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メシ食ってウンコするだけの簡単なお仕事

 どうせカットされるのがわかっていながらも帰れない残業中。久しぶりに襲ってきた便意に身を任せて体重を数百㌘ほど軽くする事に成功した。

 ブラック企業の社畜・黒川 流(クロカワ リュウ)、子供の頃から酷い便秘です。腹筋を鍛えると快便になると聞いて、わずかな休日をジム通いに当て始めたモノの、体脂肪が見る見る減って6%を記録し、腹筋が六つに割れ、腕にほれぼれするような深いカットが刻まれただけで腸内環境は改善されていない。

 まだ鍛え方が足りないのかもしれない。また一週間ほどウンコの出ない日が続くわけだ。


 気晴らしにハンドグリップをニギニギしながら、作り終わった書類のチェックを行う。仕事しながらも、ふと思う。こんなに貴重なんだから、いっそのこと俺のウンコに希少価値がついて高値で売れたりしないもんかね? ウンコがダイヤモンドにでもなればいいのに。

 その時、頭の中に奇妙な声が聞こえた気がした。


≪その願い叶えてやろう≫


『こいつ……直接頭の中にっ!』


 そんな事を考えてバッと後ろを振り返ったが、居るのは所長だけ。遊んでないで仕事しろって怒られました。あんたの尻拭いなんだけどね。あーもう、尻拭うなら自分の尻拭いたいわ。



 そんな終電逃して始発で帰る生活が一週間ほど続いたある日の事。

 着替えを取りに立ち寄った自宅で、珍しく便意を得てしばしの排出タイムを楽しむ事に。


 ゴトリ。ぼちゃん。カキン。


 重々しい音を響かせてTOTOの白き台座を叩くのはいつもの事だが、何か硬質な音がした。便器にヒビでも入ったか? 女神様もビックリするくらい綺麗に磨いてある我が家のトイレだが、大で使用する回数がそもそも少ない。だからまぁ、割れても致命的と言うほどではないが、修理費が掛かるのはキツイ。こんなに毎日残業しまくっているのに、なぜか給料の手取り額は恐ろしく低いのだ。


 恐る恐る便器の中を覗き込んだ俺の目に飛び込んで来たのは、バナナ型の頼もしいヤツでも、加熱用の牡蠣を生で食べた時に出てきた泥の様な液体でも無かった。


 それは、涙を流すウミガメの排出した卵に似た球体に、美しいカットを施したかのような芸術品のような輝きを持つ、透明な結晶体だった。


 ガラス? そんなものは食って無い。食ってないのに出てくるとかどういう事か。

 とりあえず、自分の尻を拭いて紙を確認する。つい見てしまう。だがそこには何も付いていない。汚れていない。便器の中の水は澄んだまま。キラキラと輝くモノが静かにたたずんでいた。


 睡眠時間が足りな過ぎて、幻覚を見始めたかな。紙を便器に放り込み、流す。


 ガラガラガリガガガロン。


 硬い物をぶつける音が響いたが、気にせずに外に出る。早く会社に行かなければ。手を洗っていない事に気が付いたのは会社に着いてからだった。



 さらに三日後、会社のトイレで出たピンポン玉型の結晶体を見て、自宅のトイレで起こった事を思い出す。この三日、家に帰れていないのであの結晶はまだ家の便器の中にあるのだろうか。そんな風にいつまでも逃避していたいが、そうしているわけにはいかない。自宅の結晶体は放置しても問題ないが、ここは会社。会社のトイレに流れないブツを放置するわけにはいかないのだ。


 一旦トイレから出て自分用のロッカーに向かう。中には下着や靴下などの着替えの他に、非常食のカップ麺も入っている。もちろんそれを食べる為の割り箸もだ! こいつを使う。

 俺は颯爽と身を翻し、手に持った割り箸をパキッと快音を立てて装備しつつ、トイレの個室に再入室する。洗面台ですれ違った室長が目を丸くしていたが、俺が一日に二回も個室に入るのは珍しい事だから、驚くのは良くわかる。



 割りばしの長さは残念な事に少し足りなかった。だが、右手を犠牲にして、結晶体の回収に成功した。甚大なる精神的ダメージはこのさい無視しよう。

 これ、どうしよう。ゴミ箱に放り込みたいのだが、燃えるごみでいいのか? それなら水分は拭きとって置く必要があるな。

 もう毒食らわば皿までだと、両手に持ったトイレットペーパーで結晶体を拭う。水分を取って、ペーパーでグルグル巻きにしてゴミ箱に放り込んでしまおうと思ったのだ。

 思ったのだが。


 やけに硬い。ゴルフボールみたいだ。

 洗面台で水をざぶざぶ掛けて洗ってみる。溶けない。正面にあるガラスに軽く当ててみると、カチカチと硬質な音がする。ホントにコレ、俺の尻から出てきたのか?

