ゴブリンとの戦い
銃声。マキナがゴブリンの一匹を狙撃する。
発砲音にゴブリンの部隊は皆振り向く。尖った歯を強く剥き出しマキナへと走り出す。鎮伏屋にはもう見向きもしないでマキナへと向かう。
イーリスは駆け寄りながら鎮伏屋のメンバーを確認する。メイスとシールドを携えた戦士とダガー装備の盗賊、そしてクロスボウを持ったレンジャーとワンドを持った呪術師の四人だ。
ダメージが深刻そうなのは最後尾を進んでいたであろう呪術師。だ背中に刃をうけてうつ伏せに倒れている。次に軽装のシーフだ矢や無数の切り傷を負っている。ヒーラーの居ないパーティーだ本来は警戒や偵察により先手を発揮するはずがその利を生かせないまま数に押されたのだろう。
戦士は多くの傷を負っているが鎧の防御力と身体の丈夫さで何とか立っている。レンジャーに関しては傷よりも恐怖で恐慌状態になって居るように見えた。
「助けに来たわ!」
イーリスは一番先頭の戦士に声をかけるとすぐさま詠唱を始めた。目標は盗賊だ。
「脈動する癒し《アースヒール》!」
脈動する癒し《アースヒール》は癒し《ヒール》と同じ下級魔法だ。癒し《ヒール》ほどの即効性は無いが一定時間ゆっくりと治癒をする。総合的な回復量では癒し《ヒール》を若干上回る。通常は戦闘前に唱え、短時間で決着をつけるために用いられる。メリットは詠唱が短く一度唱えれば次の回復呪文に移れる事だ。
盗賊は薄い光に包まれ、安堵の表情を浮かべる。
イーリスは次の目標を呪術師に決め詠唱する。
「癒し《ヒール》」
呪術師の傷が埋まっていく。しかし背中の傷は大きく塞がりきらない。フードに隠れて表情は見えないが口元を見て歯を食いしばってるのが解った。先程の盗賊を見る。こちらも完治には程遠い。
イーリスはふと戦士を見た。他の二人よりマシとはいえ重傷には違いない。判断を迫られイーリスは歯噛みする。
「俺は良いから仲間を頼む」
戦士は痛みを堪えながら叫んだ。イーリスは強く頷いて魔法を唱える。
マキナの方も気になるが、今は回復に専念するべきだ。
あちらにはあのデウスが居る。よほどの事が無ければ大丈夫だろう。もう一度横たわる呪術師と盗賊に目を向ける。さっきは治癒に失敗したが今度は全員救う。イーリスは疲労感に耐えながら祝詞を捧げた。
■
マキナは丘の上で小銃に弾を込めながら、走ってくるゴブリンの部隊を眺める。先程仕留めたのを含めて十二と言った所か。飛び道具を持ってるのは四匹程度。本来であれば距離を取り遮蔽物を探すべきだがマキナは引かない。この平原には遮る物も高低差も殆どない。なのでまずは相手の飛び道具を削ぐべきだ。
小銃を再び構える。
照準、トリガー。破裂音が響き弓兵の頭部を撃ち抜いた。
マキナは持ち手付近のレバーを引く。すると空の薬莢が吐き出され次弾を飲み込む。共和国で使われている銃は前装式で尚且つ単発で一弾毎に込めなければいけない。それが銃が弓より主流にならない一つの理由だ。
しかしマキナの銃は違う。手元から弾を込められ、まとめて五発まで装弾しておくことができるようになっている。
アーティファクトを一本分解して構造を調べた結果だ。勿論再現するというレベルには至らなかったわけだが。充分実践レベルではある。製作費が高くつくのが傷ではあるが。
続く第二射、弾を込めずに二射目が来たことに驚き目を見開いたまま弓兵が絶命する。隊長らしき全身鎧を着込んだゴブリンが何やら喚くと、鼓舞されたように他のゴブリンは武器を掲げる。残る二匹の弓兵はマキナに矢頭を向け放つ。マキナは身軽に横へ跳び、木の裏に隠れると、矢はマキナが居た場所を通過して地面に刺さった。
「もっと良く狙え犬っころ!」
マキナは笑みを浮かべ矢筒に手を伸ばすゴブリンを冷静に狙い撃つ。次矢が放たれる事なく弓兵はその場に倒れ込んだ。
「さてと……」
全ての弓兵を無力化した頃にはゴブリンは丘の元まで来ていた。見方が四人殺されたというのに恐れる様子は無い。元々そういった回路が無いのかそこまでの知能も無いのか解らない。しかし突撃してくれるのはマキナにとっては好都合だった。
「デウス今だ!」
