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15 思い出の君

 どうにかゲイシーを逮捕することができた。


 そこで、何を待つでもなしに少し固まってみる。辺りに変化がないかキョロキョロと見回してみた。しかし、何もないようだ。


 ゲイシーを鎮圧したのに、イベントはなしか。多分、倒さないとムービーに入らないんだろう。


「リッピー! いるんでしょ? どこに隠れてるの?」

「お呼びですね、姉御!」


 教会の奥にある扉から黄緑色のラインがわたしのところまで伸びてくる。あの陽気な妖精が現れた。


 横目でゲイシーを見やると、やはり驚いた顔をしている。悪魔に魅入られてても、こんなものまでいるとは夢にも思わないかったのだろう。


「な、なんだそれは? 天使か!?」


 まあロマンチック。って、そうじゃないか。ここが教会だから勘違いしたんだろうね。前回のプレイでは「虫さん」って言ってたし。


「つみきちゃん、今の聞いた? 私のこと天使だって! 見る目あるねぇ。どうだい? 君、うちの事務所で働かないかい?」


 リッピーが空中で足を組み、ない髭を指先で撫でながら偉そうな態度でそんなことを言う。


「じ、事務所? どういう意味だ? 助けてくれるってことか?」


 どうしよう、リッピーがいるとどうしても話がややこしくなる。


「ちょっと、冗談はやめて」


 ジト目で彼女を睨みつける。ビクリと黄緑色の光が震え、リッピーが反応したとわかる。しかし、それ以上に反応したのはゲイシーだった。


「くっ、冗談だと……? 勝った途端にこれか。ふざけるな! 保安官よ、忘れるな! あのロシアンルーレットが終わった時、私は貴様を殺せたのだ! これから先の人生は、私の手によって与えられたものなんだぞ! もっと感謝するんだ!」


 痛みが落ち着いてきたのかゲイシーが頭をこちらに向け、怒鳴り声を上げる。そのあと、顔を歪めたので、今のでまた傷が疼きだしたみたいだ。


「こら、リッピー! ゲイシーさんが嫌がってるでしょ? やめなさい」

「え、私!? 今の感じだとつみきちゃんに怒ってる感じがしたけど?」


 あれ? ああ、本当だ。なんでわたし怒られたの? えっと、リラックスムードが気に食わなかったのかな。


「ごめんなさい、ゲイシーさん。出来るだけ感謝するようにしていきます。あ、あの、お怪我の方は大丈夫ですか……?」

「大丈夫なものか! 誰のせいでこうなったと思っている!? 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」


