聞いて、リッピーが顔を上げる。


「ええっと、じゃあ読むよ?」


 その言葉に、無言でうなずく。AAI特有のこの「読む」という表現にそろそろ慣れつつあるわたしがいるのに気づいて少し焦った。


「んーと、この度の出来事につきましては、弊社の提供する『クローン・モノクローム』との因果関係が明確ではないため、もし心身のいずれか、あるいは両方に何らかの異常が起きたとしても弊社側では責任を負いかねますのでご了承下さい。また、もし『クローン・モノクローム』により何らかの異常が起きたとしても、契約内容にある通り全ては自己責任となりますので、ご自身でご解決頂きますようお願い致します、だってさ」


 契約内容、という言葉が心に刺さった。リッピーの言葉を聞く限り、そこから読み取れる情報の中に危険を感じさせるものはさほど書かれていないことが伺える。


 ただ、その「さほど」の中にイレギュラーが紛れていたんだろう。ルゥだけではなく、わたしも読んでいれば、この事態は起きなかったかもしれない。なんてこと考えても仕方ない。お父さんも言っていた、これからのことを考えようと。


 何が言える? さっきの言葉から。


 こんなにきっちりとした文章が出てくるということは、このような事態が想定されていたということだ。


「なら、こういうことがあったら、全部今のではねのける気だったってこと……?」


 嫌な答えだ。嫌な答えすぎて思わず、口に出してしまう。ビクリとリッピーが身体をこわばらせたのがわかった。


「だ、だから言いたくなかったんだよもー! この先教えてくれないし!」


「この先?」


 ああ、クレーム対応のか。確かに、ここからはもう何を言われても耐えるしかないからね。向こうも教えようがなかったのかもしれない。どんなに怒鳴られてもさっきのオウム返しでやっていくしかないのだ。人じゃないからって、こっちが根負けするまで彼女を粘らせる気だったんだろう。


 嫌な運営だな。


 リッピーは人が良さそうなだけに、こういうのはダメなんだろう。メンタルは強そうなんだけどなぁ。


 まあ、何にしてもわたしは彼女を責めるつもりはない。


 だって、リッピーはNPCなのだ。


 ノンプレイヤーキャラクター。


 AAIによっていくら人のように考えられるとしても、彼女は作られた存在なのだ。


 わたしが本当に話したいのは、この子を作った存在である。


 だから――。


「「――この先は必要ない」」


 声が、ハモった。


 背中を鳥肌が駆け抜ける。


 一つは言わずもがな、私の声だ。じゃあもう一つは?


 この空間にはあと、リッピーしかいない。


 だから、彼女の声、のはずだ。


 なのに、そう思えない。見れば、リッピーの様子がおかしい。


 頭の裏側を見るようにしてあらぬ方向を向いた目と、内側から押し出されるようにして出る舌。脱力した顎。だらりと垂れた腕。羽だけが優雅に動いていた。


 どう見ても、正気には見えない。


「あっあー、テストテスト。聞こえてるかな? 聞こえてたらなんか合図してよ、つみきちゃん」


 その異常な様子とは裏腹に、彼女はその口をゆるゆると動かして陽気にしゃべる。


「聞こえてるけど、あなたは誰?」


 運営。


 多分だがそうなんだろう。いや、これはまだ製作中のゲームなんだし、ひょっとするともっと別の役職かもしれない。例えば、プログラマーとかそのチーフとか。代表になるべく近いポジションの人が好ましいな。とにかく、全体を見えてる人間のほうが良い。


「悪いね、リッピーなんかに対応させちゃって。ちょっと様子を見るつもりだったんだけどさ、アイツ可愛いだろ? 君に問い詰められてるってほどじゃないけど、困ってるアイツ見てたら、なんか楽しくなっちゃってさ」


 はっはっは、と馬鹿にしたように笑う。作り笑いっぽい、空っぽな笑いだ。


「で、誰なの?」


 少し睨むようにしつつ言う。


 しばしの沈黙。わたしは真一文字に口を引き締め、相手は放置するように無音だ。


「……あのさぁ」


 イライラを隠さない言葉がリッピーの口から漏れる。


「会話を楽しもうって気はないのか? つまんないヤツだな」


 つまんない、と言われて何も感じないほどわたしの器は大きくはない。ただ、だからといってここで感情的になってどうする。冷静になれ。妹の人生がかかっているのだ。


 鼻から大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐く。


「対応がまずかったらごめんなさい。確かに、リッピーは可愛いですよね」


 とりあえず話を合わせてみる。関係値作りは大切だ。わたしの聞きたい話を喋らせるためにも、相手の好きそうな話題に同意してみる。


「そうだろ? やっぱり。アイツはボクがデザインして、ボクがプログラムを作ったんだよ。天才的だろ? あんなんだけど、ゆくゆくは人類の存在さえ揺るがすほどの脅威になる予定だ。インスタンスの並列処理で思考を多重化し、より複雑な知性を実現できる。あれだけ精巧な人工知能ってだけでも凄いんだけど、それを同時起動させて、その後統合できる。知識をそれだけ多く吸収できるのさ。だから、先を見越して現状だとちょっとバカっぽくしてるんだ。賢いだろ?」


