優秀なウンコ製造器
送信元:古田<freeter@docodemo.neet.jp>
件名:うんこの件
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-なぁなぁ、下痢したらどうなんの?
-細かいのでる? それとも圧力足りなくて無効だったりする?
古田の癖にいい案を出しやがった。俺の家に来て妹をファックして良いぞ、妹なんて居ないけどな。と返信しておく。
下痢! そういうのもあるのか! いつもカチカチだから思いつかなかった。
しかし、下痢する為にまた加熱用の牡蠣を食べるのは嫌だし、下剤を飲むのも嫌だ。自分の健康な身体を愛しているので、薬っていう物に忌避感がある。風邪引いても薬は飲まないし酒飲み過ぎて二日酔いになっても飲まない。健康大好き、健康のためなら死んでも良い。
とかなんとか理由を付けてはいるけれど、薬を飲むのがそもそも好きじゃないだけ。なんとか薬を飲まずに下痢を得る事が出来ないだろうか。
牡蠣以外の食材で攻めてみようと、リサイクル屋で買った冷蔵庫を開ける。
鶏のササミ、牛乳、豆乳、ヨーグルト。全て賞味期限は半年前に切れている。基本外食ばかりだし、買ってきた食材はその日のうちに食べてしまうので、あまり冷蔵庫を使う事がない。入れると忘れてしまう事が多い。
「これで行くか……?」
ごくり。唾を飲み込む音である。指輪に話しかける人は関係ない。
いやいや、薬を飲むのが嫌だからって古くなった物で腹を壊すのは本末転倒だろう。健康に悪いって。
念の為冷凍室も開けてみるが、古田が勝手に入れたビールジョッキが冷えているだけ。霜だらけの冷凍室を覗き込みながら考え込む。
霜? シモ。頭の中に電球が浮かび上がる。これだ!
別にシモの話だから霜で思いついたわけではない。冷凍庫の内壁に降りた霜をみて、子供のころに言われた事を思い出したのだ。
『そんな物食べたらお腹壊すよ!』
大掃除の時に、冷凍庫の霜をかき氷みたい! 食べたい! と言った俺に母親が言った言葉だ。
だからってこれを食べようって言う訳じゃない。子供の頃はアイスは一日に一つまでだった。二つ食べようとするとお腹壊すと叱られたものだ。だからビッシリと冷凍庫を覆い尽くす霜を見て沢山のかき氷を思い浮かべたのだろう、子供の頃の俺は。
つまり何が言いたいかと言うと。古くなった物を食べなくても、アイスを二つ三つ四つと食べていけば下痢になるのではないか。
どっちにしろ身体に悪そうだが、古いものとか食当たりする物よりはマシな気がする。
さっそくコンビニにアイスと、明日の朝に飲む為の正露丸を買いに行こう。
コンビニで袋二つ分、持てるだけのアイスを買いこんだ俺は、腹の中がパンパンになるまでアイスを食べた。途中から味とかしなくなって来たが、顔を青くしながらも頑張ってラクトアイスやかき氷を頬張ると、腹の下の方からギュルルルという物凄い音が
※ お見苦しいシーンですので、省略いたします ※
トイレから出た俺は、湯たんぽ一つでは足りず、ペットボトルにもお湯を入れて腹の周りに並べて毛布に包まる。こんなに体力を消耗するとは思わなかった。恐るべし、下痢。
しかし得る物は大きかった。
まず、定時の言いだした『尻の圧力説』は無いな。水みたいなビシャビシャの液体に混じって砂利のように細かいダイヤモンドが大量に出てきた。その中に昨日食べたピーナッツが混じっていた。ピーナッツは原形を留めており、そんな凄い圧力が掛かったのなら割れてるはずだ。
しかし錬金術なのだとしたら、あの液体もアクア・ウィタエとかの不老不死の薬だったりするのだろうか。検証したくないが。
『下痢をすると細かいダイヤが大量に出てくる』
これは大物しか製造できない今までの俺からすると大きな進歩だ。小さければ不審がられずに、祖母の形見ですとか言って質屋に持って行ってみる事もできる。
だけど、それはまた次の機会だな。
俺がぐったりしているのは腹痛と下痢で体力を消耗したからというダケでは無い。
いつもと同じように、汚れないけど念の為拭いた紙を捨て、水を流して便器の水位が下がった隙に箸で拾うというコンボを決めようとした時に気が付いたのだ。
気が付いたけど、その時にはもう遅かった。
細かいダイヤが出ると言う事は、流すと流れてしまうのだ。