 ヤバイ、めっちゃ怒られた……。ホントは仲良くなりたいんだけど、上手くいかないもんだなぁ。恋って難しい。とはいえ、いつまでも落ち込んではいられない。


「リッピー、ちょっとルゥのとこ行くよ」


 一声かけ、彼女を率いて妹のところへ向かう。傷だらけの、わたしが見殺しにした妹のところへ。


 じゃりじゃりと革靴の裏にガラスの感触が響いてきた。その響きを感じる度に、わたしは妹の苦しみに想像を巡らせる。


 わたしが代われるものなら代わってあげたかった。いや、変な意味じゃなしに。


 ルゥの近くに辿り着き、彼女を見下ろす。出来損ないのコロッケのように、細かなガラスの破片がまばらに刺さっており見ているだけで痛々しい。


 惨殺死体にも見えるが、上下する胸の動きが彼女の生存を教えてくれていた。


「あぁ……おねぇ、たふけて……ひたい……っ……」


 胸が締め付けられるようなうめき声。


 自責の念がわたしの中に充満し、張り裂けてしまいそうだった。


 そして、その感覚を振り切るように、彼女のそばにしゃがみこんでその身体の下に腕を差し込む。


「え!? ちょ、ちょっとつみきちゃん?」


 リッピーが驚いて声を上げる。


「ねぇ、一回だけなら全回復できるんでしょ? でも、ガラスの上に寝たまんまだと、回復したあとにまた刺さっちゃうんじゃない?」


 そう言うと、リッピーは「ああ、なるほどね」と声を上げた。その声に釈然としないものを感じながら、私はルゥをお姫様だっこしてガラスの海から引き上げる。


 腕に無数の痛みが走り、わたしの心を責め立てる。その痛みの一つひとつが、心にまで刺さるように感じた。


 でも、耐える。ルゥはこんなのよりもずっと辛い目にあったハズなんだ。わたしが悪いんだから、我慢しないといけない。


 彼女の身体を抱えて海から脱出し、比較的綺麗な床の上へと降ろす。


「リッピー、これってどれくらい破片取れば良いの?」

「えっと、『武器になりそうな大きさ』のヤツだけとってくれれば大丈夫だよ。だいたい手のひらサイズくらいまでかな」


 そう言われて、改めてルゥの顔を見た。右眼があるハズの位置には透明な刃が刺さっており、反対の目に何もないものの真っ赤に濡れている。なんとも痛々しいが、とりあえず取らなければいけない破片はなさそうだ。


 ついで、身体を見る。脇腹の辺りに大きめの破片が刺さっており、右肩辺りにも鋭利な刃が飛び出ているのがわかる。全身傷だらけだが、ひとまずこれらだけ取れば大丈夫だろう。


「ごめんね、もうすぐだからね」


 そう耳元でささやき、まずルゥの脇腹へと手を伸ばす。ガラス片に触れると、彼女の身体がビクリと震えた。


「ひたひぃ……こはい……こはいよ……おねぇ……」


 おびえるようにして、彼女の身体に力が入るのがわかった。それを見て、少しでもルゥの気が楽になるようにと頭を撫でてやる。


「大丈夫……大丈夫だから。怖くないからね。ちょっとだけ痛いけど、そのあと痛くなくなるからね」


 優しい声で語りかけつつ、彼女の身体に埋まったものを抜き取っていく。


「ヤダ……っ! こはいっ! やえてっ!」


 引き抜こうとすると、ガラスが体内をひっかき、それで痛いらしい。やめてあげたいのはやまやまだけど、回復してあげるためにはこれが邪魔なのだ。彼女の苦しむ顔は見たくないが、だからこそわたしは手を動かし続ける。


 ルゥの頭を撫でてやりながら、透明のナイフを一本、また一本と抜いていく。その時、彼女が苦しむ度に「大丈夫だよ、大丈夫だからね」とささやいてあげた。


 こうしてると、ルゥが前に事故で左腕を折った時のことを思い出す。どの程度の怪我かはよく覚えていないが、入院する必要はなかったらしく自宅療養をしていた。事故からしばらくの間彼女は、包帯とギブスに固められた腕をかばうようにして「痛い痛い」とぼやいていた。


 特に、寝ようとすると意識してしまうらしく、そんな時はよくわたしのところへやってきて「おねぇ、痛い」と涙目で言うのだ。


 当時は特別な理由がない限り一緒のベッドで寝ていたのだが、ケガをしている間は「寝相で腕を痛めるといけないから」と別々に寝かされていた。だから、いっそう寂しかったらしく、わたしのところへと泣きついて来ていたらしい。


 その度に彼女を自分のベッドに内緒で入れてあげて、寝付くまで「大丈夫だよ、痛くない痛くない」とささやいてあげながら頭を撫でてあげていた。わたしも当時はまだ子どもだったから「ちょっと面倒くさいな」とか思った時もあるけど、あれは可愛かったな。今でも可愛いけど、最近はちょっと生意気になったというか、調子に乗ってるところあるから。


