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勇者アーティフィシャル

作者: 人平 芥




          ■          ■




 「あら、旅のお方? ここはユーフィリア。豊かな水が育む潤いの街……だったのだけれど……」

 「……見たところ、潤いには程遠い痂せ具合ですが?」

 「中央に大きな水路があるでしょう? あれは北の山から引いた水を流していたのだけれど、一か月ほど前に、その山に多くの魔物が棲み付いてしまったの。そいつらに、水を塞き止められてしまって……」

 「ふむ……この街に、兵団の類は?」

 「あります……いえ、ありましたわ。けど、奴らを討伐しに向かったまま、誰も……」

 「なるほど、ね……わかりました。では、その山へ向かう道を教えていただけませんか? あとは、簡単な食料を用意していただければありがたい」

 「え? それは、いいですけど……。まさか、あなた……!」

 「――私が山へ出向いて、魔物どもを退治してきましょう」

 「そっ、そんな、無茶ですよ!! 奴らは数も多いですし、山の至るところに狡猾な罠を仕掛けているんです! 一人で行くなんて、とても……!」

 「困っている人は放っておけない性分なんですよ。……それに、大丈夫です。ずる賢いだけの小物の群れに、私は負けません」

 「あ……あなたは…………?」

 「ただのしがない――――勇者ですよ」




          ■          ■




 「『瞬閃魔惨剣』!!!」

 「か、っは…………!」

 「ふん……魔王直属の部下ともあろう者が、この程度とはな」

 「なぜ……勇者の、お前、が……闇属性の魔術を……っ!?」

 「なぜ? そうだな……あえて言うなら――俺が勇者だから、かねぇ」

 「なっ…………!」

 「勇者ってのはな、魔法使いや僧侶と違って、凡人どもが容易に職種変更できるようなものじゃない。つまり……選ばれた存在なんだよ。そんな俺が、全属性の魔法を使いこなせることに、何かおかしいことでもあるか?」

 「闇、魔術は……我ら、魔族の先祖が、長年の……歳月を、かけて創成した……秘術ぞっ!! それを…………貴様のような、人間如きがアァァァアアァァァァアッ!!!」

 「…………悪いね。俺って最強の勇者様だから、魔族の苦労とか努力とか、心底どうでもいいわ。どうでもいいから――――死んでよ、さっさと」

 「アひゅ――――」

 「あーあ、なんでこんなに弱ぇーの、こいつら……あ、俺が強すぎるだけか。これじゃあ、魔王とやらも大したことねーんだろうなぁ……」




          ■          ■




 「はぇ? 俺が……勇者? え……ちょっ、何言って……っていうか、ここドコ!?」

 「ええ、ですから。あなたはこの世界に舞い降りた救世主――私たちと共に魔王倒すべく現れた、勇者様なのです!」

 「い、いやいや! いきなりそんなこと言われても――」

 「なあ勇者! アタイを連れてってくれよ! この剣技、きっとあんたの役に立つぜ!」

 「ちょっと、何言ってんのよ女剣士! 勇者様はあたし、魔法使いがお守りするに決まってるでしょ!!」

 「え? や、そもそも俺はまだ勇者になるって決めたわけじゃ――」

 「まあまあ二人とも、落ち着いて……。勇者様! 女剣士、魔法使い、そしてわたくし賢者……この三人が、必ずや勇者様のお役に立ってみせます。ですから、どうかこの世界のために、勇者様の力をお貸しくださいっ!」

 「力って言ったって、俺はただの――!」

 「よろしくな、勇者!」

 「うわぁっ! な、な、なぁ!?」

 「ちょ、なに抱き付いてんのよ! ……あ、あたしも!!」

 「うわわわわわわわ!!」

 「ふふふ。では、わたくしもお邪魔して……」

 「ななな…………なんだこれはああああああああああああああ!!!」




          ■          ■






 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――







          ■          ■




 「いやー……ははは。これはもう、にやけざるを得ないなぁ」

 デスクの上に置かれた一枚の紙――我が社の今月の収益が書かれたその紙を見て、思わず独り言が漏れる。その語調は自分でもハッキリと感じ取れるほどに、浮ついていた。

 このビジネスを始めて良かった――心底そう思う。発案者を褒めちぎってやりたいところだ……まあ、僕だが。

 「――社長、よろしいですか」

 と……部屋の扉の向こうから、ノックと共に声が聞こえてきた。僕の専属の秘書のものだ。どうやら、頼んでいたものを持ってきたようだ。

 「おーけー。入ってくれ」

 「失礼します」

 そう言って、恭しい礼と共に、スーツ姿の若い女性が入ってくる。彼女はそのまま、一定の歩幅で真っ直ぐ僕のデスクの前まで向かってきた。

 無駄のないその所作はまるで揺らぎのない水面のようだが、漂わせる雰囲気には、真剣のような鋭さがある。

 仕事における優秀さもさることながら、彼女が持つこの独特の剣呑さが、僕が彼女を気に入っている理由でもあった。

 「こちらが、新しい注文のリストになります」

 余計なことは嫌いだと言わんばかりに、彼女は何の前置きもなしに、手に持っていた紙束を差し出してきた。それを見て、僕は待ってましたと喜び勇んで手を伸ばした。

 「えぇっと、なになに~?」

 書かれている内容を、一枚一枚丁寧に読み通していく。直接『製造』しない僕が読んでもあまり意味のない代物なのだが、これを読むことが僕にとって、この仕事での楽しみの一つなのだ。