長い箸か、もしくはゴム手袋か何かを買って来なければ。こんなに痛い思いをしたのに出てきたダイヤは全て下水道へ。
暗く湿った地下の底を、キラキラと輝きながら流れていくダイヤモンド達を思い浮かべながら、俺はそっと目を閉じた。
それから又しばらく、家でウンコ出来ない日々が続く。
終電が無くなるので帰りますとか言って帰ろうとした新人が、所長に終電なんて毎日無くなると言われて止まり作業を強制されたせいか、次の日から来なくなってしまったので俺の作業が少し増えた。また帰れない日々が続く。
そんな忙しい状況なのに、所長が呑みに行こう! 今日の作業は終わりだお前ら! とか唐突に言い出したせいでまた会社に泊まり込む事になりそうだ。
呑みの席では、無礼講の意味を履き違えた新人が、所長の頭をはたいたりズラを引っ張ったりしている。近いうちにまた一人居なくなるのだろうと思うと胃が痛くなるが、自分は自分の仕事をするだけ。
隅っこで顔色の悪い同僚達と枝豆を黙々と口に運びながら冷えたビールを飲む。呑みに行こうとか言った癖に割り勘にするのが所長クオリティなので、余計な物は注文しない。
お店の方もわかってるので、ビールも瓶でそのまま置いて行くし、足りなきゃ厨房まで取りに来てとか言われる半セルフサービス状態。枝豆もザルのまま置かれてる。
気心が知れた店と言えば聞こえはいいが、舐められてるとも言える。
ストレスのせいか、それともビールのせいか。トイレに立った時に冷えたせいか。珍しく便意の波を感じる。乗るしかない、このビックウェーブに!
しかし、この固く閉ざされた地獄の門を内側から叩く刺すような鋭い痛み。これは……恋? イヤ違う、また緩いというか細かいダイヤモンドが出るのだろう。
硬くてデカイのが出陣する時は、大きな盾を構えて重厚な鎧に身を包んだ密集方陣の戦士達がジリジリと歩を進めるイメージ。
一方、緩くて細かいのが参戦する時には、馬に乗ったサムライが雄叫びをあげて大地を揺らしながら崖を掛け降りるイメージ。
今、俺の脳内には法螺貝の音が聞こえている。まだ遠いが、地平線の向こうから土煙を上げて着実に迫ってくるサムライ達の鬨の声の頼もしさよ!
今居る場所は通勤電車の中では無く、トイレの中なのでこの義経は恐ろしいものではないし、肛門の平家を打ち破られる事はやぶさかでは無いわけだが。
細かいヤツだと回収が出来ない。流れるからお店に迷惑を掛ける事が無いのが救いだが、なんというかもったいない。デカイバナナ型やウミガメの卵型の戦士達なら割り箸で回収できたのだが。仕方ないかと今回はダイヤモンド回収を諦めようとした時。俺の脳裏に天才とも言える発想がおりてきた。
『ザル』を使う!
コペルニクスが嫉妬するレベルの発想だ。俺は所長が女性社員にお酌を強要するセクハラ現場にとって返すと、枝豆をひっくり返してザルを入手。怪訝そうに見上げる同僚達に最高の微笑みで歯を光らせると、ザルを持ったままトイレに駆け込んだ。
ジャラリ。
今俺のスーツのポケットには大量のダイヤモンドがある。全て美しいカットを施された職人の逸品。これが本当のブリリアントカットと言っても過言ではない。生産時の音的に言っても。
※ザルは綺麗に洗って返しました。
家でもザルを使えば回収が容易になる。これは大きな進歩だ。
飲み会が終わった後に会社に戻って仕事を再開したのだが、同僚達の飲む栄養剤の空き瓶を一本貰って、ガラスが切れるか試してみた所、俺のダイヤはガラス製の瓶に傷を付ける事に成功した。少なくともガラスよりは硬い事は間違いない。
正直、コレがダイヤモンドだと言うのは何の根拠も無い。俺の「うんこがダイヤモンドになるべき」という妄想の直後に聞こえた願いをかなえると言う幻聴。その後にウンコがキラキラした物に変わった為、そう思い込んでいるだけだ。
でも、ガラスに簡単に傷を付けたという点で、少し希望が見えてきた。このままドンドン生産しよう。
俺は今までのカロリーを気にしながらの食事をかなぐり捨て、大量のウンコをする為にとにかく量を食べる事にした。
朝起きて朝飯に米と味噌汁、仕事の前に軽く朝飯にお握り、昼の鐘が鳴ったら昼飯に弁当を二つ、三時にバナナを一房、建前上の定時時刻が過ぎたら同僚達とラーメンを食べに行き、21時が近くなったら近所のスーパーで半額になった弁当を買いこんで食べる。
