借金取立人と神様
グランデとバッソが、差し出された書類のサインを確認して、頷いた。
「はい。確かに」
「おうよ」
目の前の、パイプ椅子にふんぞり返って座る赤毛の警官もゆっくり大きく頷く。
「悪いな。こんな辺鄙な村の駐在所じゃ、人が居ないから、休みなんて取れなくて」
「構いませんよ。あなたも、我々も、仕事です」
「ドーモ」
そう言って、そのうち後ろに倒れるんじゃないかと思うくらい、警官はぐーんと伸びをした。
そして、駐在所の入り口横にある窓の向こうを見て、ガタリと身を起こす。
なんだろう、とグランデとバッソがそちらを見ると、白髪のおばあさんが一人、歩いていた。
「よっ。バアさん」
「おやまあ、お巡りさん。こんにちわぁ」
「出掛けんの?」
「えぇ。ナガナガ様が、いらしたんよぉ」
「あー。なるほど。気ぃ付けてな」
「あいよぉ」
ゆっくりゆっくり、おばあさんが歩いていく。
その姿を見送りながら、グランデは警官に尋ねた。
「ナガナガ様、って、何ですか?」
「ん? ああ、うーん……。なーんつったら良いかなあ……」
「難しいんですか?」
「難しいねえ」
警官は、腰に手を当てて、片足に重心を乗せると、うーんと天井を仰いだ。
「見かけは、人間じゃない」
「じゃあ、僕らみたいな感じですか」
「うーん……」
「違いますか」
「動物ではない。強いて言えば、箱」
「……箱」
バッソのオウム返しに、うん。と警官は頷く。
頷いたものの、まだ、どこか納得してはいないようだったが。
「別に悪さをする訳でもなくて、ただそこに居て、たまーにここに来る」
「神様、みたいな感じですか」
「そんな遠い存在じゃないけどな。もう、たぶん、見た方が早いぜ」
「会えますか」
「会えるぜ。行くか」
警官が駐在所の入り口に、『不在 村内巡回中』と書いてある札を引っかけてから、三人は駐在所を出発した。
さっきのおばあさんが向かった方に歩いて三分経ったか経たないかと言う頃、警官が、
「お」
と声を上げた。
前を見ると、広場のある公園があった。
手前に広場があって、周りには間隔を空けてベンチがあって、奥に遊具がぽつぽつ見えた。
ベンチには、お年寄りが何人か座っていた。
「あれあれ」
警官が、広場を指さす。
その真ん中には、小さな人だかりが出来ていて、それはどうやら村の子供たちのようだった。
そして、その真ん中に、なんだか、良く分からないものが、三つ。
「おーいガキ共ー」
警官が広場に向かって声をかけると、子供たちが一斉に振り向いた。
そして、こちらにブンブンと手を振る。
三人はそちらに近づいていった。
「ナガナガ様も、こんちゃ」
警官は被っている帽子を少し上げて、ナガナガ様に挨拶をした。
「お巡りさん。この人たちだれー?」
「ダレー?」
子供たちが、警官の後ろで突っ立っているグランデとバッソを見た。
「旅人」
警官が、ちらりと二人を見た後、面白そうに笑って答える。
すると、子供たちは皆一様に目を丸くした。
「えー!」
「本当にー!?」
「こんなところに、何しに来たのー?」
「変なのー」
ぎゅっとバッソの眉間にしわが寄った。
何で、変なの、とか、言われてるんだ。
その一方で、グランデは子供たちの声をあんまり聞いていなかった。
何故なら、ナガナガ様を見ていたからだ。
ナガナガ様は三人居た。
どれも縦に細長い四角い箱のようなもの(たぶん胴体)から、地面に向かって棒が一本か二本(たぶん足)生えていて、腕はなかった。
上に向かっても、棒が一本か二本生えていて、その先っちょには、まあるいボールが乗っていた(たぶん目)。
四角い胴体の一つの面には、カラフルな縞模様がある。
そして、グランデが驚いたのは、その大きさだった。
背高のっぽのグランデが、見上げるほど、三人は大きかった。
今まで見上げるなんて事を滅多にしたことがなかったグランデは、それにとっても驚くと同時に、なんだか嬉しくて、ワクワクもした。
三人のナガナガ様は、それぞれ外見が少しずつ違った。
グランデたちから見て左にいるナガナガ様は、全身茶色くて、黄緑とピンクのしましま。一本足に一つ目。
