美味しい話は少し不安が付きまとう
やっとの事で1話だけ更新します
席が空いて、テーブルについた。
翔太はチーズとたらこ、餅の入ったお好み。
私は広島風お好み。
一緒にサラダと、鶏塩もんじゃ焼きを一つ追加した。
「おや?藤森さんではないですか?」
聞き覚えのある声に振り返ると、にこやかに笑った大木部長と小栗さんがいた。
「部長、小栗さん…。今お帰りですか?」
「ええ、ついでに食べていこうかという話になりましてね」
「そうですか…。お忙しいのにありがとうございました」
「いえいえ、藤森さんのせいではないので、お気になさらずに」
「そうだぞ、藤森さん。ちゃんと原因は解明するから安心しろ」
「はい、分かってます。信用してますよ」
「なら、いいんだ。っていうか、その子は藤森さんちの子か?」
「藤森翔太です! 6歳です!」
「俺は小栗修平。28歳だ。翔太のお母さんとは、一緒にコンビ組んで仕事してる。それと、昔からの知り合いだ」
「え、そうなの?」
「そうなんですか?」
「…はぁ…まあ、そうです…」
「ちなみに翔太。俺は藤森さんに猛アピール中なので、よろしくな」
「え、ちょっと何言って…!」
「事実だろ?」
「だからそれは…」
「いいんじゃない?」
「は? 翔太?」
「もう僕のおとさんは出てっちゃったし、もういないんだからさ。おかさんがいいんなら、いいんじゃない?」
「…ふむ…翔太君は賢い子ですね」
「ありがとうございます! おかさん、やった。僕褒められた!」
「ああ…そう…ね」
部長たちはちょうど空いていた隣のテーブルに腰を下ろし、注文を済ませる。
二人して二枚ずつと、サラダ、イカ焼きなどを頼んでいた。
「美味しいねぇ。おかさん」
「そうね、美味しいね」
ニコニコ笑いながら、どんどん食べていく翔太。
最初に出てきたもんじゃ焼きを食べた後、今は自分の選んだお好み焼きに舌鼓を打っているところだ。
サッカーを始めてから、食欲がぐっと増えた。
だからか、小ぶりなお好み焼き1枚位じゃ足りなくなっている。
隣の席に座っている部長も小栗さんも、にこやかに翔太を見つめている。「翔太、今度俺とサッカーやろうか」
「え? やった事あるの?」
「あったりまえだろう? 俺は小学校から大学まで、ずーっとサッカーやってたんだぞ?」
「すっげー! じゃあ、いっぱい教えてくれる?」
「ああ、いいぞ?」
「やったぁ! サッカークラブじゃ、まだ遊びみたいなことしか出来ないからさ、僕物足りないんだよー」
「じゃ、目一杯しごいてやるよ」
「それはやだ」
「ああん? 腑抜けたこと、言ってるなよ?」
「僕、まだ子供だもん」
「おい、藤森さんよ。どんだけひ弱にするんだ?」
「別にひ弱じゃありませんけど?」
「サッカーですか…。そういえば、Jリーグのチケットを三枚貰ったんですが。藤森さんと小栗君、翔太君を連れて行ってきたらいかがですか?」
そう言うと、部長はバッグの中を漁りだした。
「ああ、あったあった。来月の試合ですね」
「わぁ! 僕行きたい!」
「じゃあ、翔太君どうぞ。お母さんと小栗君に連れて行ってもらいなさい」
「ありがとうございます!」
「部長…すみません。でもよろしかったんですか?」
「ええ、うちは娘ですしね。一緒に行ってはくれませんから、元々どなたかに差し上げるつもりだったので」
「申し訳ありません。ありがたく頂戴します」
「じゃ、俺も一緒に行かせてもらいます。いただきます」
「いいえ、楽しんできてください」
小栗君と行くというのにはちょっと引っかかりを感じるけれど、嬉しそうな翔太の顔を見ていたら何も言えなくなった。
サッカーの試合なんて、父親には連れて行ってもらった事はない。
勿論、一緒にボールを蹴った事すらない。
それを小栗君がやってくれるという…。
ありがたいのだけれど、どこか複雑な気分だった。
お会計は、気前よく部長が全部払ってくれた。
「すみません。御馳走様でした」
「ご馳走様でした!」
「翔太君、美味しかったですか?」
「はい! すっごく美味しかったです!」
「それは良かった。では藤森さん、気をつけて帰ってください。僕たちは一度帰社しますので」
「はい、ありがとうございました」
「では、また明日」
「お疲れ様でした」
二人が乗ったトラックが駐車場を出て行くと、私は翔太と手を繋いで歩き始めた。
家に着くまで、翔太は終始ご機嫌で、部長に貰ったサッカーの試合が楽しみだと、しきりに言った。
そして、小栗さんが約束してくれたサッカーの練習も、凄く期待している様子が伺えた。
翔太には聞こえないように、小さく溜息をつく。
このまま小栗さんの罠に嵌っていってしまうようで、少しだけ不安があったから。
でも自分が気持ちをしっかり持っていれば、きっと大丈夫。
そう思い直し、翔太の手をぎゅっと握り締めた。