トラブル 1
翌日から、毎日毎日不慣れな仕事が増えて、そのための勉強も増えていく。
特に増えたのが、クローゼットに関しての事。
カタログ、説明書など持ち帰るだけでなく、資材のクローゼット部門の人に聞いたり、設計部門の人にも聞いたりした。
ただ、小栗さんにだけは問い合わせる事をしなかった…。
今のところ困る事がなかったからでもあるけれど、彼に関わるのが不安だったせいもある。
何かと頻繁に連絡を取れば、彼に期待を持たせる事にもあるだろうし、それに社内での自分の勤務環境を保つためでもあった。
これは先日ランチの後で、彼に気があるのだろう女子社員たちに睨み付けられたことに起因する。
今回は睨み付けられただけですんだけれど、これが業務妨害とかにまで発展することだってある。
私はそんな事に関わっている暇はないんだ…。
翔太を守っていかなくちゃいけないんだから…。
「はい、藤森です…」
午後に入り、データ入力を行っていた時にかかってきた電話は、小栗さんだった。
内外線ではなく、直接携帯に…。
営業と組んで仕事をしている者に限り、私たちは社内でも携帯を使えた。
ただし、学校や学童からの連絡は、会社宛にかけることになっている。
「小栗です、おつかれ。ちょっとトラブルがあってね、面倒かけるけどチェックしてくれるか?」
「はい。なんのトラブルでしょう」
「一昨日Sホテル建築分で発送してもらったクローゼットがね、色とサイズが違うんだよ」
「え? ちょっとお待ちください。伝票をチェックしてかけ直します!」
小栗さんから聞かされた配達されたクローゼットの色とサイズをメモし、一昨昨日と一昨日の控えの入力伝票をチェックする。
10数分かけて探し出した伝票をチェックすると、メモと見比べる。
更に受注時のノートもチェックする。
「…違う…。私が受注を受けたものじゃない…」
ノートも入力伝票も、間違いなく私が受注を受けた正規の色とサイズ。
「あの、部長。ちょっとよろしいですか?」
伝票とメモ、ノートを持って、このトラブルの概要を説明する。
「先ほど小栗さんから、受注の品物が違うと連絡がありまして。ただ、こちらの案件は私が入力まで行っているので、受注のものと間違えるはずがないんです…」
「それが違うものが届いていると…」
「はい。納品書の内容は色とサイズが違っているだけで、間違いがないとのことでした…」
「ふん…おかしいですね。ちょっと倉庫のほうの伝票も探してきていただけますか?」
「かしこまりました、すぐに探してまいります」
「うん、お願いします」
部長に一礼すると、私はすぐに倉庫へ駆け出した。
「マキさん!大変です!」
息を切らせて倉庫へ駆け込んできた私を見て、マキさんがぎょっとする。
「な、なんだ? なんだぁ?」
「一昨昨日と、一昨日出荷した伝票、見せてください!」
「ああ? 納品ミスかぁ?」
「受注を受けて入力したまでは、受注通りなんです! なのにお届けしたものがまったく違って…」
「なんだ? 伝票でもすり替わったとか言うのか?」
「そうは言いません。でも原因解明しないと…」
「ま、そりゃ当たり前だ。伝票は送り状と一緒に、そこのファイルだ」
そう言うと、倉庫の片隅にあるスチールラックを指差した。
「ちょっと探してみます。場所、お借りします」
そう言うと、片隅のデスクで伝票をめくりだす。
「あった…」
「あん? どれだ?」
「これです…」
「何かおかしいところは?」
隅々見てみると、打ち込みをした時間が、私の持っている伝票と違う。
「入力時の時間が違います…。あと、伝票番号も」
「そりゃ…お前…。誰かが関わってるってことか?」
「…分かりません。でもすぐに戻って、部長と小栗さんと話してみます」
「おう。正規の物のほうはここにあるからな。すぐに対応してやる」
「ありがとうございます。この伝票だけお借りします」
急いで資材部に戻ると、部長に報告し、小栗さんに連絡をつける。
「おう、どうだった?」
「はい、受注時のノートも入力伝票も、間違いなく正規の商品で間違いはありませんでした。ただ…」
「ただ?」
「…倉庫のほうに回った伝票が、最初の伝票と時間も伝票番号も違ってまして…。今、部長とも話していたんですけど、改竄された可能性も捨てきれないと…」
「改竄?」
「ええ…その通りです。ただ、商品のほうは、マキさんが確保してくださってますので、すぐに配送可能です」
「そう、分かった。とりあえず、こっちの責任者に事情を話して、すぐにそっちに戻るから」
「かしこまりました。こちらももう少し調べてみます」
「ああ、そうしてもらえるか? じゃ、また後で」
すぐに部長と打ち合わせをし、合間合間で受注を受ける。
そんな中で、どうしてこんな事が起こったのかを考える。
もしこれが、誰かの心無い仕打ちなのだとしたら…。
いったい誰が、なんのために?
必死で考えてみるけれど、一向に思い浮かばなかった…。
小栗さんが帰社してきたのは、16時を少し回った頃の事だった。