店
「店仕舞い……何だって?」
「うん、今日で閉店。もうお終い」
私が問うと、彼女は平坦な口調でそう返した。その言葉には特に未練といった感情も込められてないようだったが、もう既にそんな感情とは決別していたのかもしれなかった。
私が彼女が店を畳むという知らせを聞いたのはつい昨日のことだった。たまに来ていた店が閉まると聞いて、最後に一度は来てみようと思ったのだが、どうやら閉店するギリギリの所だったらしい。知るのがあと一日でも遅れて居たら私は機会を逃していただろう。
そして、いざ来てみると店は閑散としていた。かつてはごちゃごちゃと雑多に品物が並んでいた筈の店内も、ほとんどが綺麗に片付けられてしまっており、僅かながらにガラクタが残るのみだった。そして、それもすぐに捨てられるような小物ばかりだ。
私はその様子に視界の端に捉えつつ、店主である彼女に向き直る。空いた窓から入り込む風が少し寒かった。
「随分とすっきりしたね」
「閉店セールをやったからね。そしたら意外と人が来たんだ。なんと開店以来売れる気配もなかったあの像も売れた」
そういって彼女は少しだけ笑った。釣られて私も口元を僅かに釣り上げた。
「閉店セール……やってたんだ」
「そ……そしたら一通り物が捌けて良かった。処分するのにもお金が掛かるしね」
彼女はそう言いつつ、つかつかと歩いて店の窓を閉めた。寒がっていたのが顔に出たのかもしれない。
しかし、と私は思う。ギリギリ間に合ったと思ったが、その認識は間違っていたのかもしれない。私は見回しつつ思った。
怪しげな絵画や変な模様の布が掛けてあった壁はもはやただのコンクリートとなっていたし、守護神のごとく鎮座していた変ちくりんな銅像達は何処かへ行ってしまっていた。棚で踊っていた面妖な小人達も、今や残された台座がポツンとあるだけだ。
雑多で怪しげな奇妙な店はもうそこにはなかった。
「ああ、そういえばこれあげる」
「ん?」
私がぼぉっとしていると、彼女が声を投げかけてきた。視線を向けるとそこには一羽の梟が居た。
木で出来た置物だ。翼を羽ばたかせた状態で変な瞳の形をしている。
「こいつはね、開店当時からずっとこの店に居るの。そういった物は閉店セールで一通り売れたんだけど、それでもこいつだけは残っちゃった。何か可哀想だから引き取って欲しいんだ」
要らないなら別にいいけどね、と語る彼女の口調は相変わらず平坦で淡々としたものだったが、心なしか先ほどまでよりトーンが低いようにも思えた。
私は梟を見た。変な瞳をしている。睨みつけているような、だが何も見ていないような、怒っているのか、悲しんでいるのか、まるで分からない奇妙で不可思議な瞳だ。
「いくらだい?」
「ん? ただでいいよ、別に」
「いや、払おう。そいつを貰うんじゃなくて買いたんだ、私は」
私はそういいながら梟から視線を外さなかった。これがこの店で最後の品物だろう。
なら、私はこの店最後の客になろう。
「良いかい?」
そう尋ねると彼女は薄く笑みを浮かべて、もちろんと返してくれた。
そうして私は梟を買い、店を出た。寒い風が吹いてきたが、気にならなかった。同時に彼女が私に告げた。
「ありがとうございましたーー」
今私の家に鎮座している梟は相変わらず奇妙で変ちくりんな瞳をして、どこかを見つめている。
どうやらそれは何時までも変わりそうになかった。