 何を言ってるのかよくわからない。


 多分、興奮が勝って重要なワードが抜けてる。インスタントがなんたらかんたら言っていたが、リッピーのプログラムを作った人みたいだし、それなりに重要なポジションについていそうだ。だったら、わたしの知りたい情報を引き出せるかもしれない。


「あなたはプログラマーさん、ということで合ってますか?」


 再び無音。


 しばらくして、ガクガクとリッピーの顎が揺れる。


「もうちょっと頭を使おうね。君は賢そうだと思ったんだけど、そうでもないのかな? ボクの話聞いてた? すごいんだよボクは! もっと褒めるとかないの? ねえ」


 音量大きめに響くその音は、なんとも自己中心的な言葉でパンクしそうになっていた。苦手なタイプだこの人。


「そ、そうですね。話してて自然ですもん。すごいプログラムですね」


「プログラムじゃないよ。あれは新たな生命さ」


 自分でプログラムしたって言ったんだろ! と心の中でツッコミを入れる。本当にツッコんだが最後、会話がいつまでたっても終わりそうになくなるだろうと思ったので何も言わない。


 相手の次の言葉を待つように、自分のイライラを鎮めるように、わたしは押し黙る。


 ただ、それが良かったようでリッピー越しに「ふっふっふ」と笑い声が聞こえた。


「そう、ボクは生命をプログラムできるほどにすごい。生命を創り出すのが神だとしたら、ボクは神さえ超えている」


 話が繋がっているようで繋がっていない人だ。多分、考えに言葉がついてきていないのだろう。結論に至る前の中間が抜けているのだ。


 論理の飛躍。


 だって、「生命を創り出すのが神だとしたら、ボクは神だ」が自然だと思うのだけど、なぜ超えたし。よくわからない人だ。ただ、知性が人より色々な意味でぶっ飛んでいるのはよくわかる。


「あっあー、ボクのすごさに何も言えないかな? 何も言えないだろ。そうだろ。で、そんな君に朗報だ。ボクなら、いや、ボクの創ったゲームなら君の妹を救えるよ」


 全身に電気が流れたようになる。そう、この話題を待っていた。一瞬諦めかけたが、やはりそうだった。


 このゲームが原因で精神に異常をきたしたなら、同じくゲームで戻せるかもしれない。


 わたしの予想は正しかったみたいだ。


「この話が聞きたかったんだろ? 知ってるよ。リッピーとそんな話をしてたもんな。わかってるんだよ、君の考えることなんて。妹の一大事だもんね」


 面白がるようなトーンの言葉がリッピーの口から流れ出る。


「ど、どうやるんですか? わたしはどうしたら良いですか?」


 思わず気持ちが焦る。答えが目の前にあるのだ。冷静ではいられない。


「はっはっは、ゲームのネタバレはしないよ。そんなことしたら面白くない。まあ、ゲームのキャラに色々聞いてみるといいよ、『妹の頭がおかしくなったから、治すための方法を何か知らないか』って。ドリームゲームエンジンは、君の妹の精神異常をストーリーに組み込んだみたいだからね。そして、これはホラーゲームだけど、内容はアクションRPGに近い。きちんとイベント見ながらやれば、ゲームをクリアするまでには必ず彼女の頭を元に戻す方法がわかるよ」


 ドリームゲームエンジン。「クローン・モノクローム」の根幹を成すシステムだと理解している。


 それが、ルゥのことをストーリーに組み込んだと言った。どうしてそんなことになったのかわからないが、とにかくルゥが助かるということらしい。


「ボクを恨むなよ? 契約内容には全部書いてあるんだ。それを受け入れてプレイして、異常をきたしたとしても自己責任なんだからな。『包丁を買って、それで指を切った』とか言っても、それは包丁使ったヤツの責任だろ? ボクは悪くないからな。むしろ、感謝してよ。妹ちゃんの精神スキャニングしてみたけど、あんなのただのショック症状なんだから。それがボクのゲームで治るんだからね」


 今度はものすごい勢いで言い訳を始めた。許しても良いかなと思ったところで、わたしの精神が逆撫でされていく。


 まあ、言われてみるとその通りだと思ってしまう部分もある。ただ、逆恨みしてしまうところがないかといえば嘘になってしまう。だから、ちょっとした今投げかけられた言葉で反抗心が鎌首をもたげた。


 この時のわたしは、「ルゥを治す方法がある」ということを知って、少し気が緩んでいたのだと思う。


 だからいとも簡単に、とんでもない出来事の引き金を引いてしまうことになる。


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