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戦場にいる貴方へ

 

 この手紙を読んでいるということは、私はこの世にいないのでしょうね。


 なんて、ありがちな書き出しで始まる手紙を書くことをお許しください。

 ちょっとした夢だったのです。

 死ぬまで隠し続けるつもりですが、もしも見つけてしまったのなら笑いとばしてくださいね。


 今回筆をとったのは、普段口にできない貴方への想いを綴っておこうと思い立ったからです。

 口に出さない分、胸の中では様々な想いが重なっているなんて、貴方は思わないのでしょう。

 これは一種の自己満足ですから、興味がなければ読まずに焚き木をして燃やしてください。

 きっと良いお芋が焼ける手助けをするでしょうから。


 もう貴方が戦場に駆り出されてからひと月が経とうとしています。

 雪は解けて、庭の桜がつぼみ、華やかに色づき始めました。

 一緒にお花見が出来ないのが残念でなりません。


 おそらく土埃舞う中での戦は辛いものがあるでしょう。

 生きている人間が肉塊になるなど私には想像もつきませんが、貴方は体験しているのでしょうね。

 私の居るこの場所は、戦とは程遠く、雀の無く声だけが空に響いています。

 貴方と領主さまの築いている平和が未だ守られているのだと、深く感じざるを得ません。


 しかし同時に自分の無力さも痛感するのです。

 貴方が重たい具足をつけながら走り回っている中、私はぼんやりと庭を見つめているだけ。

 神や仏に貴方の無事を祈ることしかできないのです。

 そして叶うならば、貴方と同じ気持ちを共有したいと願ってしまうのです。


 いつも分量を間違えて、2人分作ってしまう食事。

 皿に盛っても食べてくれる人がいないものは、とても寂しいものですね。

 とても味気のない食事は久方ぶりで、時折涙が袖を濡らすことを、貴方は知らないでしょう。

 貴方が居ないだけで、私はこんなにも弱くなるものかと、自分でも驚いています。


 もちろん、ひとりで泣くことはとても簡単です。

 家に引きこもり、雫を拭うだけで良いのですから。

 貴方の心配には及びません。

 私を想って申し訳なさそうに眉を下げることはやめてくださいね。


 それでも、時折届く貴方からの「大丈夫」の一言は私の支えになっています。

 庭にたたずむ鳩をみるたびに、貴方からの言葉が括られていないか探してしまうのです。

 小さく畳まれた紙に、角ばった字で書いてある紙も、本日で9つ目となりました。

 全て文箱に、大切に保存してありますよ。

 これほど小さなものでも愛おしいと想えるなんて、貴方からの文には強力な妖術でもかけてあるのでしょうか。


 こちらからは何も返信できず、とても歯がゆく感じています。

 しかし密書を運ぶ鳩と混合したらいけませんものね。

 分別は弁えているつもりなので、鳩は飛ばしません。

 安心してください。


 もしも私からの返信なしに、貴方が寂しいと感じてくれるのならば。

 どうか夜になったら私のことを思い浮かべてください。

 夢を渡って貴方に会いに行きましょう。

 庭の桜の事、野良猫のブチの事、お花を活けなおした事。

 どんなくだらない話でも、一刻でも貴方の心に平穏を与えられるなら、私は貴方にお話しし続けるでしょう。


 段々と暖かくなってきましたが、額に汗滲む頃には、貴方に逢えるでしょうか。

 一緒に風鈴をつるし、井戸で果物を冷やし。温い風を感じながら、酒を交わす。

 セミの音をうっとおしそうに一瞥する、貴方の気だるげな顔が好きだなんて言ったら、怒られてしまうかしら。

 一度扇で叩かれてしまったから、決して口に出すことはしません。

 貴方に嫌われるなんて厭ですもの。


 さて、そろそろ硯に墨が無くなるので、筆を置こうと思います。

 まだまだ書きたいこと、書き足りないことは多くあるのですが、こればかりは仕方ありませんね。

 夢だけでなく、本物の貴方とお話できる日を願って。




「これは…」


 音を立てぬように、数枚に綴られた彼女の想いを読み込む。

 死ぬまで隠しておく、と書いてあるが、申し訳ないことをした。

 戦場から帰ってきてそのままこれを読まれるなど、想像もしていなかっただろう。


 燭台の炎がちろちろと揺れる小さな部屋で、彼女は文机に突っ伏して寝ていた。

 明かりを吹き消し、掛かっていた着物を彼女にかけてやる。


 普段の彼女からは決して感じることの出来ない自分への愛情に戸惑いながらも、やはり嬉しいと思う。

 この胸にせりあがってくるような愛おしさを、明日彼女にぶつけてみようか。


 顔を真っ赤に染める彼女を久方ぶりに見てみたい。

 慌てる彼女も可愛いのだろうな。

 そうしたらこの感情を制御できる気はしないが。

 それでも、明日くらいは。


 すうすうと寝息をたてる彼女の頬を一撫ですると、静かに襖を閉める。


 暗くなった部屋の中から、桃色の花弁を持つ樹を見上げる。


「さて、花見の支度でもしようか」


 彼女の喜ぶ顔が見たいんだ。



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