真ん中にいるナガナガ様は、全身真っ黒で、黄色と青のしましま。二本足に一つ目で、一番背が大きかった。
右にいるナガナガ様は全身真っ白で、赤と緑のしましま。二本足に一つ目で、一番背が小さい。
ふと、真っ黒なナガナガ様が、ゆっくりゆっくりと歩いて、子供たちをかき分け、グランデとバッソの前に立った。
と思ったら、うにょんと体を曲げて、グランデをじっと見た後、さらにぐにょんと体を曲げて、バッソの方をじっと見た。
それから、まるで曲げた下敷きが戻るみたいに、ビヨヨーンと勢いよく下に戻った後、側にあった花壇へと歩いていく。
花壇の前で止まったナガナガ様は、またまたうにょーんと曲がって、花壇の外にはぐれて咲いてしまった小さな花を、目が乗っかっている棒の部分でぐるっと掴んで、ぷちっと摘んだ。
良いのかな、とグランデは思ったけれど、誰も何も言わないから、良いか、と思った。
ゆっくりゆっくり戻ってきたナガナガ様は、また少しだけ体を曲げて、花をグランデに差し出した。
ぐるんと花を掴む棒から、グランデは花を抜き取る。
むき出しの目玉が、二人をギョロギョロと交互に見た。
「はあああああああなあああああああのおおおおおおお。かあああああああごおおおおおおおをおおおおおお」
決して低い訳でも、大きな訳でもなかったのに、不思議と、腹に響いてくる声だった。
グランデとバッソ、それから周りの人たちも、しばらくびりびりと痺れて動けなくなったが、最初に我に返ったグランデとバッソは、ようやっと、ナガナガ様にゆっくり頭を下げた。
それから、ナガナガ様と子供たち、警官と、グランデとバッソは、一緒にいろいろな事をして遊んだ。
サッカーに、ケンケンパに、縄跳びに、鬼ごっこにかくれんぼ。
黒いナガナガ様の蹴ったボールがおかしな方向に飛んでいったり。
一本足の茶色いナガナガ様がケンケンの後のパが出来なくて、どうするんだと見ていたら、その部分をぴょーんと飛び越えたり。
白いナガナガ様が、茶色い木が多い公園で、どうにもこうにも目立ってしまって、いつも真っ先に見つかってしまったり。
お年寄りたちはそれを皆、楽しそうににこにこしながら見ていたり。
途中で呼び出された警官は、一度駐在所に帰ってしまったけれど、また戻って来るとも言っていた。
どれだけ遊んでも元気一杯な子供たちとナガナガ様から少し離れて、休憩のため、グランデとバッソは空いているベンチに座った。
「ふう」
「……みんな、元気」
「そうだねえ」
広場では、再びサッカーが行われていた。
頷いて、うーんとグランデが伸びをする。
そう言えば、遊んでいる間、ずっと貰った花を持っていた。
けれど、驚いたことに、花はまだまだ元気で、萎れる様子は全く無い。
「これ、どうしよっか」
「……」
グランデに問われて、バッソが首を傾げる。
そして、思いついた。
というか、結局これしか無かった。
「……押し花」
「だよねえ」
ナガナガ様の蹴ったボールが、またぽーんと変な方向へ飛んでいって、それを、子供たちがきゃいきゃいと追いかける。
お年寄りが、にこにことそれを見ている。
グランデはもう一度手元の花を見て、辺りを見回した。
なんだか、いろんな所がぽかぽかする気がした。
「ナガナガ様は、きっと、神様なんだね」
「……」
バッソは何も言わない。
「神様だけど、神様じゃなくて、神様じゃないけど、神様なんだね」
「……みんな、楽しい」
「だねえ」
神様がどんなものかなんて、二人は知らない。
でも、ナガナガ様が神様なら、それでいいなかと思う。
不思議で、ちょっと変な形で、でも、思ったより身近で、なんだか優しい。
そんなナガナガ様が神様なら、それが良いな、と思う。
「グラーンデー! バッソー!」
またかくれんぼしよーう! と子供たちが手を振っている。
その後ろで、ナガナガ様も二人を見ていた。
なんだか楽しそうで、優しい目をしていた。
「行こっか」
「……」
こくっとバッソが頷く。
ちょうどその時警官も戻ってきて、三人で、みんなの方へ向かった。