 一枚目、二枚目……と読み進めていき、七枚目の中間まで読んだところで、僕は思わず吹き出してしまった。

 「あははははッ!! ちょっと、見てみろよ!」

 痛快さを共有しようと、紙に書かれている内容を彼女の方に向けた。ピシッとキレのある姿勢で佇んでいた彼女は、無言のままに視線のみを動かしてその紙を見据えた。

 「この注文なんだけど、『戦闘力、魔法力共に最高。レベルカンスト。伝説の剣をデフォルト装備。全魔法習得済み。容姿端麗。異性にモテモテ』。えとせとらえとせとら……だってさ! バカみたいだろ!? ほんとさぁ……『勇者』に一体どんな幻想を抱いているんだか」

 「ですが、その幻想を叶えて利益に換えるのが、我が社のビジネスではありませんか」

 「そう、その通り。こんなバカのおかげで、僕たちはこんなにも金儲けできているのだから、まったくこの世界の仕組みは素晴らしい!」

 笑わずにはいられなかった。どうして彼女はそんなに鉄仮面でいられるのか、まるで理解できない。こんなにも滑稽で無様な話が、ここにはいくらでも担ぎ込まれてくるというのに。

 今や、世界有数の大企業にまで成長しつつある僕の会社。

 それは、現実の陰に燻る、人々の欲求を満たすための会社――人々の願望の具現化である、『勇者』を製造する会社だった。


 最近の世界は、勇者に塗れている。

 一般的な、魔王を倒すために仲間と尽力する勇者。元々チートな能力を持っており、好き勝手に力を振りまく勇者。なぜだか周りの女性にモテモテで、ハーレムを形成する勇者……。

 多種多様、千差万別、数えきれないほどのタイプの勇者が、各物語でそれぞれの活躍を披露している。

 しかし、普通に考えればそれは――おかしなことなのだ。

 一握りの希望、人類の救世主であるはずの勇者が、そんなにぽんぽん現れるか?

 そして、その勇者の誰しもがご都合主義的な設定を持ち合わせているなんて、あり得るのか?

 答えは、ノーだ。だが同時に、イエスでもある。

 現実的に言って、真に勇者と呼ぶべき人間は、そう簡単にはいない。ましてやそいつの設定が好都合なものであるなんて可能性は、ほぼゼロに近いと言ってもいいだろう。

 だからこそ、僕の会社では勇者に恵まれなかった物語に、その物語が望むような勇者を造り、売っているのだ。

 基本的には、どんな能力でもオプションとして備え付けることができる。チート級だろうがダメ人間だろうが、何でもござれだ。物語の主人公たり得る人物を、注文通りに製造するのが僕の会社の仕事だ。

 何を隠そう、最近世間に蔓延っている勇者のほとんどは、僕の会社で造られたものだ。

 人々は造り物の英雄を憧憬し、大量生産された主役を渇望しているというわけだ。本当にこれ以上の笑い話が一体どこにあるというのか。


 「さぁて、君もいよいよ出荷だね……勇者ナンバー806号くん」

 会社の倉庫の中――大量のカプセルが並べられたその部屋に、僕は秘書と共に訪れていた。

 というのも、例の大量オプション勇者の注文がどうにもツボにはまってしまい、その旅立ちをこの目で見届けたいと思ったからだ。

 目の前のカプセルの中には、短髪の美少年が背中に剣を携えて眠っている。彼はこのカプセルに入れられたまま注文をした物語に送られ、そこで『勇者』として目覚めるのだ。

 「君の描く物語に、祝福のあらんことを……」

 不意に機械音が鳴り響き、天井に設置されたクレーンがカプセルを掴み上げた。そしてそのままゆっくりと、出荷口の前に停めてあったトラックの中へと運んでいった。

 簡単なチェックを済ました後、運転手が座席に向かい、しばらくしてトラックは走り去って行った。

 残された僕と彼女はしばらく黙って立ちすくんでいたが、彼女の「社長、職務に戻りませんと」という一言で、僕はようやく足を動かし始めた。

 彼が勇者としてどんな道を歩んでいくのか、僕は知らない。その辺りは、我が社の関知するところではないからだ。

 それでも、せめて勇者として生まれたのなら、たとえ人工物であったとしても、それ相応の生き様を刻んでほしいというものだ。

 「……まあ、物語の台本なんてとっくに書き終わってるだろうから、彼はそれを演じるだけなんだけどね」

 所詮あれ、商品だし。

 いたずらが成功した子供のようにニヤニヤした表情で、僕はきびきびと歩く秘書の背を追って、自室へと戻って行った。

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