9 勝ちへの布石
前回のプレイでわかったことは、まずゲイシーが本当に「悪魔憑き」であったことだ。
これから何が言えるかというと、どれだけ追い詰めたとしても、隙を与えれば「三つ目の願い」により全回復されることである。昨日は酷い負けっぷりであったが、この情報は大きい。
これで無闇に突っ込もうとは思わないし、戦略も組み立てやすくなった。
そして、「どれだけ追い詰められたとしても、ゲイシーは最初の戦闘だと遊ぶ」という情報も大きい。リッピーは「本気で殺しにきます」なんて言ってたけど、あれは恐らく嘘だ。
事実、前回の戦闘でアイツはわたしを一度逃がす気でいた。いわば負けイベントであったのだ。わたしが不意打ちをしたために戦闘は終わらなかったが、これは多分合ってるだろう。
あと、こちらも多分だが、ゲイシーとの戦闘は本来あんなに早く起きるハズのものではない。
これは、リッピーが「ゲーム序盤で説明するはずだったんだけど、あっという間に殺されたからだよ」と言っていたことからわかる。本来、序盤の会話中でリッピーは殺されるハズではなかったのだ。
であれば、あれはイレギュラーな戦いだったと言える。なら、街を探索する時間はあると考えていい。あと、ゲイシーの登場を加速させた「何か」があったとも考えられるので、こっちは対策が必要だ。
と、推理してみたけど、当たり前か。ゲイシーはどう考えても最初のボスだ。だったら、あそこでの戦闘は早すぎるし、もしそこで死ぬような展開になっても「負けイベント」と言う名の救済処置が用意されているのは当然だろう。
じゃあ、わたしは死なないはずのところで死んだのか。そう考えると、前回のプレイングは本当に酷いな……。
まあ、その酷いプレイングから学んだこともある。あの負けがなければ、アイツがリアル悪魔憑きだってのはまだわかってなかったわけだし、良しとしておこう。
と、そこまで考えたところで背後から声をかけられた。
「あ、あれ? おねぇ、なんでここに? どうやって先回りしたの?」
向き直ると、そこにはルゥがいた。
「ムービー飛ばしただけだよ」
ゲームが始まって早々に「スキップ」と念じたところ、その直後にここへ飛ばされたのだ。多分だが、一度見たムービーは飛ばせるのだろう。
なお、そのムービーで知るハズだった情報は、ここに来た直後に脳へ流しこまれるようにして書き込まれていったのを感じたから、ムービースキップにデメリットは多分ない。メリットは、今の感じだと急いでゲームを進められることくらいか。
「ムービー……? あ、そういうことか。いや、でもあんまりそういうこと言わない方が良いんでない?」
ルゥに正論を言われる。いや、聞かれたこと答えただけだし、わたしは悪くない、と思う。
「雰囲気壊したならゴメンね」
でも、一応謝っておいた。こういう時に謝るのは大事だ。変に機嫌を損ねられて大声を出されても困る。
「まったく、警部の発言には呆れるばかりであります。それより、早くゲイシーのヤツを見つけねば!」
なにやらコイツはやる気満々だ。なんだかんだいって、ルゥもゲーム好きだし、ロールプレイが楽しいのだろう。
「ルゥくんのやる気は素晴らしいが、ここでは静かにな。どこにヤツが隠れているかわからない」
負けがないとは言え「ゲイシーの見逃し」は何度もない。こんなどうでも良いところで消費する訳にはいかないのだ。
そして、前回の失敗の原因は概ねわかっている。わたしは、腰に吊っていた金属製の警棒を抜き、ルゥへと向けた。それを見て、彼女はビクリと反応する。
「え、おねぇ……じゃない警部。これはなんでありますか!?」
「しばらく、銃の使用は禁止だ」
わたしは、昨日ここでなんの意味もなく銃を使った。初回プレイだからという理由で、リッピーが目についたというだけで試し撃ちしたのだ。
その時の銃声が、ヤツを呼び寄せたとわたしは考えている。「もしかすると、ムービーでバイクが大破した時の音で気づかれたのでは?」と思ったが、妹の登場時はほぼ無音だった。
そのため、ムービー内のエフェクトはゲーム本編に影響しない、という仮説が導き出せる。
そこで、しばらくは警棒のみで戦うという方針にした。もちろん、もう一つの武器である「ジャックナイフ」でも良いのだが、リーチは警棒の方が長いしこれで良いだろう。
