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平原の特訓

 街を出てすぐに広がる平原にイーリス達は居た。


 グスタ平原。靴の高さより低い草原が延々と続く。野兎などの温厚な草食獣、一部の獣人種などの生物が過ごす地域。比較的に安全な地域で。草食獣の狩猟や野草の採集、また日の差す平原でのみ取れる陽光石という透き通った黄色い石を求めた鎮伏屋が訪れる場でもある。


 ところどころ草の生えていない場所があるが、それは大戦で戦地となった証だ。獣人達がここまで攻めてきた事を表す。見回せば共和国軍が配備した砲台が所々、忘れ去られたように佇んでいた。


「良いか、僧侶――鎮伏屋のパーティーでは仮にヒーラと分類するが、ヒーラーは特殊で個人訓練は不可能に近い。なので通常ヒーラーは魔法戦士のような戦いをする奴が多い。純粋なヒーラーは教会で聖職に付くのが殆どだしな」


 イーリスは頷く。僧侶には戦線を突破する力がない。あくまで前線を維持するための看護兵である。教会で誓いを立てた騎士。魔法と治癒術を学んだ魔導師。などが殆どだ。


「でだイーリス、お前みたいな純正が鎮伏者の中で生きて名を売るにはコツがある。イーリス僧侶のヒーラーの優劣は何で決まると思う?」

 マキナは手に持った剣を杖のように地面に突きながら言った。


「えっと回復力じゃないかしら使える回復呪文の数と詠唱速度かしら」

 チッチッと指を左右に振ると「三十点」とマキナは言い放った。

 イーリスの考えは三割正しく七割不足しているというのだ。


「僧侶に一番要求されるのは判断力だ。メンバーのダメージと自分の呪文の回復量。そして次に詠唱しきった時の戦況を把握すること。戦線の維持を優先か突破力に賭けた短期の戦闘をするべきかという事だ」

 パーティーという資本にプラスマイナスを考えつつ運用していく役割だとマキナは言った。


「そこでだ、お前には今からてっとり早く学んでもらう事にする」

 マキナが合図するとデウスは捕まえてきた兎や羊、野犬などを簡易的な柵に押し込んだ。

 驚いたのはデウスが無駄のない動きで捕獲していった事だ。その重そうな身体を軽く持ち上げ次々に獲物を狙っていく。


 イーリスが何を始めるのかと眺めていると腰のホルスターから黒色の小さな鉄塊を出す。昨夜マキナに説明されてイーリスはそれが何か知っていた。


 ――拳銃。小型化された銃だ。


 マキナは拳銃を構え柵へと向ける。イーリスがまさかと思った時には遅かった。引き金は引かれ火薬が弾ける音とともに鉛が回転しながら羊と兎を順番に撃ち抜く。

「治癒魔法で死ぬ前に治せ」

 マキナは落ち着いた様子で言い放ち、未だ硝煙が立ち上る拳銃をくるくると指で回す。


「――ッ!」

 イーリスは声にならない呻きを上げて、柵に歩み寄り傷を確認する。重篤な順番を確認して何にまず魔法を考えるべきかを考えていく。最も危険と思われる胸を撃ち抜かれている羊に向けて詠唱――神への祝詞を捧げる。できるだけ早く明瞭に唱える。


「癒し《ヒール》!」

 行使する魔法の名を叫ぶと羊は薄い光に包まれた。血が流れていた傷口から黒い鉛玉が吐き出され、新しい肉が傷口を覆い塞ぐ。イーリスは休まず次の対象に向けて詠唱する。


「癒し《ヒール》」

 二匹、三匹と治癒していくイーリス。魔法を使った時の脱力感に襲われながらも次を見据えて詠唱は止めない。


「ほら早く唱えないと死んじまうぞ」

 マキナは笑いながら野次を飛ばす。イーリスは奥歯を噛みながらも集中を切らさないように唱え続けた。言い返すために使う舌は無い。


「癒し《ヒール》」

 残り一匹、続けざまに唱えたせいでふらつきながらもこれで終わりだと安心して、イーリスは最後の詠唱に臨む。一番軽微な傷と判断した後ろ足を撃たれた野兎。イーリスはその姿を両目でしっかりと捉え呪文を唱えた。


