集中…
「お待たせしました」
コーヒーを持って小会議室に入る。
すると、準備をしていた小栗さんが振り返ってほのかに笑みを浮かべる。
「ああ、ありがとう。」
2人でだといっても、一から資料を見直すには結構時間を要するわけで。
杉さんに渡された元のデータをつき合わせながら、チェックを進める。
数箇所、小栗さんからの指摘で修正する箇所はあったけれど、資料の方はほぼ問題なく仕上がっていて安心した。
資料を手直しした分、パワーポイントも修正が必要で、私にはこちらの方が困難を極めた。
実はパワーポイントを扱うのが、少しだけ苦手だったりする。
なんとかデータを作りはしても、時々修正が必要だったりするのだ。
杉さんはいつも直前にデーターを渡してきていたので、チェックして修正箇所があると文句を言われたものだ。
「杉さん、いつも直前にデータを渡してただろ? チェックとかはしてたか?」
「んー…チェックは多分してたとは思うけど。でもミスがあるのに気付かなくて、プレゼン最中に恥をかいたとか文句言われた事はあるわ」
「それってチェックしてなかったって事か?」
「していても、多分スルーしちゃってたんだと思う。いつも大量に突然渡されてたから、杉さんのプレゼンとかの前日は殆ど眠れなかったわね」
「お前の前についてた人もそうだったよ。やる気があるのかないのか…そのくせ今回は、俺がお前を使いすぎるからだとか言ってたけどな」
「それでもデータを寄越す時間はいくらだってあったと思うわ」
「そうだよ、いつもそう。だから閑職に飛ばされるんだ。首にされないだけましだ」
「私が社長なら、雇っておかないけど…」
「俺だってそうだよ。でもまだマシだった時もあるからな、その頃を思い出せって事なんじゃないかって思ってる」
「そう…」
異動でそれを思い出せるならいいけど…逆に今の状態なら会社を飛び出しかねないって思う。
そうならないで、初心を思い出してくれたらいい。
「まあでも、多分杉さん…辞めちまうだろうな」
「え?」
「色々と裏事情もあるみたいだからな、あの人」
「…」
その後は黙々とチェックを進める。
多分眠くて仕方なかったんだろう時間帯に作ったと思われる箇所は、小栗さんが「やっぱチェックして正解…」と言いながら直してくれた。
「すいません…」
「仕方ねぇよ…」
そんなやり取りを何度か繰り返し、チェックを済ませる。
そして再度詳細を頭に叩き込むべく、2人で資料とのにらみ合いを続けた。
コンビニでぱっと食べられそうなものを2人分買い込み、小会議室に戻ったのは休憩時間に入るほんの少し前。
何とか頭に叩き込み、必要部数の資料を準備し終わったのは、もう相手先に向かわなければならないだろう時間までぎりぎりのところだった。
この難題を私達に振った張本人の部長は、午前中に別件で外出し戻ってきたばかりだった。
「2人共、準備は出来ているか?」
「ええまあ、一応頭に叩き込みましたよ」
「自信はないですが…とりあえず」
「藤森は小栗のサポートをしてやってくれればいい。私も出来る限りサポートする」
「先方はこんなに急な代打で大丈夫ですか?」
「急な異動でと、私から連絡を入れてある。それに藤森がサポートで残っているし、それを知ってくれているから問題ないと言って下さった」
「私…ですか?」
「そうだ。いつも丁寧な資料を作ってくれている人がサポートについているなら、心配要らないだろうと」
「そうですか…それなら藤森の分も頑張らないといけませんね」
そう言うと、私の肩を軽く叩く。
そして昔と変わらない笑顔で私を見た。
「ほう…小栗もそんな風に笑えるのか」
「は? 俺だって笑う位しますよ」
「いや、お前がそんな風に笑うのは初めて見たな」
「そういえば職場では笑っても…目が笑ってないわ、小栗さん」
「…ていうか、こんな話してる暇あるんですか? 部長…」
「ああ、いかん! 急いでくれ!」
資料と荷物を持って、駐車場へ急ぐ。
そして部長の乗る車について、一緒に乗り込んだ私達も車を出す。
「お前、殆ど寝てないからしんどいだろうけど、あと少しだけ頑張れ」
「大丈夫よ」
「顔色があんまり良くないんだよ。今日は俺が飯作るから、帰ったらゆっくり寝てろよ?」
「…また来るの?」
「毎日でも行きたいんだけどな。とりあえず今はプレゼンに集中しよう」
「はい…」
データの入ったタブレットを抱え直し、頭の中でプレゼン中の補佐としてやらねばならないことを、色々とシュミレートし始めた。




