表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/36

11 再会、教会にて。

 教会の中をざっくりと探索して、概ねわたしの予想通りだったことを知り、ゲイシーとの戦いに向けて本格的に動き始めた。


 作戦はこうだ。わたしが先陣を切ってヤツと対峙し、ルゥには後方支援をして貰う。ヤツがこの場で悪魔の力が使えないことに気づく前に足を潰し、逮捕する。


「え、逮捕するの? 倒すんじゃなくて?」


 ルゥは驚いた顔をする。言いたいことはわかる。そんなに危ない相手なら、殺してしまったほうが良いのではないか、ということだろう。


 だが、わたしには考えがあった。


 ヤツは悪魔憑きでここは教会だ。なら、何か新たなイベントが起きるのではないか? と思ったのである。


 これはゲームだ。


 出来る限りイベントは見たいので、簡単には殺したくないのである。


 そして、もしかするとゲイシーが仲間になってくれる展開があるのではないか? とも思うのだ。


 これまで行動を共にしているリッピー。コイツは「AAI」という特殊な人工知能である。話が通じる相手なのだ。


 とすれば、ひょっとするとゲイシーはこちらの説得に応じてくれる可能性がある。昨日あんなことをしてくれたんだし、できればお近付きになりたい。ちょっとイチャイチャしたい気持ちがあるのだ。


 お願いすればなんの躊躇もなく腹パンしてくれるような、そんな理想の男性はそうそういない。どうにかアイツを口説き落としたいのだ。


 ゲームの中なんだし良いじゃないか! 二次元の世界に来れたようなもんなんだし、そこで彼氏探したって文句ないでしょ!


 という考えは、もちろん妹になんて説明しない。


「わたしたちは警察官だ。殺人鬼とは違う。あくまでも逮捕が目的であることを忘れるな」


 そう真面目くさって言うと、ルゥはハッとしたような顔をした。


「すいません、大切なことを忘れていたであります! ゲイシー逮捕が我々の悲願であったことを今一度胸に刻みましたであります!」


 なんか騙してるみたいで悪いなぁ。実際騙してるんだけど、まあ勝てば納得してくれるかな。


「よし、じゃあそろそろアイツをおびき出そうか。わたしが合図するまでここの影に隠れててね」


 そう言って、わたしは礼拝用に置かれている椅子の一つへと促した。背もたれが高いため、ここにしゃがみ込めば正面の扉からゲイシーが入ってきても絶対に気づかれない。


「うん! 合図があったら援護するから!」


 ルゥは元気よく返事して、椅子の影へと収まった。


 さあ、いよいよか。


 ワクワクする気持ちもあるが、それと同じくらい怖い気持ちもある。それがまた気持ち良いのだけど、今は作戦に集中だ。


 わたしは教会正面の扉を開け、そこから外へ一歩出る。大通りの左へと視線をやるが、そこには誰もいる気配がない。異様なまでの静けさがあるばかりだ。


「そう言えば、警棒だけで戦うって言ったけど、一回も戦闘になんなかったな」


 ゲイシー以外にも敵がいるかと思ったが、ザコすらいない。ゴーストタウンとしては当然だが、現状は明らかに普通じゃない。ヤツとの戦闘中に邪魔が入ったらヤダなぁ。


 そんなことを考えつつ、わたしは腰のハンドガンを抜き、ゲイシーがいそうなところに向けて一発撃つ。


 静けさを破る銃声が、誰もいない街の壁に跳ね返り、エコーするように響いた。


 ざわり、と背中に鳥肌が立つ。


 さっきまで何もなかった遠くの店の前に、黒い煙が立ち昇って、そして消えた。


 代わりに一人の男が立っている。


 「殺人鬼」エドワード・ゲイシーが現れたのだ。


 危ないのはわかっている。だが、その姿から目を離せない。


 待ちに待った彼のお出ましなのだ。その姿を見るだけで体が熱くなる。


 その姿を、見つめ続けていると、彼が顔をこちらへと向けようとしていることに気づいた。そろそろ、中に入ったほうが良いかな。


「どちらのお嬢さんかと思えば、私を追っていた保安官じゃないか。大した銃の腕前だな。危うく蜂の巣になるところだったよ」


 その声が聞こえた瞬間、背筋が凍りついた。背後から左耳元に囁かれたのだ。


「き、きゃあぁあああ!」


 悲鳴を上げながら、声のした方へと銃を向けてデタラメに引き金を引く。しかし、手応えはない。銃弾は扉から入り、教会の中へと消えた。


 煙のように消えたゲイシーが、再び扉を塞ぐように現れる。


「素敵な挨拶じゃないかお嬢さん。お見合いをすることがあったら、その相手にも同じように挨拶してやるといい。そうすればイチコロだぞ」


 そう言うと、彼は自分の冗談でゲラゲラと笑った。しかし、わたしは笑えない。


 こんなの完全なイレギュラーだ。想像以上に登場が早い。いや、わたしが悪いのはわかっている。早く教会の中に入れば良かったという、ただそれだけのことだ。それができなかった。ほんの数秒遅れただけでこのザマである。


