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ガラクタ山のマキナ(2)

 少年――マキナはたたみかけるように怒鳴った。言い合いじゃ負けた事の無い気の強いイーリスが一言も言い返せなかった。火の上がる前に水をかけられたように燻る気持ちでマキナを睨みつける。確かに勝手な事をしたとは思うが、第一ユリアスだって飛びついたけど何もされなかったじゃないかと頬をふくらませる。


「……そんないきなり攻撃されるなんて思わないじゃない」

 目を合わせずふてくされたように答えたイーリスをマキナは再び鋭く睨む。怒りで皺の入った額にはじっとりと汗が浮かんでいる。


「良いか見ろ!」

 マキナは勢いよく大男――デウスの身に着けているマントを剥いだ。

 イーリスはそれを見て息を飲んだ。マントの下は漆黒の鎧――この場合装甲板と呼ぶべきだろうか――を身に纏い。人ではありえない排気音を各部の間接から立てる。この音は火力船で聞いた排気音に良く似ていた。


 ――このデウスは、人ではなく機械だったのだ。


「コイツは――デウスはな、俺が登録した人間以外が触れば反撃するよう命令してある。当然だがお前もな。登録しようと思えばお前はひょこひょこデウスに近寄った」


「うっ」

 言い返せない。この館の主人はマキナであり、そのマキナの許可なく動き回ったのはイーリスだ。――目の前の少年が話に聞いたイメージとまったく違かったとしてもだ。まったく酒場に居た連中のせいで恥をかいた。


(あの鎮伏屋たち、今度会ったら覚えておきなさい)


「デウスに命ずる。この女――イーリスを二種に分類、以後警戒を解除」

 マキナがそう叫ぶと、デウスは構えたハルバートを背に掛け、マントを再び纏う。


 随分器用に動くものだと思った。今日見た機械兵にも驚かさせられたものだが、こちらはそれを遙かに超えていた。機械兵が糸で操られるように動いていたのに対しデウスは、外見以外は人間と大差無いと思える。


 戦闘においては――あの武器の振りを見せられれば遙かに先を行った力を持って居るのだろう。マキナに押し倒されていなかっった事を想像してイーリスは身震いした。きっと綺麗に両断されて躯を晒す事になっていたはずだ。


「個人をどうやって判断してるの?」

「あんたも僧侶なら解るだろう――」

「――イーリス」

 イーリスはぐいぐいとマキナに近寄ると上を向いたその鼻頭が触れ合わんばかりに近づけて 不機嫌そうに言い放った。


「あ?」

「あんたじゃなくてイーリスって呼んで」

 一度どん底まで押さえつけられ、緊張が解けたおかげで、イーリスは跳ね返りいつもの調子を取り戻す。両親が雇った家庭教師を五人ストレスで自主退職させたクライン家の令嬢の名は伊達ではないのだ。


「……イーリス。これで良いのか?」

 代わって今度はマキナがしおらしくなる。頬を林檎みたく染めてバツが悪そうにボソボソと名前を呼ぶ。こんな所に住んでるだけに異性に耐性が無いのかもしれない。そういえば案内される時も常に距離を取られた気がする。


 照れを隠すように反らす仕草は、整った顔についた煤と相まって、故郷の夜会に連れて行けば名家のお嬢様方は「あの粗暴に見えて純真なとこが素敵」だとか「悪戯っぽいあの小悪魔みたいな笑顔がたまりませんわ」だのと黄色い声を上げるだろうなとイーリスは思う。


「――ゴホン、僧侶なら魔素については習っているだろ?」

 マキナは咳き払いをすると仕切り直すように言った。

 イーリスは首を縦に振り肯定する。


 ――魔素。


 魔素とは自然界を漂うエネルギーだ。そして生き物は常に魔素を発していて、またそれは個人により質も量も異なる。優秀な魔法使いほど漂う魔素は濃く多い。そして魔法とは漂う魔素と己の中にある魔素を結びつけエネルギーを取り出す技を示す。


