ガラクタ山のマキナ(1)
「ああそれならガラクタ山に行くと良い。マキナっていう腕のいい鎮伏屋が居るからソイツに仕事は頼め。おつむと正確には問題があるが滅法強い」
酒場の店主は現在地から目的地までが書き込まれた地図を広げた。
「成程ね、有難う。早速行ってみるわ」
トントントンとリズミカルに机を叩く店主。
イーリスは少し眉を潜めてから銀貨一枚を置く。
店主は満足したように微笑み頷くと、地図と一枚の紹介状をイーリスに差し出す。
「まいど」
イーリスが受け取ったのを確認すると店主は元の仏頂面に戻った。
酒場でイーリスがマキナという男について尋ねると皆、口々に語った。
「とんでもない力持ちだ」「それにあいつは素早い」「頭も回るし」「不思議な武器を沢山持ってる」「何でも身体が機械で出来てるらしい」
(聞いてると人間なのか怪しいわね)
聞けば聞くほどマキナという男の人物像が解らなくなる。
屈強な肉体で、且つ頭のキレが良くて、武器を沢山持ち歩いて……機械の身体というのは義肢の事を言ってるのだろうか? 義肢ならイーリスの故郷の法国でも何度か見た事がある。しかしあれは細くて頼りないようだった気がする。些か戦うには不都合がある気がした。
特別な義肢なのだろうか?
アーティファクトにそういう物があってもおかしくないと納得して、イーリスはうんうんと頷いた。
■
イーリスは初めて見る街並みに挙動不審になりながらも、市街区から工業区へと足早に歩を進めた。
工業都市アシュトン。
共和国領の主都で、三つの区画から成り立っている。
まず今イーリスが居る市街区、主に都市に住む人間の住居や宿屋、商店などが立ち並ぶ区画だ。目立った施設は許可を取れば誰でも店舗を開く事が出来る市場や、アーティファクトなどの珍品を扱う巨大なオークション会場などがある。
次に今向かっている工業区。
アシュトンの発展の中心であり、周辺の鉱山で採掘された鉱石を使い、多数の製品を生産する工場が並んでいる。鎮伏屋や兵士が使用する武器の多くはここで作られ火力船によりアシュトン港から多くの国に輸出される。
魔法が日常の中で道具として広く知られるこの世界で、アシュトンで作られる機械達はあまり知名度が高い物ではないが、この街を見た人間は皆、いずれ機械が魔法にすげ変わる日も遠くないだろうと口々に語る。
事実、イーリスも何度も驚かせられた。まずこの街から出ている蒸気船。一般的な帆船より遙かに早く進み、尚且つ風がなくとも動くという。イーリスの故郷の法国軍に魔導船という物があった。魔法兵が放つ風の魔法で追い風を呼ぶという物で、火力船に劣らない速度を持っている。しかし魔法兵には疲労という物があり交代しながらでも常に最高速というわけにはいかない。そして入国局には階段の代わりに上階下界に自由に移動するリフトや、警護する機械兵と呼ばれるゴーレムが居た。
どれもイーリスには魔法と見まごう技術に思えた。
閑話休題。
最後に執政区だ、この街の中央にある大統領府を中心として国議会、裁判所、中央銀行などが立ち並ぶ区画だ。主に政治に関わる施設が集まり、街に訪れた人はまずここを通る事になる。
鎮伏屋ギルドなどもここにあり、多くの依頼を持ち込む人間や鎮伏屋が集まる。
――工業区に入って十分程歩いたころだ、市街区の活気が嘘のように無い。町外れの廃棄場は閑散としていて、バラバラになった機械の部品、雑多な鉱石のボタ山がうず高く積もっていた。
ここにマキナという人物の館が有るらしいが、おおよそ人が住むような場所だとは到底考えられなかった。
付近の工場からもうもうと立ち上る煙で曇った空とあいまって灰色尽くめのこの廃棄場は不気味な雰囲気が漂っていた。
僧侶のイーリスがそういった物を怖がっていては仕方がないと思うのだが、神の加護が有ろうと、十七になろうと怖い物は怖い。
神経を尖らせ辺りを注意深く見回しながら歩いていると廃材の山が崩れる音がする。ビクリと肩を震わせ慌てて振り向くと、廃材の山を掻き分けて少年が姿を現した。外見から予想するにイーリスと同年代か
若干下と言ったとこだろう。
背の丈はイーリスより高い。髪は青みがかった黒色で雑把に切ったのをバンダナで邪魔にならないよう掻き上げている。つんつんと立っているその髪型と同じように吊り上った目が特徴的だ。
「ここに何か用かい女?」
まだ変わりきらない幼さの残る声だった。
そしてここにも外見と同じように尖りが見えた。