「癒し《ヒール》」

 傷は治り出血は止まる。

 治療を終えイーリスは息をつき、その場にヘたれ込んだ。魔法の行使は血を失う感覚に似ていて。多く行使した後には貧血のような感覚が待っている。


 しばらくしてイーリスは嫌な予感がした。

 他の動物は既に立ち上がり動いているのに、最後に治した野兎だけは微動だにしないのだ。慌てて治癒呪文を唱えたが効果は無い。傷は塞いだので当然だ。


 イーリスが口に頭に手を当てて考えていると、マキナは柵に歩み寄り野兎を掴んで後の動物は全て開放する。順番に撫でて「すまなかった」と謝りながら送り出した。


「さて今日の食材はこいつだけかな」

「なんで……」

 イーリスは悔しそうに呟いた。


「傷の位置とか深さだけが判断材料じゃない……」

 マキナは野兎の血を抜きながら答えた。

「一番軽い傷と思ったから!」

 イーリスはそれだけ言うと唇を噛んだ。傷を見てきちんと判断したし、それで皆間に合うだろうと踏んでいた。それでもあの野兎は死んだのだ。


「兎の心拍は早い。それにこの身体の小ささだ血を失って平気な量はそんなに多くない。人間基準で考えてれば自然とこうなる。いや、人間だって個体差がある。丈夫な人間弱い人間ってね?」


 イーリスは何も居ない柵の中の染みを見た。どれも乾いたその血の染みは野兎の所だけ赤黒く残っていた。


 失った血は戻せない。

 それが治癒魔法の限界だ。


 イーリスは自分の治癒魔法には自信があった。放浪の賢者と呼ばれた鎮伏屋の両親を持っていて、その両親に幼い頃から教えてもらった魔法なのだ。教会で修行していた時も良く褒められたものだ。


「死なせるってとても嫌な感覚だわ」

 マキナを睨みつけて言う。


「他の七匹は生き残った。この仕事をしてればそういう瞬間は必ず来る。それに失うのがいずれ組む鎮伏屋の仲間じゃなくて良かっただろう?」

 マキナは飄々とした態度で言った。失った人間の方が、失う怖さは知ってるのだと。


「――今日の昼食は命に感謝して食べるわ」

 イーリスはマキナの手に握られた野兎を見る。「俺は毎日感謝してる」とマキナが答えたのを流し、気だるそうに歩く。緩やかな傾斜の丘の木の下に付くと街の外壁が見えてくる。鋼鉄でできたそれは堅固な安心感をイーリスに抱かせた。


 イーリスが力なく樹木にもたれかかると

 マキナは枝など燃えそうな物を集め石で囲う。油を吸わせた神に火をつけるとそれを火種に簡単なたき火を作る。

「デウス、鍋を出せ」

 マキナの声に反応して、デウスは持っている鞄から鉄鍋を出した。

 慣れた手つきで、マキナは野草と野兎のスープを作る。今死んだ野兎を食べるのをイーリスにすれば複雑な気分だったが鍋から漂う匂いが鼻をくすぐりたまらず器を受け取った。

 堅い黒パンに焼いた肉と香草を挟んだサンドと一緒に食べると薄味に思えたスープも丁度よく感じた。

「くやしいけど美味しいわ」

「そりゃありがとう、シャル程じゃないがな」

 イーリスは黒髪のメイドを思い出しむっとする。

 確かにシャルティアの料理はとても美味しかった。故郷で食べたどの料理にもひけをとらない物だった。が、この料理も中々の物だろう。空腹はスパイス――違う。景色こそ最高のスパイスなのだろう。イーリスは門の外で食べる食事は初めてで、旅先の味というのだろうか簡素だったけれど満足感は一流の食事と並ぶものがある


「おい待て! あれを見ろイーリス!」

 マキナが指した先には人の集団があった。鎧やローブを纏った鎮伏者のパーティ。そして鎮伏者を囲うように鎧やチぇインシャツを各々に着こんだ集団が武器を向けている。獣人の群れだ。


 ――獣人。憎まれし民。邪神の落とし子。

 そして闇の王に率いられ対戦で殺戮を繰り返した種族。

 あれはその中でもゴブリンと呼ばれる種族だ。鍛冶や狩猟技術にすぐれ平地を住処とする習性ががあり、少数の部族を形成する。見た目は垂れた犬のような耳を持ち赤黒い肌に鎧を着込んでいる。イーリスのようなヒュムに比べれれば遙かに強い膂力を持つ。


 そして全ての獣人に通じる特徴として神の手で作り出されたイーリス達の光の民を強く憎むという習性がある。


 イーリスは獣人を間近で見るのは初めてだった。本来獣人たちは街の付近には近寄らないものだからだ。


 囲われている鎮伏屋たちは前後左右から襲い掛かるゴブリン達に、隊列を崩され実力を発揮できないままに押し込まれていく。


「イーリス!」

 マキナが叫ぶ。マキナはすでに背中にかけていた小銃を構えている。

 イーリスは声を受け丘を回り大回りに鎮伏者の方へ駆け出した。

 あのパーティーにヒーラーは居ない。マキナは治癒をイーリスに任せたのだ。

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