 イーリスが魔導師の両親からこのように教えられた。

 それゆえ生まれながら使える魔法はある程度決まってしまうとも。


「生物から流れ出る魔素は全て異なり同じものは存在しない――だな? デウスはその魔素を識別して俺らを見分けている」

 イーリスは息を飲む。魔素を読み取る機械などというのは初めて聞く。

 何故なら魔法と違い魔素はとても微小な物だからだ。


「機械兵もなのかしら?」

「あんな出来損ないとデウスを一緒にするな。魔法兵が居なきゃ只の人形さ」


「デウスはあなたが?」

「そうだ――と言いたいところだが、俺にもコイツの事は全て解るわけじゃない。俺が知ってるのは扱い方と、こいつがアーティファクトだって事だけだ」


 アーティファクト。神代の遺物と考えれば納得がいく。各地の遺跡から発掘されるアーティファクトは遙かに進んだ技術を持っていて、人智を超えた物ばかりだ。大地の先人への畏敬の念を込めて人々はその文明を神代と呼ぶ。


「質問は以上か? なら後の話は食事が来てからだ」


 デウスが座っていた椅子にマキナは座るとユリアスとアウラも続けて座る。足をぶらぶらと揺らしているユリアスにアウラは「はしたない」と叱った。


 デウスは部屋の隅に微動だにせず立っている。背後から感じる威圧感に居心地の悪さを感じながら、イーリスは背をピンと伸ばして椅子に腰かける。


 マキナとユリアスの他愛のない会話に耳を傾けていると、勢いよく食堂のドアが開け放たれた。シャルティアと呼ばれたメイドが両手を身体の前で合わせ丁寧なお辞儀をする。後から六つ足の付いた円盤型の機械が列を組んで入ってくる。イーリス達の所まで入ってくると器用に身体から腕のような物を伸ばし、料理の盛り付けられた皿を並べていった。


 足元に機械の集団が集まるのは些か不気味な物がある。イーリスはマキナ達のしたり顔を見て呆れてため息をつく。


(共和国流のユーモアについては学ぶ必要があるらしいわね)