ゴブリン達の群れをを割って黒い影が走る。木の裏に伏せさせておいたデウスだ。マントをひるがえし、両手に携えたハルバートを振るうと黒い風が走り、一振りで数匹まとめてゴブリンの命を奪った。ゴブリンは取り囲んで刃を打ちつけるがデウスの装甲に傷は付かない。
一分と立たずにデウスの周りに動くものは居なくなる。
「ご苦労」
マキナが言うとデウスは右手で左胸に当て頭を下げた。
――臣下の礼だ。遊びのつもりで覚えさせたがデウスがすると随分と似合う物だとマキナは深く頷く。
■
イーリスはヘたれ込みながら丘の方を見た。もう戦闘は終わっているようで、マキナ達はゆっくりとこちらへと歩いてきた。気付かなかったのは今の今まで治癒でそれどころではなかったからだ。
これほど一度に治癒魔法を使ったのは初めてだろう。他の鎮伏屋は皆イーリスに頭を下げて礼を言った。鎮伏屋からすれば死ぬところだったのだ、感謝してもしたりないと言った所か。
イーリスは感謝されるのはそれほど悪い気分ではないな、と思う。
「イーリス良くやった」
マキナは歩み寄ると青い瓶をイーリスに手渡した。
「これは?」
「疲労回復のポーションだ」
それだけ聞くと栓を抜き一気に飲み干す。すると苦味が口に広がった。イーリスは顔をしかめるが、しばらくして身体が熱くなるのを感じた。疲労感はとれ、気だるさが嘘のように抜けた。
「すごいわねこれ」
「調合士に作らせたからな」
「あの本当にありがとうございました!」
戦士を筆頭に次々にマキナへと鎮伏屋達は頭を下げた。
「いいよ、それよりなんでゴブリン相手に逃げなかった。そのピカピカの鎧、お前ら新米だろう?」
マキナは品定めするように見てから言った。
事実戦士の鎧には目新しい傷だけが付まだ汚れのない光沢を放っていた。
「すみません、ですがゴブリンが集団で居るとは思わず一匹の所を仕留めようとしたら近くに隠れていたゴブリンが現れたんです……」
鎮伏屋がモンスターを討伐した場合、体の決まった一部を持ち帰る事で報酬がギルドから支払われる。その報酬は強いモンスターほど高くなり、ゴブリンなら銀貨五枚程だったろう。
単体でうろついているゴブリンを見つければ新米の鎮伏屋なら目が眩んでもおかしくないだろう。事実一匹や二匹なら手こずりこそすれ、危なげなく倒せるはずだ。
「まあ、この辺で群れでうろつくゴブリンなんて珍しいのも確かだな……まあとりあえず今日の所は街に戻った方が良い。」
鎮伏屋を眺めながらマキナは言う。戦士は気丈に振る舞ってはいるが、他のパーティーメンバーも含め死にかけて戦意を失くしている。
「はい、そうしようと思っています。元々訓練を兼ねて稼ぎに出ていただけですから……」
戦士は恥じるように俯く。
「ちょっと待った!」
マキナは背を向けて歩き出した彼らに声をかけた。
「ゴブリンの耳持ってけ」
戦士はマキナが投げた皮袋を受け取る。ずしりと重いそれの中身を開くと中には、切り取られたゴブリンの耳が入っていた。数は両耳を一セットで考えて八匹分だ一人頭二匹分、銀貨十枚ずつという事になる。
「しかし、これはあなた方が……」
命を助けてもらった挙句に施しまで受けては申し訳なさすぎると、戦士は皮袋を突き返そうとした。
「良いから受け取れ。それで、ヒーラー雇うかポーション買うかしてさっさと腕を上げてくれ。そんでもって後で酒でも奢ってくればそれで良い」
マキナはカラカラと笑う。
イーリスは呆れたようにため息をついた。
「――あのお名前は」
背を向けた二人に戦士は呼びかけた。
「マキナだ」
「イーリスよ」
戦士はそれだけ聞くと嬉しそうにパーティーに駆けていく。
「ねえマキナ」
イーリスは戦士の背中を見送りながらマキナに話しかける。
「なんだイーリス」
マキナが答えると目の前に手が差し出される。白くて繊細な手だ。
「分け前」
「はあ!? ゴブリンやったの俺とデウスだぞ!」
「パーティーなんだから分け前は半々よ」
「いつパーティーになった!」
「準備ができたら一緒に旅する事になるんだからパーティーでしょ!」
「もうちょいマシな動きが出来るようになってから言え!」
「何よ大体あんたがまけてくれないから持ってきた宝石売る事になるし!」
「これでも名が売れた鎮伏屋なんでね!」
「何よ私より年下のくせに!」
「うるせえまな板娘!」
「言ったわね!」
「やるのか!」