ばいばい、和花
お待たせしました
里美さんが収監されてから2ヶ月。
隆弘はなんとか意識を取り戻し、リハビリに励んでいる。
翔太のことがあるから、今回は実刑になる可能性が捨てきれない事も正直に話した。
「藤森さん、あなたは翔太を本当に愛せなかったんですか? もしそうなら、里美さんが戻るまでとはいえ、あなたに和花を渡すのは忍びない…」
「…あんな風に綾子と翔太を捨てた俺には、反論する資格なんてありません。それでも、綾子を愛していたから結婚した…。翔太が産まれた時も、嬉しかったのは嘘じゃない。でもいつからか気持ちがすれ違っていったように…思います…。」
「…綾子の気持ちが、俺には向いていない…そう感じることが増えてきたんですよ。それに耐えられなかった…」
「…誤解よ…。誰にも頼れないまま、慣れない育児をしていたんだもの…」
「……すまない…」
「綾子と翔太に申し訳ないと思うなら、里美さんを待って、和花をちゃんと見てやって欲しい…」
「そうね、和花ちゃんは、あなたの子だし…翔太の妹なんだから…」
「翔太の…妹…?」
「そりゃそうじゃない? 母親は違うけど、父親は同じだもの」
翔太の妹…そう呟くと隆弘は黙り込んでしまった。
二人とも自分の血を分けた子供だと言うのに、そんな感覚がなかったように見受けられた。
暫く黙ったまま考え込んでいたため、私達は次の言葉を待つことにした。
どの位待ったのだろうか…俯き加減だった隆弘が顔を上げた。
「里美を…待ちます…和花と…」
「…苦労するかもしれない。まして、あなたを襲った連中はまだ捕まってないからね」
「それでも、実家からも見放された里美が帰ってくるのは、俺と和花のところだけだ。綾子と翔太には悪いことをしたと思う。でも…今は君がいてやってくれる…。それなら俺は、里美を受け止めてやれるし、そうしたいと思う…」
「うん、そうね。私達には修平がいてくれる。だから…和花ちゃんと里美さんをお願い…」
「ああ…。ありがとう…それから…すまん…」
「もういいわ、お互いに歩み寄りが足りなかったのよ。だからその分、二人をちゃんと見てあげて?」
「分かった…」
「あ、それから。翔太の養育費は、要りません。その分は、和花ちゃんに使ってやってください。これからが物入りなんですから」
「いや、でも」
「いいわよ、こっちは二人で働いているんだもの。特に必要ないわ」
「……」
「まったく…ありがとう、助かるよって言えないの?」
「お前って…そんなタイプの女だったのか? 俺と一緒にいた時は…そうじゃなかった」
「綾子は昔から、こうでしたよ。お互いに顔色うかがってたんじゃないですか?」
「…そうか…そうかもしれないな…」
暫くして、和花を引き取りにやってきた隆弘の顔は、今までよりもすっきりとして見えた。
なんとか認証保育園ではあるが、預けることが出来ることになったらしかった。
ただし勤務先はこの一件のせいで、勤務し続けられなかったようで。
それでも退院後直ぐに就活したらしく、なんとか就職にこぎつけたという。
「それがな…綾子の上司の大木さんっているだろう? 彼が口利きをしてくれたんだ…」
「え? 大木部長が?」
「ああ、それは俺も聞いてた。退院直前に病院を訪ねて、直にオファーしたらしい」
「そう…それで? どこに決まったの?」
「…TAJIMAの資材部だ…」
「…は?」
部長…暗躍しすぎではないですか?
隆弘は前職で、そこそこ使えると言われており、データ処理能力がかなり高かった。
そこを人員補充を含めて、大木部長が動いていたのだと思われる。
「同じ会社で、やりにくい部分はあるかもしれないけれど、よろしく頼みます…」
そう言うと、片手で和花を抱き上げ、もう片方の手で荷物を持った。
そして、ふと黙ったまま立ち尽くしていた翔太に目を向けた。
「翔太…」
「何?」
「ごめんな…」
「うん…」
「また和花と…遊んでやってくれるか?」
「当たり前だよ…僕の妹なんだから…」
「…ありがとう…」
荷物を車の助手席に入れ、後部座席のチャイルドシートに和花を乗せると、自身も乗り込んだ。
そして頭を下げ、ゆっくりと車を発進させた。




