閑話 10年愛1 ~Syuhei~
「お姉さん、こっちどうかなぁ」
「修平君には、こっちの色のほうが似合うわよ?」
「そう? じゃあ、そっちにしようかなぁ」
俺がまだ高校2年生だった時に知り合った綾子は、行きつけのショップの店員だった。
バイトかと思ったら…まさか19歳の2つ年上だとは気付かずに、ナンパも兼ねて声をかけたのが始まり。
休憩に出たところだったらしく、1時間弱と短いランチタイムをなんとかゲットした。
一緒に食事して、なかなか連絡先は教えてくれなかったけど、週に5日は店にいることだけは分かった。
その頃の綾子は、ショートカットのアクティブな女の子だった。
よく笑う、話していて飽きなくて、楽しくて…。
しかも化粧もナチュラルで好感が持てた。
いつも鈴蘭の香りのフレグランスをつけていた。
めちゃくちゃ美人って訳じゃなかったけど、会う度に店先から手を振ってくれる綾子に、俺はすぐに夢中になった…。
「修平君、もうすぐ受験生だねー。進路は決めてるの?」
「え? ああ、俺、工業とか建築の方面に行きたいんだよねー」
「じゃあ、将来は建築家?」
「いや、家作ったりとかじゃなくていいから、建築に係わる仕事がしたいと思ってるからさ」
「そっかー。偉いね。あたしはなーんにも考えないで、高校出て直ぐに就職したからなぁ」
「やりたい事、なかったのか?」
「うん、なーんもなかったよ。どうしても行きたかった学校じゃなかったし、目標も持てなかった…」
「まあ、これから目標持てばいいんじゃん?」
「そだねー。とりあえずは、頑張っていい仕事して…上を目指すことにしようかな」
「おお、いいんじゃん? 蓮見店長って呼ばなきゃな、そん時は」
「あはは、呼んで呼んでー」
たわいもない会話で笑いあって、仕事が休みの日には俺が学生だったし、ごく近場で金のかからないデートをして…。
指を絡めた恋人繋ぎで歩いて、時々啄ばむようなキスをして…。
そんな日がずっと続くって思ってた。
3年の夏になって、周りが受験一色になってきて、俺も予備校が入ったりして、ちょっとずつ会う頻度が減ってきていた頃。
綾子はちょうど店のスタッフが変わった事と、売り上げも上昇してたこともあって20歳になったばかりで副店長に昇格していた。
責任に伴って残業も増えたし、店長だっていう男の拘束も酷かったらしい。
管理がしっかりしていないから売り上げも落ちていると、顔を見るたびに表情が曇っていく。
結局その店長のスタッフや顧客へのセクハラが発覚して、そいつは倉庫送り。
店も建て直すために、スタッフは総入れ替えにすることが決まったのは…ちょうど俺の受験の頃だった。
「修平? 勉強、頑張ってる?」
「もちろん。第一志望も余裕だぞ。綾子は?」
「うん、転勤が決まったー。ちょっと遠くなっちゃう…」
「そっか…どこに転勤なんだ? 今の家から通えるんだろ?」
「…ううん。ここからじゃ…通勤は難しいから、向こうに部屋借りなくちゃ無理かも…」
「そんなに遠いのか?」
「うん…」
「そっか…俺もバイトするし、金貯めて会いに行くから…」
「うん。あたしも会いに行くね」
「連絡しろよ?」
「うん、修平もちょうだいね?」
「綾子…」
「ん…?」
「綾子が大好きだ…」
「うん、あたしも修平が大好きだよ」
「ずっと一緒だからな?」
「離れてても?」
「当たり前だろ? 離れてたって、俺達は変わらないから」
「修平…ありがと…」
センター試験を終えた頃、中途半端な季節だよねって言いながら、綾子は引っ越していった。
引越し前夜は、朝までずっと一緒にいた…。
綾子との夜は、祈りにも近いものだったと思う。
物理的には離れてしまっても、心は繋がったままだって信じていたかったから。
無事に大学に入学して、バイトも決めて、綾子と度々連絡を取りながらの毎日。
結局建築専攻を決めて、日々の課題やゼミのレポートでてんてこ舞いになって、俺は気付かなかった。
…最近は忙しさにかまけて、綾子とまったく連絡を取っていなかった事に。
「あれ? 着信あったんだな…」
その着信に気付いたのは、綾子と連絡を取らなくなってから4ヶ月ほどした頃。
留守電は特になかったけれど、綾子からのものだった。
かけなくちゃって思いながら、帰宅するとそのままベッドに直行、朝シャワーを浴びてゼミに…っていう毎日だった。
大丈夫、綾子なら待っていてくれる。
そんな奢りもあったのかもしれない。
夏期休暇に入った頃、俺は綾子の暮らす街へ出向いた。
そして、待っていてくれると奢っていた自分に、嫌悪した…。




