不憫な思い
管理人さんのところで子供を引き取り、最寄の警察署へ連絡を入れる。
小学生の子供もいるため、出向くことは困難であると伝えた。
すると、2時間ほど後でいいのであればこちらに来てくれると言うので、それでお願いをする。
急いで夕飯の買い物と、引き取ってきた子供の衣類やミルク、哺乳瓶、それとオムツやお尻拭きを購入する。
生後まだ1ヶ月になるかならないかの小さな子は、抱きかかえている私の腕の中でよく眠っていた。
信号で車を止める度に覗き込む修平の、その子を見る目に不憫に思っている事が判る。
自宅に到着すると、翔太にも手伝わせて荷物を運び入れた。
子供は大人の寝室のベッドに寝かせ、急いで夕飯の準備に取り掛かる。
「翔太ぁ、その子が泣いたら教えてねー」
購入してきた食品を冷蔵庫に入れながら、翔太に声を掛けた。
「うん、判ったー」
翔太にとっては珍しい生き物に感じるようで、じっと眠っている様子を見守っていた。
きっと修平との間に子供が出来たら、こうやって見守ってくれる兄になるのだろう。
今回はいつまで預かるのかすらも判らない、気の毒な子供にですらそうなのだから。
予定の1時間を少し越えた頃、刑事2名と共に連絡をした弁護士が一緒にやってきた。
ちょうど夕飯の準備も終えて、急いで食べてしまったばかりだった。
慌てて食器をさげて、お茶の準備をする。
「この子ですか…置き去りにされたと言うのは」
「そうです。メモもこちらに…」
「…この子の両親には心当たりがあるってことですね?」
「ええ、時期的に考えると、離婚した元夫の藤森隆弘と、関係を持っていた女性の誉田里美さんだと思います」
「間違いないですか?」
「離婚前にも揉めましたし、その頃妊娠していましたから」
「そうですか…」
隆弘に連絡がつかないこと、里美の連絡先は知らないこと。
隆弘の勤務先にはまだ何も伝えていないし、電話も掛けていないことを告げる。
ただし、何か知っているかもと隆弘の実家にはかけたが、話にならなかったことも告げた。
「そうですか…では誉田さんのご実家は私の方でお調べしましょう」
弁護士の和久先生がそう申し出てくれた。
「和久先生…」
「大丈夫。悪いようにはしません」
「じゃあ、弁護士先生。何か判ったら、こちらにもお知らせください」
「承知しております」
「蓮見さん、この赤ん坊ですが…」
「判っています。明日、健康状態を診てもらって来ますが、状況が変わるまでは保護しますから」
「そうしてもらえると助かります。じゃあまた…」
その日はそれで話は終了し、刑事と和久先生は帰っていった。
「ねえ、おかさん?」
「何?」
「この子、名前は?」
「名前?」
「うん、そう」
ミルクとお風呂、着替えを済ませるとおとなしくまた眠っている子は、女の子だと判った。
けれど、置いていかれた時のメモには、名前は書かれていなかった。
でも【あの子】【その子】とかじゃ呼びにくい…。
「…里ちゃん。うん、さとちゃんって呼ぼうか」
「さとちゃん?」
「…多分この子のお母さんは、誉田里美さんだから…」
「…じゃあ、おとさんの赤ちゃん?」
「そうね…」
「そっか…」
「腹が立つ?」
「ううん。僕のおとさんは、今は修平おとさんだから」
「うん…」
にこやかに私を見上げる目には、苛立ちや恨みの念は見受けられなかった。
「じゃあ、少しの間かもしれないけど、お世話手伝ってくれる?」
「うん、いいよ」
「ありがとう、翔太」
様子を翔太の背後から、優しい目で見守る修平がいた。
翔太は、自分を害したことのある誉田里美の子供であろう【さとちゃん】の世話を、自ら率先して行ってくれた。
オムツは無理だけれど、ミルクを飲ませるのは僕がやると言い張る。
仕事の間は前のマンションの管理人さんが、帰宅後は手分けして世話をした。
幸い、身体のほうは健康そのもので、問題は見当たらなかった。
おそらく、生後1ヶ月程度だと思われるとの事だった。
隆弘や誉田里美の状況がわかったのは、それから直ぐの事だった…。