 ここで俺は疲れが生みだした狂気の為に、正常な精神なら絶対にやらなかった事を実行する。


 匂いを嗅いでみる。


 無味無臭。いや、味はまだ見てないが。匂いはしない。

 なんだろ、スワロなんとかっていうガラス細工みたいにかなり綺麗な代物だし、ゴミ箱に叩き込むのは少し惜しい。この何だかわからないものがなんなのか、誰かが教えてくれる事を期待して。


 俺はコレを『落し物』として、ホワイトボードにテープでとめて置く事にした。

 二日経って、通りがかる社員が手に取ったり匂いを嗅いだりしているが、これをウンコだと看破した奴はいない。


 しかし、さらに二日が過ぎて……驚くべき事に最初のウンコからここまで一回も休日の描写が無いのは間違いじゃない。ずっと休みが無いので会社に居る。たまに家に風呂と着替えに行くだけで、すぐ会社に帰ってくる生活だ。

 話を戻すが、二日が過ぎた深夜。俺達に興味の無い所長がフラフラと邪魔しに現れた時にこんな事を言いやがった。


「なんだこのダイヤモンドみたいなの。落し物? 誰も名乗り出ないなら貰ってっちゃうぞ」


 あ、それだ。


 漫画だったら雷が頭に落ちる描写みたいになるんだろうが、衝撃が走ったりする元気も無いので静かに驚いただけだった。


 以前脳内にいきなり聞こえた ≪その願い叶えてやろう≫ っていうアレは幻聴じゃ無かったのではないだろうか。だとしたらこのウンコは本当にダイヤモンドなのか?

 さっそく次の休みにでも検証してみなければ。そう思ってホワイトボードに貼ったブツを回収しようと思ったらもう無かった。所長が既に私物化していた。まあいい、そんなもの幾らでも出せる。俺の尻からな!


 しかしもったいなかったなぁ。もし願いが叶えて貰えるのなら、余ったまま切り捨てられる有給を買い取って下さいとか、通勤電車に毎日空席を作って下さいとか頼めば良かった。心底そう思った。 




 そこからさらに二週間。いや、休みは一回あったのだが、ダイヤうんこが自宅の一個しかなくてな。さらにバナナ一本、ボール三つを生産した俺は、満を持して二人の悪友たちを呼び付けた。


 学生時代からの俺の数少ない友人、物知り眼鏡のむっつりスケベというキーワードで思い浮かべるそのままの外見をした男、守屋 定時(モリヤ サダトキ)。もう一人は毛玉だらけパーカーを羽織ったへらへらした古田 由(フリタ ヨシ)。定時は公務員だし古田はフリーターだ、俺の休みに合わせてくれる。


「呼ばれたから来ましたー、ちわーっす」


 俺の自宅である八畳一間の中に勝手に入って来ると、散らかった服などを適当に蹴り飛ばして隙間を作り座り込む。そのまま流れるような動きで焼酎のキャップをあけようとする古田の手を急いで掴んで止める。


