閑話 10年愛2 ~Syuhei~
「…辞めた?」
「ええ、蓮見さん、先月だったか実家でご不幸があって…退職されたんですよ」
知り合った頃暮らしていた部屋は、就職する時に借りたといっていた。
だから実家なんて…聞いたことがなかった。
転勤したとかだったら、どこの店にいるのか聞けばいいだけだ。
だけど、個人的な事を聞いたって、教えてもらえるはずもなく。
携帯にかけてみても、現アナ(現在使われて…っていうアナウンス)のみ。
当然メールも戻ってくる。
「綾子…どこに行った…?」
それからはゼミとバイトの合間に、綾子を探した。
でも闇雲に探しても、見つかるはずもなく。
擦り寄ってくる女達の中で、綾子の面影だけを探して、似た髪形、背格好、声…そして同じ鈴蘭の香り…そんな女だけを選んでは関係を持った。
なにか一つ、綾子に似ていると感じたら、追い払いもせずに手元に置いた。
けれど、家にだけは呼ぶ事はしなかった。
彼女面したら直ぐに、手を切ったりもした。
俺にとって必要だったのは、綾子だけだったから。
「なんで…忙しいとか言って、連絡も取らなかったんだろうな…。バカだな、俺って…」
就活は東京だけに絞った。
地方に行ったら、それだけで綾子との繋がりが見出せない気がしたから。
「母さん? うん、TAJIMAに決まったよ。うん、部屋を借りようかと思ってる」
就職先が決まり、卒論も早々に提出して、部屋探しをした。
卒業までに、今まで手元に置いていた女とは手を切った。
泣いて縋られたけど、もう興味はなかった。
これからの俺は、綾子をまた手に入れた時の為の基盤を作る事に専念するつもりだったから。
配属先は営業部。
がむしゃらに働いて、ひたすらに貯金をしていった。
必要最低限しか、給料は使わなかった。
就職しても、やっぱりまとわりついてくる女達はいたけれど、今回は特にそばに置く事はしなかった。
逆に放っておいただけで、相手にもしなかった。
頭にあったのは、綾子の事だけだった。
「小栗。お前の担当のフォローな、資材部の中途採用の人がやるらしいぞ」
「中途採用? 変な時期に入ってくるんだな」
「ああ、なんか訳ありらしいよ。でも結構綺麗なお姉ちゃんらしいぞ」
「女なのか?」
「おお、そうそう。うらやましいヤツ」
部長からもその話が来て、藤森って名前だけは聞いた。
そんなに顔を合わせる事もないだろうけど、頭にだけは入れておこうと思った。
「小栗君、すまん! どうにか早急に手に入らないか?」
取引先の中でも最大手の企業の担当、安井さんが頭を下げてきた。
発注漏れしたドアハンドルがあったらしい。
しかも初期に発注してあってあたり前だったらしい。
「本体はあるはずなので、うちの資材部に連絡をお願いします。俺も直ぐに戻って、加工出来次第、搬入する手筈を整えますから」
「すまん、助かるよ」
すぐに帰社し、倉庫に駆けつける。
「マキさん、資材から連絡入っただろう?」
「ああ、なんかめちゃくちゃな話だけどな。仕方ない、何とかする」
「すまないね、じゃあ俺はちょっと部長に報告してくるから、また後で来るよ」
急いで営業部に戻り、PCをあける。
社内メールで、件の藤森っていう女性からのメールが来ていた。
内容を確認し、部長に報告も済ませると、資材部に内線をかけた。
「はい、資材藤森です」
「営業1課の小栗です。安井さんの件なんだけど、今いいかな」
「あ、はい。お待ちしておりました。安井様の指示に基づきまして、工場のほうで準備をしていただけるようにはしておりますが」
「うん、マキさんにも確認した。ありがとう。それで、至急納品用に伝票とか新規カタログも4・5冊用意して欲しいんだけど」
「かしこまりました。では今から立ち上げますので、15分ほどでお持ちしますが」
「うん、それでいいよ。じゃあ、工場のほうに持ってきてくれるかな」
「かしこまりました」
「うん、よろしくね。俺これから工場に移動するから、何かあったらこっちに回して」
「はい、では後ほど伺います」
それだけの会話だったけれど、どこか懐かしい声だった。
懐かしい…うん、綾子の声に似てるんだ。
もう10年聞いてない、愛しい人の声。
どんなに愛しくても、記憶の中の声が薄れてきてしまっていた。
「すみません、お待たせいたしました!」
マキさんとあれこれ話している時、背後からさっきの女性の声がした。
電話を切ってから、ほぼ15分。
きっちり時間を守るあたり、まじめに取り組んでくれているんだと判断した。
「急がせて悪かったね。ありがとう、藤森さ…ん…?」
「え? あ? 嘘!」
そこに藤森と名乗って立っていたのは、紛れもなく綾子だった。
約10年振りの再会だった…。




