12 悪手の代償
ここから残酷な描写が増えます。苦手な方はご注意ください。
ゲイシーがステンドグラスへとリボルバーを向けた。私は自身の中にある絶望感を振り切るように、ありったけの声を振り絞って叫ぶ。
「ルゥ、逃げて!」
ゲイシーの言葉を受けて走馬灯を巡らす頭を押さえつけ、とっさにそう叫ぶ。それとほぼ同時に、銃声が響きに天井が砕け散った。
ガラガラと崩れる色彩が降り注ぎ、床をえぐろうと鋭利な刃を作り出し、その下にいるであろうルゥを襲う。
大量のガラスが地面に激突し、しぶきをあげた。
「……っ! ルゥ!」
悲鳴は、ない。恐らくだが、わたしが声をかける前に逃げてくれたようだ。
「ふむ、死んだかな? 一撃か。あっけない。なら、次は保安官、お前の番だっ!」
そう言って、彼は今ガラスの落ちてきた方を向いたまま、わたしの手を引き自分の前の方へと連れてくる。
「な、何をする気……?」
と、口に出して気づいた。コイツは、わたしに何かするフリをしてルゥをおびき出すつもりだ。
「ダメ! ルゥ――」
これは罠だ、と言おうとしたがその言葉は銃声に遮られた。右太もも辺りに痛みが走る。
「ああぁあぁああっ!」
わたしの絶叫が教会に響いた。
「ハッハッハ! いい格好だなぁ保安官! 仲間がいなくなり、一人ぼっちでこの私と戦うその姿! 他の仲間が見たら感動して涙を流すぞ!」
そう言う彼は、やはり私を見ていない。仕留めそこなったルゥを探し、教会の椅子に、壁にと視線を這わせている。
「ルゥ! 逃げ――」
わたしの言葉が再び銃声に遮られる。彼は手元を見ていないため、どこを狙ったということはないのだろうが、今度は右足のふくらはぎに当たった。
「ぐぅう……」
痛みで声が漏れる。くそ、早くルゥに伝えないといけないのに、言葉が出ない……。
「おねぇをイジメるなっ! って、なんでこっち向いて――」
わたしが痛みに顔を伏せていると、ルゥの声がした気がした。しかし、それもまた銃声にかけ消される。
「いぃいいぃっ! 痛いぃいいっ!」
ルゥの叫び声が聞こえる。それと一緒に聞こえたのは、ガラスの割れる乾いた音。ゲイシーは、ルゥの近くの窓ガラスを撃ったらしい。
次いで、彼女が地面に崩れる音がした。
「ああ、そんなところにいたのか。かくれんぼは、どうやらわたしの勝ちだな」
楽しそうに彼はつぶやくと、わたしの右手を引きながら弾むように歩き出す。一定のリズムを刻みながら、スキップをするようにヤツは教会壁側通路を通り、ルゥの近くの床を踏んだ。
「ヤダ! ヤダ来ないでっ!」
ルゥが叫びながら床をバタバタと暴れた。そのまま、ずりずりと足を引きずるようにして後ずさる。混乱しているのか、腰が抜けているのかわからないが立ち上がる様子はない。
「早く! 早く立って逃げて!」
「ダメ! 足が痛くて立てないよっ! おねぇ助けてっ!」
涙の混じる震えた声で、ルゥはそう言った。まさか、さっきのガラスで……?