 やがて料理が並び終わると機械達はそそくさと食堂から立ち去った。散り散りに出ていく様の方は中々愛嬌があるとイーリスは思う。


 機械が出て行ったのを確認するとメイドは食堂のドアを閉めイーリスの隣の席についた。


「シャル、ご苦労様」

「その一言で報われます」

 至福に満ちた表情でシャルティアは答える。


 メイド――使用人と主人が食事の席を共にするというのはイーリスからすれば驚きだった。イーリスの家にも使用人は居たが、食事の際は家族のみだった。


「使用人は彼女達だけ?」

 素朴な疑問だった。後で考えれば失言だったかもしれない。静まり返ったのに気付きイーリスはしまった心の中で呟く。


「シャルもルナも家族だ、この格好は本人達の意思だよ」

 シャルティアが恐悦至極と言った感じで頭を下げる。


「私としたことが早とちりしたみたいね、ごめんなさい」

 隣にいるシャルティアにイーリスは軽く頭を下げる。


「イーリス様は胸だけではなく頭もお口も軽いようですね?」

 シャルティアが「フッ……」と鼻で笑うと言った。


 さらっと酷いことを言われた気がする。いや相当酷いことを言われたんじゃないだろうか? 当のシャルティアは胸を見せつけんばかりに腕を組んでいる。


「……ふふふ」

 壊れたように笑うイーリス。ユリアスとアウラが怯えていたが気にしない。


「あら、そういうシャルティアさんは胸に頭の分まで栄養を吸われてしまったのかしら?」

 シャルティアの発言が口火を切り舌戦を始まる。イーリスは無い胸を張って言い返す。


「だいたい先程もマキナ様に迷惑をかけていたようではないですか。客人で無ければ今すぐ細切れにして、肥料にして差し上げたのに」

 「おーっほっほ」とワザとらしく笑うと立ち上がりシャルティアは、イーリスを見下す。


「……おい」

 マキナは座ったまま静止するが、二人とも聞いては居ない。


「こっちこそコイツに用が無ければ退魔してやるわよ淫魔ヴァンプ!」

 イーリスは立ち上がり掴みかからん勢いで罵る。

 言い合いはエスカレートして今にユリアス達に聞かせられない物になっていく。


「お前らおちつけ!」

「マキナは黙ってて!」

「マキナ様は黙っていてください!」

 静止に入ったマキナも般若の形相で睨まれ固まる。再び向き合った二人は「今マキナ様の事を呼び捨てに!」「何よ悔しかったら貴女もそうすれば良いじゃない」とどんどんエスカレートしていく。女の戦いは浅ましい物だ。


「――黙るのはどちらですか?」


 その場にいたデウス以外の全員がゾクリと身体を震わせた。氷を首に当てられるような感覚が走りピリピリとした空気が走る。この声はルナだ。マキナはほっと溜め息をつく。


「ルナ、しかし!」

「シャル、マキナ様の前ですよー」

 先程とはうってかわって朗らかにルナは言った。


 シャルティアはハッとしたようにマキナの方を見ると恥ずかしそうに俯いて席につく。

 イーリスもシャルティアが黙り込み戦意を無くしたのを見て不貞腐れた様に座った。


 そんな二人を見て、ルナは満足そうにニコニコと笑い、イーリスとシャルティアの向かいアウラの隣に座った。


「とりあえず全員揃ったな。食事にしよう……」

 マキナはふうとため息をつくと全員を順に見回してから合図をする。

『いただきます』

 マキナ、ルナ、ユリアス、アウラが言うと続けて不機嫌そうに残りの二人が続いた。


「成程、それで腕の立つ護衛が欲しくて酒場で聞いたら店主が俺の名前を出したわけだ?」

 マキナは果実酒をあおりながらカラカラと笑う。


 とどのつまりイーリスがはるばるアシュトンまで来たのは親との喧嘩が原因なわけだった。

 仮にも名家の令嬢、手塩にかけた娘が冒険者になると言えば反対するだろう。聞くところによればイーリスの親は法国では有名な冒険者だったという。それゆえ正面きって反対するわけにもいかず、アシュトンに渡り、北の鉱山を越えて法国側の国境の町まで来れれば認めるという無理難題を出した。


 北の鉱山には強力なモンスターが居て、採掘も共和国軍の精鋭か、ベテランの冒険者を連れて行う。とてもじゃないが新米の僧侶に越えられる道程ではない。


 しかしこのイーリスの性格だ、啖呵を切って出て来たのだろう。


「悪かったわねじゃじゃ馬で、受けてくれるのどうなの?」

 シチューを飲み込み、まだ不貞腐れてるのか不機嫌そうに答えた。


「地獄の沙汰も何とやらというだろ?」

 マキナはスプーンでイーリスを指して言った。暗に「金はいくら出せるのか?」と聞いているのだ。他の面々は香草の効いたシチューに舌鼓を打ちながら当たり障りのない会話に花を咲かせている。


 ――最もその限りではない者も居るが。


「金貨三十」

「――五十だ」

 マキナは間髪挟まず刺すように言った。

 イーリスの出せる金額の足元を見てるのだ。


「三十五、これ以上は出せない」

「経費込みで四十」

「その辺で手を打ちましょう」


 マキナとイーリスは向き合ってふうとため息をついた。交渉成立、握手を交わしてニコリと笑う。金貨四十。勿論安い値段ではない。イーリスはアシュトンまで客船で旅をしてきたが特に節制を考えないで金貨三枚。内の殆どが客船の費用だ。金貨三十枚もあれば節制をして暮らせば一年近く、普通に暮らしても半年は足りる。


「すぐに旅とはいかない。まずはイーリスには短期間で、旅の基礎と鎮伏屋の常識を叩き込んでやる。泣き言を言えばすぐに契約は反故だ」


「望むところよ」


 イーリスはふふんと鼻を鳴らした。

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