 なんてことを考えていたら、気づけば例のガラス片を取り除くことができていた。心なしか、ルゥの表情は柔らかくなっている。


「こんなもん?」


 リッピーがわたしの周りを飛び回りつつ、手持ち無沙汰にしていたので首を回して彼女を見つけ、そう問いかける。


「お、できた? どれどれ」


 そう言って顎に指を当てつつ彼女はルゥの方へと身を乗り出す。しげしげと全身を見回し、うんうんと何やら頷いている。


「まあ、ボチボチかなー。それで、妹ちゃんを回復してあげればいいんだよね?」


 改めて、リッピーがそう聞いてきた。顔が真剣だ。そんなふうに聞かれるとなんだか怖い。


「えっと、そうだけどなんかマズイの?」


 ここで「うん、そうして」って言えるとカッコイイんだろうけどなぁ。ただ、わたしはもうさんざんミスをしてるし、今日はもう大人しくしていようと思う。


 そんなことを考えながらリッピーの言葉を待つと、彼女は静かに口を開いた。


「まず、この世界がゲームだってことは覚えてるよね?」

「そりゃもちろん」


 ドリームゲームエンジンなるもののためにちょいちょい現実だと勘違いしてるけど、いちおう覚えてる。


「なら少し説明するけど、妹ちゃんは2Pなんだよ」


 それはわかってる。メニュー選択は1P側に選択権がありそうだったので、面倒がないように2Pはルゥに任せたんだ。


「それだと何か問題なの?」

「問題ってよりも、むしろ都合が良いんだよね」


 リッピーが少し明るい調子を取り戻す。


「1Pはやられたらゲームオーバーだけど、2Pはやられてもゲームオーバーにならない。再スタート時にまた復活できるんだよね」


 右手の指を一本ピンと立て、得意げな様子で彼女は語る。


「うん、それで?」


 なんとなく話の先が予測できてイライラしてくるが、とりあえず先を促す。


「だから、妹ちゃんよりも自分の回復をしたらどうかなーって」


 言われて、右足が少し痛いことを思い出す。ゲイシーに太ももとふくらはぎの辺りを撃たれているので、常人なら悶絶ものだろう。ただ、わたしはプレイ動画リピートのお陰で苦痛に相当慣れてるし、言うほど気にならない。


 ついでに、ルゥを抱き上げた時に腕も傷だらけになったが、こちらもそんなに気にならなかった。


「わたしはいいや。というか、じゃあルゥはどうするっていうの?」


 自分の声がちょっと低くなってるのがわかる。多分、リッピーは親切心で教えてくれてるんだろうけど、どうしても気が立つ。


「いったんログアウトしちゃえばいいよ。基本一人プレイを想定してるゲームだし、やり直せば2Pは全回復してるから。まあ、つみきちゃんはそのままだけどね」


 ああ、やっぱそうなるのか。でも、それでもなぁ。


「いや、そういうのはいいや」


 そう答えると、リッピーは変な顔をした。


「あれ? ドリームゲームエンジン利きすぎてるのかな? いったん弱める?」

「いや、そういうんじゃなくて」


 これはただの意地なのかな。でも譲れないんだよね。


「ルゥはわたしに『助けて』って言ったし、わたしはお姉ちゃんだから」


 だからなんだ? と言われたら困るけど、それでもとにかく回復はルゥに使うんだ。


 それに、まだはっきりしないけど、違和感がある。何か見逃してはいけない違和感が。


 それを確かめたいという気持ちもあった。なんだか、すごく怖い。一人では確かめられないくらいに。


 しかし、わたしの気持ちなんて知らないというように、黄緑色の妖精はなんだか不満気だった。


「ふーん、ウツクシイ姉妹愛ねー。リッピーちゃん涙ちょちょ切れちゃうわー。もう、なんだよこんな親切に教えてるのに全部無視して! ログアウトしてから後悔しないでよね!」


 そう言うと、彼女はルゥの周りをすごい勢いで旋回するように飛び、キラキラとした粉を降り注いでいく。光のカーテンが何重にもルゥへと折り重なり、何も見えなくなる。


 まぶしくて腕でその光を遮り目をふさぐ。それでもまだ輝いてるのがわかるくらいだったが、しばらくするとその光が落ち着いたのがわかった。恐る恐る目を開ける。


 すると、あれだけ傷だらけだったルゥの顔はいつもの見慣れた状態に戻っており、服装もおろしたてのように綺麗に戻っていた。細かなガラス片は、どこへ消えたのか綺麗さっぱりなくなっている。


「どう? こんなもんですわ! 褒めてくださっても構わないんでしてよ?」


 リッピーがわかりやすく調子に乗ってみせる。適当にいなそうと思ったが、その姿を見てギョッとした。


「あれ? その色……」

「ああ、これ?」


 わたしが思わずつぶやくと、リッピーは今日のお洒落ポイントを褒められたように答える。黄色い身体にオレンジ色の光をまとっていた。


「もう回復してあげられない状態になるとこうなります。どう? 紅葉みたいで綺麗でしょ?」


 どう? どうこれ? と彼女は見せびらかすようにクルクルする。なるほど、「ゲージが赤になってる」みたいな感じかな。まあ、そんな重要なとこではないから別にいいけど。それよりも今はルゥだ。