「警棒で戦えってことでありますね。言う通りにするです」
どうしよう。そろそろ口調の件、ツッコんだ方が良いのかな? いや、面白いしこのままで良いか。
わたしたちは街の方へ向けてテクテク歩き出す。足音で気づかれないか少し心配だが、それはさすがに気にしすぎかもしれない。
そして、お目当てのものである黄緑色の光を見つけた。曇天の下、鈍い太陽の光を受けてなお明るいそれは、あのテンションの高い妖精の印だ。
「あ、おねぇ、これってもしかして……?」
「多分近づけばイベント起きるよ」
そう言ってわたしが一歩踏み出すと、その光が消えた。わたしは、これから何が起こるのか知っているが、何も知らないルゥは辺りをキョロキョロしている。しばらく待つと光の螺旋が足元から上へと走った。
「こらー!」
何もしていないのに怒られた。わたしは無反応だが、ルゥの方はビックリした顔とポーズで目の前の妖精を見ていた。
「あ、ムービー入ったんだけど、飛ばしてもいい? 大したのじゃないし」
「えー、じゃあ良いよ」
ルゥは半分嫌そうだが、あんまりこだわりはないらしくすぐに了承してくれた。
「ここになんの用? 危ない――」
「「――スキップ」」
構わず話を続けるリッピーを無視してムービーをぶった切る。すると、リッピーは目を丸くしたまま固まった。あれ? バグかな? わたしは二度目だけどルゥは初見だし、飛ばせなくて処理が止まってるとか?
「数少ない私のムービーを飛ばすとは何たることか!?」
と思ったが、ただただショックのあまり固まっていたらしい。
「ひょっとして、リッピーの専用ムービーってこれだけ?」
「……いや、でも、他のキャラと一緒のヤツも含めればもうちょっと多いし!」
なんか言い訳されてしまった。悪いことしたかな。
「ゴメンね。もし次があれば、その時はちゃんと見るから」
「つみきちゃん、今回は勝つみたいに言ってたじゃんっ!」
ツッコミを入れられてしまった。多分ホントに勝っちゃうし何も言い返せない。いっそ無視するか。
「よし、ルゥ! 先を急ぐぞ」
「わかりましたであります!」
始まってすぐのムービーでそんなに足止め食らうわけにもいかないし、妹に声をかけて歩みだす。
「もうちょっとかまって!」
すると、そんな声が追ってくる。なんだ、かまってほしいだけか。なら丁度いい。
「ゲイシーがどっちに行ったか知ってるんでしょ? 教えてよ」
念のため、辺りを伺いながら彼女に聞く。動く人影はどこにも見当たらないが、だからといって気は抜けない。
「ああ、あっちだよ」
そう言って、リッピーは向って右を指さした。大通りが緩やかにカーブしながら続いているのが見える。その先は、薄っすらと霧がかかっているようにはっきりしないが、恐らくあの先にヤツがいるのだろう。
「よし、じゃあこっちだ」
同じような大通りが続く左の道へと足を向けた。ルゥは戸惑いつつもちゃんとついてきてくれている。
「ええー! 私の話ガン無視!?」
「昨日はゲイシーにすぐ会って大変なことになったから、今日はできるだけ会わないようにする作戦」
「あー、なるほどね」
なんとなく解せないという顔でリッピーが言う。ゲームの案内役としてある程度自由度を持たせてくれているようだが、何か言いたそうだった。
さっきから何も言ってないルゥはというと、緊張してるのかへっぴり腰で歩きつつ辺りを警戒しているようだった。目はいっぱいに見開かれ、口はキュッと結ばれている。
「怖い?」
なんとなく彼女に聞く。
「え! えっと、別にそんなでもないけど……」
強がりかな、多分。ドリームゲームエンジンの影響で現実みたいに感じられるし、この近くに殺人鬼がいるというのだから当たり前か。
「大丈夫だよ、心配しなくても。わたしがいるから」
「おねぇ……」
ホッとしたような、そんな声で彼女は返してくれた。これ、わたしかなりお姉ちゃん面できてない?
めっちゃ気分いいわー。頭の中で勝ちのイメージがだいたい出来上がってるし、このまま行けば、気持ちよくはなれないが、いい気分にはなれそうだ。
そんなことを考えながら、大通りの広い道路を信号も気にせず横切って向こうを目指す。
わたしが目指すのは一箇所。
現状の装備で唯一ゲイシーに勝てるであろう場所。
そして、前回のプレイで偶然見つけたあの建物だ。