「『野兎の尻尾亭』の店主から此処に腕の良い鎮伏屋が居ると聞いたわ」
「何? あのオヤジから?」
紹介状を右手で差し出すと、少年は受け取り読み始めた。
「付いてきな館に案内するよ」
「あっちょっと待って」
イーリスは背鞄の留め金を慌てて止めて身軽に進む少年の背中を追いかけた。
■
館は廃材山に囲われるように立っていた。
ゴミの中でやけに綺麗に整えられたその一画は風景から随分と浮いていた門前には子供が二人退屈そうに空を見上げている。
「ユリアス、アウラ客だ!」
少年が声をかけると二人はびくっと気を付けの体制になる。
「サボってなんかないぜ兄ちゃん!」
「サボってなんかないですよ兄さん!」
異口同音に二人――ユリアスとアウラ――は少年にぎこちない笑みを向けた。
「じゃあ後で顔を洗っておくんだな。そんなでかでかと書いてあったらバレバレだ」
ユリアスが顔をこすりながらアウラに「取れたか」と尋ね、アウラが「最初っから付いてなかったよ」と首を横にブンブン振った。そんな二人を見ながらイーリスは微笑ましい気持ちになった。
「ご兄弟かしら?」
「良いや血は繋がってない孤児だ」
「あっ……そのごめんなさい」
イーリスは失言だったと謝罪する。法国には貧困街のような物があったが、そこには多くの孤児が暮らしていた。皆十年前の獣人戦争で家を焼かれ親を失った子供達だ。
「なんであんたが謝る。コイツらと俺の繋がりは血の繋がりより濃い、それを今あんたが証明してくれたんだ。兄弟に見えたんだろ俺たちが?」
少年はニッと笑みを見せると館の中へと入っていく。
「シャルー! ルナー居るかー!」
中に入ると大声で少年は大声を上げた。入ってすぐはホールになっていて、二階へ続く階段とざっと見ただけで八部屋ほど見えた。ホールには来客用の応接セットが置かれていてパッと見た感想は華やかさは無いものの、掃除の行き届いた綺麗な部屋だと思う。
「お呼びでしょうか?」
「お呼びです―?」
走らずに、それでいて足早にメイドが二人駆けつける。
「夕食の準備は?」
「既にできております」
黒いロングヘアーのメイドが機械的に答える。
「あんた食事は」
「へ?」
突然話を振られ気の抜けた返事を返す。
「食事はもう食べたか聞いたんだよ」
チクリと刺すように少年。
「まだ……だけど?」
イーリスは強い語調に押されるように口ごもる。
「そうかじゃあ食事をしながらにしよう、シャル準備を」
「畏まりました」
「ルナは湯の準備を、済んだら食堂に。」
「了解です」
「ユリアス、アウラ食事にするぞ!」
「やったー今日は何だろう!」
「私知ってるよシチューだった!」
皆が動き出す中イーリスだけが立ち尽くす。
「どうした?」
マキナという人物には何時会えるのだろうか? 最早成り行きに任せるしかないかもしれない。
「いえ、ごちそうになるわ」
「シャルとルナは料理の腕は一流だから期待してくれ」
通された食堂には大きな長テーブルが置かれている。端から端までに伝言ゲームができそうな立派なヤツだ。
最奥の上座にはイーリスより一回りどころか二回りは大きそうな人物が座っていた。恐らく立ち上がれば頭一つか二つ分くらいの差はあるように思えた。頭には兜を被り身体は大きなマントで覆っている。
少年の脇を歩いていたユリアスが駆けていき大男に飛びついた。
――この人物がマキナに違いない。
イーリスはそう考えた。酒場の男たちの言ってた事もつじつまが合うし納得がいく。
ユリアスが抱き着いても大男はピクリとも動かず為されるがままになっていた。その外見と相まって威圧感漂う男にイーリスは駆け寄った。
「あなたがマキナさんですね?」
恐る恐る話しかけたイーリス。
男は黙ったまま動かない。
「あの聞こえてますか?」
もう一言手をかけて話しかけたその時、眼前を突風が吹き抜けた。
体が後ろへと突き飛ばされる。少年が飛び込んでイーリスを押し倒したのだ。倒れる視界のなかで振り上げられた鉄塊が見えた。槍の矛先に斧が付いた武器ハルバートだ。大男が凄まじいスピードでその得物を振りぬいたのだ。
「なっ……」
イーリスが一気に血の気を引かせていると少年は吊り目をもっと釣り上げてイーリスを睨みつけると言った。
「コイツに不用心に触るなノロマ! 死にたいのか! あとマキナは俺だ、こいつは相棒のデウスだ解ったか! 死にたくなかったら不用意に触るな!」