 先ほどの違和感を確かめるように、わたしは横たわったまま静かな彼女へと顔を寄せ話しかける。


「ルゥ! 大丈夫!? ねぇ!」


 肩を揺すって呼びかけるが、返事はない。そんなバカな。傷は治したのに。


 わたしの中にある嫌な予感が強まった気がした。


「あー、なんだろ。多分、疲れて寝ちゃってるんじゃない?」


 リッピーが思案するように言う。遠くを見るように、何もない空間を眺めている。


 そこにも、僅かだが何か違和感がある。そんな気がした。


「……誰と、話してるの? それか、何か探してる?」


 どこを見ているのかわからない、彼女が時々する不思議なクセ。これはAAI特有の「文字列参照」をしている時のものだ。


 わたしはそれを見逃さなかった。


 リッピーの様子がなんだかよそよそしい。慌てている、という風ではないけど、それでもそれは、わたしを不安にさせるには十分だった。


「え? あ、いや、なんでもない。なんでもない」


 彼女が真顔でこちらを見て、顔の前で右手を振る。なんでもない動きなのだが、あのハイテンションなリッピーが普通にしていることが不気味だった。


 それに、「私たちは生き物と変わらない」と言っていた彼女が、AAI特有の動作を暗に指摘されているのに何も言わない。


「ごめん、わたしもうログアウトするね」

「え、もう?」


 せっかく回復したのに、と言わんばかりの顔をするが、どこかホッとしているようにも感じられた。


 なんだろう、何かものすごく嫌なことが起きている気がする。


 目覚めない妹を見て、わたしはそう感じた。


「じゃあ、セーブしておくけど、良いかな?」

「うん、その辺は適当にお願い」


 わたしがそう告げると、目の前に矢印を丸めたようなマークがグルグルし始める。


 次いで、景色に網掛けされたようになり「セーブしました!」と表示された。


 そして、目の前の景色がドロリと溶けるようにしてなくなっていき、わたしたちの意識も溶けていく。


 世界が再構築され、普通の感覚が戻ってくる。女子高生としてのわたしになっていく。


 これで大丈夫、とは思わなかった。


 ヘッドマウントデバイスを乱暴に取り去り、ルゥの方へと向く。


「起きて! ほら、もうゲームは終わったから!」


 そう言いながら、横で眠るようにして動かない彼女の方へ向き直る。


 ルゥのヘッドマウントデバイスを取り、頬を軽く叩く。


「んぅ? おねぇ? もうあさ?」


 何度かされたリアクションが返ってくる。しかし、わたしの感じる違和感は拭えない。


「あれ? あ! 腕痛くないよ! 治ってる!」


 そう言って、彼女は左手をぐっぱーぐっぱーと動かした。


「……手? ……何……言ってるの?」


 今回の戦闘で、彼女は手を怪我していない。私の知らないだけでもしかすると怪我をしていたのかも知れないが、少なくとも、一番痛々しい傷は足のものであったはずだ。


「おねぇ! 私こないだ車のせいで手が痛くなっちゃったでしょ? でも、もう痛くないの!」


 元気いっぱいに答えるその様子に、わたしは恐怖を感じた。


 彼女が腕を折ったのは、遥か昔の話だ。最近のことではない。


 頭の中にシンナーでも注がれたように、何も考えられなくなっていく。どうしよう、と少しだけ思った。


「お母さんにも教えてくるね!」


 そういって、彼女がベッドから跳ねるようにして歩き出す。が、二歩目を踏み出した時に盛大にコケた。


「わぁ!? あ、あれ? なんだこれ? スゴいよおねぇ! 私大人になってる! あれ? おねぇも大人だ! なんで?」


 彼女が起き上がり、きょとんとしてこちらを見てくる。


 違和感の正体がわかった。いったい、どのタイミングでこうなったかはわからないが、だいたいそういうことなんだと思う。


 ルゥが、あの事故があったあの頃に戻ってしまっていた。


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