「ハッハッハ! 素敵な笑顔じゃないか保安官! そんなに私に会いたかったかい?」


 愉快そうに笑うゲイシー。わたしは強張った顔で銃を向け続けた。


「……どうしたんだい、撃たないのか? 私を殺しにきたんだろう? なら撃ったらどうだ? ほら、ここだよここ! もしかすると、引き金の引き方を忘れたのか?」


 ゲイシーが迫ってくる。わたしの銃に身体を押し付け、左手その銃口の位置を調整し、自分のみぞおちへと導く。しかし、わたしは動けない。固まったように、そのままの姿勢でいた。


 どうしよう。どうする? 完全にミスった。くだらないところでミスをした。間抜けにもほどがある。


「あー、まったく勇敢だな、君たち保安官は。わざわざこんな場所にまで追いかけてきたというのに、犯人が目の前にいたとしても戦おうとしない。始める前から完全降伏。全く、素敵な作戦だよ。感心してしまうな!」


 彼は耳元で怒鳴るように、怒るように、楽しむようにそう言った。


 違うんだ、本当はこうじゃない。ちゃんとした作戦があったんだ。これは手違いで……。


 なんて言い訳をしたくなる。だが、ゲイシーの嫌味は至極真っ当で、言い返す気力も湧いてこない。無力感だけが心の奥でひしめいていた。


 とその時、ゲイシーの身体が震えた。何かが破裂したような音がわたしの耳を貫く。


「おねぇをバカにするな! この殺人鬼め!」


 ルゥの声がした。どうやら助けられたらしい。


「くっそ! もう一人いたのか! くそっ!」


 悪態をつきながら、彼は鬼の形相で教会の中へと振り向く。それに続いて「うわぁ、やっちゃった!」と声がし、妹が椅子の影に隠れるのが見えた。


 よし、チャンスだ! と思ったが、ゲイシーは即座にわたしの右手を掴み、銃を使えなくする。


「ハッハッハ! ああ、かくれんぼが好きみたいだな、君のお仲間は」


 イライラとした風に彼は言う。右手にはナタを、左手にはわたしの右手を掴んで引きずるようにして教会へと向かって歩く。彼の言葉に、わたしは答えない。


「だがね、今の私はそんな気分じゃないんだよ。邪魔しやがって」


 らしくもない言葉遣いで苦々しげにそう吐き捨てる。そして、彼は何かを探すようにして辺りをキョロキョロと見渡した。しばらくそうして、何か思いついたのかこちらへと顔を向けニヤリと笑う。


「ちょうどいい、君は銃の使い方がわからないんだったね? 教えてあげるよ」


 すると、彼は右手のナタを床へと落とし、懐から黒い塊を取り出した。それは、リボルバー式の拳銃だった。


「えっ……?」


 思わず唖然としてしまった。


 彼が銃を使うなんて聞いたことがない。これまでの事件の遺体にはそんな痕跡はなかったし、そんな情報もなかった。


「何を不思議そうな顔をしている。この銃社会で私が一丁も持ってないなんてことはないだろ?」


 そう言って、彼は前へと向き直ると、お目当てのものへと照準を合わせる。


「あの辺に君のお仲間は隠れたろ? 私は見てたんだよ」


 心臓が暴れる。わたしも見ていたが、ゲイシーのさした椅子こそが、妹の隠れたものに見えた。


「どうする? 撃ってしまっても構わないかな?」


 よせと言えば、彼は撃つだろう。だが、構わないと言っても同じかも知れない。わたしはただ、おし黙るしかなかった。そうしていると、突然頭に痛みが走った。


「どちらが良いかと聞いてるんだよ! おい、君の仲間なんだろう? 撃っちまって良いのかって聞いてるんだ! なんとか言え!」


 ガンガンとリボルバーの先で殴られる。骨が削られるようなショックで目の前がチカチカした。


「イヤ! イヤです! 撃たないでくださいっ!」


 とっさに口から答えがこぼれる。すると、彼は満足そうに笑顔を作った。


「いやいや、感動したよ。自分が何かされるかもしれないのに、ちゃんと仲間を守るその心意気! 素晴らしいじゃないか」


 そう言って、彼は銃を下げた。


「えっ……?」


 撃たない、だと?


「なんだ、喜ばないのか?」


 彼は納得のいかなさそうな顔をしている。


「え、えっと、本当に……?」


「ああ、もちろんだとも。嘘つきな私だが、ここは教会だ。神に誓って、あの椅子は撃たないと約束しよう」


 彼の言葉に心がざわつく。回らない頭で彼の言葉を咀嚼する。心の中に水でも注がれたかのように、ゆっくりとお腹の底が冷えていくのがわかった。


「もっとも、見逃すとは言ってないがね」


 そう言って、彼は教会の天井へと銃を向けた。そこには、曇天の空をバックに様々な色で輝くステンドグラスがある。


 わたしの中に絶望が降ってきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