「ハッハッハ! そうかそうか! なら少し待ってやろう。さあ、頑張って立つんだ!」
ゲイシーがそう笑う。愉快で愉快でたまらないといった風に。まるで漫画でも見て笑っているような風に。
「うっ……くっ……」
壁に手をついて、生まれたての子鹿のようにプルプル足を震わせ、彼女は一生懸命に立ち上がる。ゆっくりと、ゆっくりと足を伸ばしていく。すると、ズボンの太もも辺りが大きく裂け、そこから真っ赤な下地が覗いた。
「……うっ」
自分のことなら何でもないのに、ルゥの傷だと思うと気分が悪くなる。
わたしが彼女を連れてきて、作戦を立てて、ミスをして、こうなった。なら、あれはもう、わたしがやったも同然だ。そう考えると頭がクラクラし、胃の奥から酸っぱいものが込み上げてきた。
「おおっ! スゴい! ちゃんと。出来るじゃないか! さあ、次は銃だ。私を撃つんだよ! 出来るかな?」
そう言って、ヤツが笑う。
いや、これは勝機だ。きっと、ゲイシーは例の能力で逃げるつもりなんだ。だったら、まだ勝ち目は――。
「――あれ? ない……ピストルがないっ! あれ!?」
そう言って、彼女は傷をかばうようにしながら足元や服などを見回す。
「あっ」
彼女が探す銃だ。ゲイシーの足元に落ちている。気づかないで……、と思ったのもつかの間。彼は自分の拳銃を懐にしまうと、何でもない素振りでそれを拾い上げた。
しげしげと眺め、軽く息を吹きかけガラスの破片を飛ばす。
「これは、君のかな?」
笑いをこらえるように、彼はそう言った。
「えっ? あ……」
ルゥが呆然として立ち尽くしている。
しばしの沈黙。
ゲイシーは、右手に握った扱い慣れない銃を確かめるように眺めている。しばらくそうして、引き金に指をかけ、前へ向けた。
それを見て、ルゥがとっさに横へ飛んだ。礼拝用に並べられている椅子の隙間に逃げ込む。
「へぇ、やはり保安官だな。逃げ方が上手い」
ゲイシーが感心したように声を出した。奥へ走ればそのまま撃たれると思い、脇へ逃げたのだろう。
しかし、しばらくするとジャリジャリと音がし始めた。そう、そこはさっき天井から降ってきたガラスの破片で埋め尽くされていたのだ。「うぐっ……」とうめくような声が響いてくる。
「そんなに音を鳴らされては、探すのも一苦労だよ。いったいどこにいるのかなぁ」
棒読みでそう言いながら、彼は迷うことなく彼女が逃げ込んだ椅子の奥へと足を進める。わたしも引きずられるようにしてその後へと続いた。
そして、彼女を見つけ、何も言わずに引き金を引く。教会が破裂するかのような音が三発響いた。見ると、ルゥのズボンに赤い穴が二つ開いていた。不幸中の幸いか、一つは外れたらしい。
「いぃぃぃあああ痛ぁああいぃあぁあっ!」
彼女の痛みが少し減った。そう考えたが、目の前の光景はあまりに無情だった。
「ガラスの海をほふく前進する趣味があったのだね。あまりに楽しげだったから、ついわたしも自分の好きなことをしてしまったよ」
ルゥの絶叫に、彼はおどけた調子でそう返す。
「もう満足でしょ! 彼女はもう戦える状態じゃない! やるならわたしにしてよ!」
とっさに嘆願の言葉が口からこぼれる。
無駄だとわかっていても、自分のことを止められなかった。
「え? 今何か言ったか?」
再び銃声がこだまする。それに続く絶叫。悪夢がそこにあった。
「だから、もうそんなこと止めてって……」
もう、こんなことたくさんだ……。しかし、わたしにはどうすることもできない。力なくうなだれるしかなかった。
だが、わたしの気持ちが少しは通じたのか、彼は銃の引き金から指をどけた。そして、それを自分の顔の横に持ってきてポカンとした顔をする。
「ああ、悪いね。これは君のお仲間の物だったね。すっかり忘れていたよ。自分の物を勝手に人に使われては気分が良くないからな。すまない」
そう言って、彼はルゥの銃をガラスの海のその向こうへめがけて銃を投げた。
「おっと、これまたすまない。手が滑ってしまったよ。ルゥ君と言ったかね? 手伝ってあげるから取りに行くといい」
彼はおもむろにしゃがみ込み、ルゥの襟首を掴むと、猫でも持ち上げるように彼女を引き起こした。
「あがぁっ! 足がっ! 痛いぃっ!」
ルゥがバタバタと暴れる。嫌な予感がする。背筋に寒気が走った。
「げ、ゲイシーさん。あの、痛がってるのでやめて頂けると嬉しいのですが……」
おそるおそる声をかける。意味がないことはわかっているが、何もしないではいられなかった。
「ん? どういうことだね?」
本当によくわからない、という様に彼はキョトンとした。
「あの、その、手、手をですね、離してあげて欲しいな、なんて……あはは……」
なるべく気を逆なでしないように、出来る限りの笑顔を浮かべてゲイシーの顔を伺った。
「ああ、手か! なるほどな、こうすれば良いってことか?」
すると彼は手を離し、ルゥの背中を足の裏で思い切り、憎々しいものかのように蹴りつけた。