「飲む前にちょっと見せたいものがあるんだ」


 少し前に到着して部屋の隅で一人でゲームのレベル上げやってた定時も引きずって来て、二人の前にダイヤモンドを並べる。


「これ、何だと思う?」

「なんなの?」


 即答する古田。こいつは考えると言う事をしない。


「百均とかで売ってそうな、水槽とかに入れる飾りかなんかに見えるけど」

「これ、俺の尻から出てきたダイヤモンドなんだ!」


 即座に匂いを嗅いでいたダイヤモンドを放りだす定時と、飲んでいた焼酎を噴き出す古田。


「きったねぇな!」

「どういうプレイだよ!」


 汚くないよ、ちゃんと洗ったよ。別に尻から入れて出てきた物じゃないよ。

 そこまで説明させて貰うのに20分掛かった。

 でも、ある日脳内に願いを叶えてやるって声が響いて、突然ウンコがダイヤモンドになったっていうのは5秒で理解して貰えた。


 「理解した」


 キュピーンと眼鏡を光らせて宣言する定時。こいつは俺達の中では頭脳労働担当だけあって頼りになる。別に頭が良いってわけじゃないんだけどね。三人とも赤点仲間だし。


「つまりお前は無駄に腹筋鍛えすぎたんだ。なんかの映画で、石炭握りしめてダイヤモンドを作るシーンがあったが、そう言う事だ」

「定時さんすげー物知りー」


 ダメだ、こいつら使えねぇ。


「そんなバカな事あるはず無いだろ。どこの世界に腹筋鍛えすぎてケツ圧でダイヤを錬成する錬筋術師がいるんだよ」

「おまえだろ?」

「ねぇねぇ、何の錬金術師って名乗るの?」


 心底使えないが、俺は友達が少な……危ない危ない。友達があんまり居ない。


「お前は食っても食っても太らない。それはカロリーを使ってるって事だ。膨大な熱量と圧力。ダイヤってそうやって出来るんじゃなかったっけ?」

「だとしてもケツの中では出来ないだろ。太らないのは筋肉があるからで」

「ホモだったら大変だったねー」


 一瞬静まり返る室内。もういい、こいつには何も期待しない。


「それはさておき、どうしてこんな物が出てくるようになったかの原因追究もしたいけど、お前らを呼んだ理由は違うんだよ」

「否定しろよ。性癖の所をよ。ただでさえマッチョで怪しいんだからお前は」


 強引に話をそらし、ラッパ飲みしている古田に柿ピーをぶつけながら、徐々に距離を取る定時の前にバナナ型のを突きだす。


「これ、ダイヤモンドに見えるけど、ダイヤモンドだよな? どっかで売れねぇか」

「質屋とか持ってくのはどうなんだ?」

「このサイズだといくらなんでも嘘臭い。ガラス細工の置き物としてだといくらにもならないだろ。だから売れる方法を考えて欲しいんだよ」

「難しいだろう。だって鑑定書とかそういうのが無いし、でかすぎてキモい。っていうか、お前ウンコでかいな! 何カラットあんだよコレ。本物のダイアモンドなら国宝とかになりそうなサイズだろ。流れんのか?」

「たまに流れない。ダイヤになってからは完全に流れない」

「なーなー、ダイヤとガラスってどう違うんだ?」


 うんこサイズで熱くなる俺達二人に、酔っ払い古田が基本的な所に突っ込んで来た。

 腕を組んで考え込む。ダイヤモンドってどうやって見分ければいいんだ? 宝飾店に持ち込んでみるか? どこで手に入れたかとか答えられないのに?

 二人でいろいろ案を出しながら、やらなければならない事をまとめていく。古田はずっと寝てたので役に立たなかったが。


1、これは本当にダイヤモンドなのか確認したい

2、売ってお金にしたい

3、何でこんなモノが出てくるのか知りたい。


「3番いらないだろ」

「いや、神様のサービスはさすがに俺も疑わしい。それに方法が分かったらお前らも生産できるかもしれないだろ。本当にこれがダイヤで、高値で売れる方法が見つかったら大量生産したくなるだろ?」

「大量にメシ食えばいいんじゃないの?」


 俺としては量産もだが、快便という快楽が欲しい。こんな超人高度10にもなろうかと言う悪魔の将軍みたいに硬い物が詰まってしまったら大惨事どころの話では無い。お金は欲しいけれど、一生ダイヤが出てくるのも、それはそれで困るのだ。


「通常のウンコがでる体質に戻りたければ腹筋を落とせばいいんじゃないのか?」

「俺のライフワークを奪う気か?」


 腹筋は大事。ボコボコに割れた腹筋を撫でながら鏡に向かうのは唯一の卑し……じゃない、癒しの時間なのだ。

 結局その日は何一つ解決せず、とりあえず定時に手持ちのダイヤを預けて現金化の方法を考えて貰う事にして解散した。俺の役目は次の休みまでの間に沢山ダイヤを生成しておく事。できれば小さいのを。



 そして会社と自宅を往復し、食った物をウンコに変える日々が続く。ホントに仕事してメシ食ってウンコする以外なにもない日常だってのが悲しいが、今はそんな日々にも張り合いがある。数日おきにダイヤモンドの塊が増えていくのが楽しい。貯金が趣味とかいう人の気持ちがよくわかる。俺は残業は一杯しているのに給与は少ないから貯金とかほとんどないんだけどね。ダイヤが売れたら広い家に引っ越してベンチプレス用のベンチ買いたいなぁ。


 そんなある日、古田からメールが届く。あいつ、ちゃんと話聞いてたんだな。


-件名:うんこの件

-

-なぁなぁ、下痢したらどうなんの?

-細かいのでる? それとも圧力足りなくて無効だったりする?

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