ハッピーエンドじゃ終われない
エセ親指姫っぽい物語が終わったあとのお話。
親指姫に盛大に拒否られたもぐらさんの、その後は?
───そして、小さな小さな可愛らしいお姫様は、妖精の王子様と幸せに暮らしました。
めでたしめでたしで終わる、幸せな物語。苦難を乗り越え、麗しの王子様と結ばれました。
じゃあ、物語の端役は…………?
物語はめでたしめでたしで終わるけれど、現実は………めでたしめでたしじゃ終われない!!
*****《親指姫》*****
「結婚詐欺にあったぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
カウンターにつっぷし、ウィスキーの入ったグラスを片手にしくしくと泣く男を見ながら、私は溜め息を吐いた。
ここは、小さな村にある唯一の酒場。
こじんまりとしたここは、父と母と私の三人で切り盛りしている。
そんな小さな酒場に、上等そうな服を着た見目良い男が着たときには驚いたけれど、酒がはいれば村の男衆もこの男も一緒。面倒くさい絡み酒の酔っ払いでしかない。
「はいはい、結婚詐欺ねぇ?それ、本当なの?」
「本当さ!!相手は乗りきって聞いて、ならいいかって思って結婚承諾したのに。しかも俺より回りが乗り気でしぶしぶ!」
「いいかなって思った時点で、しぶしぶじゃないでしょ」
「突っ込みどころはそこじゃない!」
ほらね、面倒くさい。
黒髪に黒目、それに異様に白い肌をもつ男は、いまや顔を赤く染めて涙目で語っている。
その異様さに、すでに他の客は帰ってしまっている。今はこの男ひとり。
商売上がったり。
だけれど服装から見てお金は持ってそうだし、搾り取ればいいかと思ったから、今は愚痴に付き合ってあげている。
私は一応、ここの看板娘だし、優しいからね!
「なによぅ、聞いてあげてるだけましじゃない?で、どうなったのよ」
「式の当日に逃げられた…………獣人の……燕に乗って」
「…………………は?」
「怪我した燕を看病してやったことがあるらしい。それに乗って。『私を乗せて逃げて燕さん!』って言ってた……………………」
「……………………あんた、もしかして領主さま?太陽の光が苦手で出てこないって噂の」
驚きだ。
最近、ここら一帯を治めている領主さまが、小さな小さなお姫様にふられたとは聞いていたけど、まさか本当とはね。しかも、結婚詐欺……………。
いい服着てるとは思っていたけど、まさか領主さまとはねぇ。
流石に泣いて酒飲んでる男を領主さまとは思わないわ。
傑作!
ちょ、まってよ。爆笑しそう。人様の傷口抉って楽しむ趣味はないけど、笑いそう。ふられて寂しく一人でやけ酒………………しかも、泣きながら。
「そうだ、もぐらとか呼ばれてるくだんの領主さまだよ!屋敷にいたら、哀れみの視線投げ掛けられるし、腹心の部下には笑われるし!!散々な領主さまさ!」
「……………ッ、大変だったわねぇ」
「ばあさんに俺は騙されたんだぁ!無理して結婚しようとか俺は思ってないにィィィィ!」
笑いそう、マジで。
というか、お姫様ったら燕さんに乗って逃げちゃったんだね。
「ま、まぁ、元気だしなさいよ。領主さまでしょ。しかも、あんた顔はいいじゃん?次があるよ、次が!太陽の光りは克服しなきゃいけないかもしれないけど」
「うっ、うぅ…………優しいなぁ、君は!夜遅くまで飲んでる俺にまで気を使ってくれて!」
あぁ、自覚はあったんだ…………。夕暮れくらいに来て、夜更けの今まで飲んでるんだもんね。
しっかし理由が失恋かぁ。
あ、結婚詐欺にあったんだっけ?
お姫様は夢見る年頃だしねぇ。養い親に言われた人との無理矢理の結婚は嫌だったんだろうねぇ。
でも、結婚式当日に逃亡とか勇気あるぅ!
「はいはい、優しいなんて、ありがとうね。領主さま。でも、そろそろ帰んなよ。夜明けが来るよ。あと、一晩中飲むなんて体に悪いよ」
「気を使わせてすまないィィィィ」
「気にしてないよ、あんたは一応お客だしね。結婚詐欺のことはご愁傷さま。今度は昼間にこれるようにしなよ。太陽の光り克服してね。そうしたら、二度とふられることもないでしょ、たぶんね。あんた、さっきも言ったけど顔はいいんだからさ」
「あ、ありがとう……………やはり君は優しいんだなぁっ!!」
「はいはい、だから泣かないでよ」
たぶん、この領主さまはお姫様のことが好きだったんだよね。だって、そうでなきゃここまで泣かないもんね。
結婚詐欺だったと言い張っていたけれど。
「わかった…………………もう、泣かない」
「うん、わかったならよろしい。ほら、帰んなよ。迎えは?」
「来る」
「なら、お店の外までは見送るよ」
そう言って、私は領主さまからグラスを取り上げ、奥の台に置いた。
お店の外に出て、夜風にでも当たれば酔いは覚めるだろう。
村の男衆もそうだから。
「すまない、ありがとう」
「いいって、お客だしね」
よろよろと立ち上がった領主さまを見ながら、先に扉をあけた。
リィンと扉についた鈴が可愛らしい音をたてる。
「ああ、調度お迎えが来てるみたいよ」
「本当だ……………そういえば、会計は?」
「ああ、今日はいいよ」
だって、ねぇ?