太る。明らかに太る食生活だが、その甲斐あってウンコの量は抜群に増えた。俺はかなり優秀なうんこ製造器になれると思う。ダイヤモンドの現金化が出来るようになったら、メシ食ってウンコして寝る生活でもいいんじゃないだろうか。
そんな同僚達が引く食生活を続けて二週間。会社のロッカーに常備したザルが四回の出動を数えたある日。
16時50分には帰り支度を終えて端末の電源も落としてしまうと豪語する勇者:定時さんからメールが入った。
送信元:定時<no-work-no-life@softbomb.ne.jp>
件名:ダイヤの件
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-ピンポン玉の形した奴、売れた。
-フリマに出してみたら5000円で買ってくれる人が居た。
なんで勝手に売ってんだよアイツ。証明書とかが無いダイヤが宝石店に売れないと考えて、こつこつフリーマーケットで一個単位の販売をする気だったのか。
もうちょっと上手いやり方を考えて欲しかった。俺も思いつかないけど。
定時への返事として『試したらガラスより硬いのはわかった。あと小さいの大量に生産できるようになった』とメールを返しておく。
しばらく仕事をしていると再びメールの着信。
送信元:定時<no-work-no-life@softbomb.ne.jp>
件名:Re:Re:ダイヤの件
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-小さいのなら、ダイヤ同士ぶつけてたら砕けた。
-でかいママだとダイヤに見えないから細かく割って、ひと欠片5000円で売れた。
-『引っ越しするんで実家にあった売れそうな物並べてます』って言ってたら
-宝石には詳しいと言い張るオバサンが『ダイヤじゃないのこれ!』って言って買ってくれた。
おい、俺が涙を浮かべて産み出した卵を簡単に砕くな。でも、ダイヤ同士ぶつけると簡単に割れるのか。ちょっと扱いに気を付けないといけないかもしれないな。
しかし、そんな胡散臭いもの買う人居るんだ。
定時の売り方も売り方だが、買う人も買う人だと思う。
送信元:定時<no-work-no-life@softbomb.ne.jp>
件名:Re:Re:Re:Re:ダイヤの件
-でさ、そのオバサンに捨てアド載せた名刺渡して置いたら、メールが凄い来る。
-もっと無いのかって。
-買ったダイヤはただのガラスでダイヤじゃ無かったけど、手芸で使いたいからあるだけ売ってくれって。
-たぶん、どっかに持ち込んだか、宝石鑑定士とかに見せてダイヤって確定したんじゃないかと思う。
-10分おきに、全部引き取るから売れとか、他の人には売るなとか、じゃんじゃんメールが。
オバサンのアグレッシブさがすげぇな。
そのオバサンがどうやって現金化するかはわからないけど、最近の俺は1ウンコで50個以上のダイヤの欠片が生み出せる。これはドンドン行くべきか? 次いつ休めるかわからないから、今日は無理やりにでも家に帰ってアイスを大量に食べよう。いや、かき氷器買って家で作るか。その方が安上がりだ。いいぞいいぞ!
【錬金素材:1】 コンビニ弁当
【錬金素材:2】 氷
【錬金素材:3】 かき氷シロップ
これでダイヤモンドが大量生産できて、それがどんどん5000円で売れるならいい商売になる! あれ、5000円ってかなり安くないか? それにそのオバサンがいくつ買ってくれるかもわからないし。
まぁ、いいか。買ってくれる限り押し付けよう。俺のウンコを。
その日はなんとか仕事に目処を付けて帰宅する事に成功した。
閉店スレスレのスーパーに駆け込んでかき氷器を購入。コンビニで氷のかき氷シロップのブルーハワイとレモンを買い、その日は怒涛のフィーバータイムで両手で持ちきれないほどのダイヤモンドをひり出した。正直、尻が痛い。
軽い仮眠だけを取って始発で会社に帰ると、二人にメールを打つ。
『俺んちの机の上にダイヤ山盛りにしておいた。鍵はポストの中。小さいのをジャラジャラ積むとお互いにぶつかって傷が付くから、小さい袋にでも小分けにしてくれ。青とか黄色の色つきになっちゃったのがあるけど、擦っても色が落ちなかった。今度漂泊してみるから置いといて。透明なのだけ持ってってくれ』
最終話は来週書いて投稿します。
現在5行。