「そういうわけには…………」
「面白いこと話してくれたから、いいよ。滅多に聞けないもんね、領主さまの失恋話なんて」
「失恋じゃない!」
「はいはい、じゃお休みなさい」
千鳥足になりかけている領主さまの背中を笑っておす。
流石、領主さま。
迎えには二頭立ての馬車。
「待ってくれ、名前は………」
店に帰ろうとしたら、呼び止められる。
「…………リルファよ、もぐらの領主さま」
手をふって、今度こそ店に帰った。
今日は面白いことを聞いた。明日、起きたら母さんにも話してあげよ。
そんなことを思っていたし、すべてのお客を帰したことに安堵してか、眠気が限界に達しそうだから気づかなかったんだ……………
領主さまがずっとこちらを見ていたこととか、にね。
─────私が、小さな小さなお姫様にふられた領主さまの話なんて記憶の彼方に、忘れ去った頃。
また、領主さまは現れた。
「驚いた、ご領主さまは土竜なんて呼ばれてて、絶対に昼間は出てこないんじゃなかったのかい、リルファ?」
「ふられて思い直したんじゃない?」
「ああ、親指姫ってお姫様に」
「そう。お姫様にふられて、もぐらのままじゃいけないとか思ったんだよ、きっと」
視察かなにかだと思って、母さんと呑気にしゃべる。
それにしても…………薄暗い夜の店で見ても見目良い男だったけれど、昼間に見れば更に麗しい顔立ちだ。ちょっと目付きは悪いかもしれないけど。
黒髪が陽光を弾いてキラキラしている。
「リルファ!!」
ぼんやり見ていたら、くだんの領主さまは私に気づいたのか、私の名前をよんだあとこちらにやって来た。
「この間はすまない、そしてありがとう。話を聞いてくれたばかりか、励ましてくれて。お陰で克服できたよ、太陽の光。時間は大分かかったけれどね」
「そうだね、私があんたのこと忘れるくらいには時間がかかったねぇ」
「ひどい!これでも頑張ったんだ。日の光りは、俺には眩しすぎたから……………」
「ははは、今は大丈夫でしょ。もぐらの領主さまって渾名、変えなきゃだね。今のあんたなら、小さな小さなお姫様にもふられはしないよ。たぶん。顔はいいんだしね」
笑って、そう言う。
実際に、領主さまは前より元気で麗しく見えたしね。
「それは本当か?リルファ」
「本当、本当」
急に真剣に聞き直してくる領主さまに、笑ってそうかえす。
そろそろお店を開ける時間だ。そう思って、口を開きかけた瞬間─────
「リルファ、結婚してくれ」
「は?」
思いがけない言葉を聞いてしまった。
というか、幻聴?
そう。幻聴に違いないね。
「あの夜から、君に惹かれていた。無様に取り乱して、酔っ払って、愚痴を言っても、真剣に聞いてくれて励ましてくれた君に」
「幻聴…………?」
「いや、違う」
「お姫様は?」
「あの夜、吹っ切れた。燕に聞いたら、親指姫はどこぞの妖精の王子様と結婚したらしい。燕に頼んで、祝いの品を送った」
「正気?」
「しらふだし、正気だな」
「いやいやありえないって!」
「リルファは俺ではダメか?もぐらなんて呼ばれていた、俺では」
ダメではないかもしれないけど、頭が追い付かない。あれ、これ夢だっけ?夢だとしたら、悪夢?
私を悩ませて混乱させて……………………とんだ夢だ。
「言っておくが、夢じゃあないぞ?」
だとしたら、何。
現実……………?わぉ、私って、そういえば告白とかされたことなんて、ない。
のに、プロポーズとか…………
私は、どうすればいいのさ──────
「とりあえず……………」
「とりあえず?」
「お友だちから宜しくお願いします!!」
「お友だちから………………わかった。だけど…………言っておくが、気は変わらないぞ?」
─────そうして、小さな小さな可愛らしいお姫様は、妖精の王子様と幸せに暮らしました。めでたしめでたし。
だけれど、盛大にふられたもぐらさんは………?
もぐらさんは、失恋したことを慰めて、励ましてくれた小さな村にある唯一の酒場の娘さんに恋をし、太陽の光を克服して、見事娘さんに告白しました。
そうして、お友だちから始めた二人の関係は───二年後、結婚というかたちで落ち着きました。
「愛してる、リルファ」
「私も。驚いたことにね」
めでたしめでたしじゃ終われなかった物語………だけど、最後はやっぱり────めでたしめでたし!
親指姫に婚前逃亡された領主さま(もぐら)のお話でした~
陽光が苦手で、もぐらと呼ばれる領主さまと、拾ってくれたおばあさんの手前、結婚がいやと言えずに式当日に逃げちゃったお姫様と、逃げられた領主さま───から始まる、領主さまの恋愛でした~。
原作の親指姫の世界観が丸崩れ………そして領主さまの名前が最後まででないという不思議…………。
もはや親指姫じゃない気もしますね。というか、親指姫じゃないです…………汗