支えたいという想い
「おかさん、おかさん! ねえ、なんで? なんで小栗のおじさんがいるの?」
「それはお母さんが聞きたいところよ。それより早く食べちゃいなさい」
「ねぇ、おじさん!なんで今日はいるの?」
「んー? そうだなぁ、一つは綾子と翔太と3人で朝飯を食いたかった事で。もう一つは…殆ど仕事で寝れていなかったはずの綾子を、迎えに来たってところかな」
「えー! おかさん、寝てないの?」
「ちょっとは寝たけど…」
「どうせ1・2時間の仮眠だろ?」
「…それでも少しは寝たもの…」
「そんなの寝た内には入らないだろ。杉さんがもう少しキリキリやってくれれば、まだいいんだけどな。一気に渡して、明日までとか普通は有り得ないんだよ」
「でも杉さんって、いつもそんな感じで…」
「だからだめなんだって話。いつも人任せだからな」
「そうなの…?」
「ああ、杉さんの相棒はそれでいつも続かない。お、翔太。ほら、ぽけーっとしてんな」
「あ、はい! 歯磨きしなくちゃ!」
「おお、偉いじゃんか。虫歯になったら困るしなぁ」
「そうなんだけどね、今日は学校で歯科検診があるんだよ。いい歯だとね、バッヂが貰えるんだ! 僕、それが欲しいんだよ」
「へえ、そうなのか! じゃ、しっかり磨いてこいよ?」
この頃、朝晩としっかり磨いているのは、そんな理由もあったのかと苦笑する。
でも小学校入学まで、フッ素の塗布と検診に通っていた歯医者では、今まで問題があった事はない。
だからきっと大丈夫だと思うんだけど。
そう小さい声で話すと、小栗さんが笑う。
「それでも欲しいんだろ? 自分はきちんとやってるんだって、自信持って見せ付けたいんだろ…。父親がいないことで、色々言うやつもいるだろうからな」
「そうね…たまに言われてるみたいなの…。だからなのかしらね」
「…じゃあ尚更、早く父親になりたいな…俺が」
「…聞かなかったことにしておくわ」
「え? 小栗のおじさんが、ほんとに僕のおとさんになってくれるの?」
「翔太!」
「ほんとに? ほんとになってくれる? ずっと一緒にいてくれる? ねぇ、おかさんがいいって言ってくれたの?」
「お母さんは、いいなんて言ってないわ」
「でもおじさん、なってくれるんでしょう? じゃあ、なってよ! 僕のおとさんになってよ!」
「それに関しては、綾子とよく話し合うから。翔太は学校に行く時間だろ?」
「うん…解った。行ってきます」
「あんまり、翔太を混乱させないでくれないかしら」
「混乱ってなんだよ」
「だって…」
「俺は本気で、お前ごと翔太を受け入れる心積もりは出来てるぞ?」
「でも」
「でもなんてもう言わないでくれないか? 前の旦那の事もあるから悩むのは解る。でも、だからこそ本気で考えて欲しい」
「小栗さん…」
「ほら、俺達も早く行かないと。遅刻だぞ?」
「え? あ! やだ、こんな時間!」
「荷物はこれか?」
「ええ、そうよ」
「じゃあ、運んでおくから、早く降りて来い」
「ええ…」
書類の入ったバッグを持って、先に玄関を出て行く小栗さんを一瞬だけ見送る。
そして急いで着替えると、食器を下げて、バッグを手にする。
時計を目に入れると、慌てて部屋を飛び出した。
駐車中の小栗さんの社用車に駆け寄ると、急いで乗り込んだ。
「忘れもん、ないな? じゃあ、行くぞ」
車を出して、暫くの間は無言で時間が過ぎていった。
「綾子、お前さ。無理だけはすんなよ?」
「なあに? 急に…」
「営業補佐ってさ、みんな癖のある営業ばっかりだし、結構面倒な事押し付けられるんだよ。でもお前は翔太もいるし、何でもかんでも引き受ける必要はないって事だよ」
「でもこれで食べていくのよ? そんな事言っていられないわ」
「うん、だから少しは頼ってくれないか?」
「小栗さん?」
「俺も出来る限り、お前と翔太を支えるから。お前も無理な作業まで受け取るな。今回の杉さんは自分でやらな過ぎてる。ここ最近の杉さんの事は、営業部でもちょっと問題視されてるんだ。だからお前が全部抱え込む必要はない」
「問題視って…」
「この間の松田の一件な。これには関わってなかったみたいだけど、松田とはこそこそ何やらやってたらしい」
「そんな…」
「だからもしかしたら、杉さんは営業から閑職に移されるか、地方に飛ばされる」
あの女性はいったい何人を巻き込んで、人に迷惑させていたんだろう。
これで杉さんが、本当に閑職や地方に移動となったら、彼の人生も変わってしまうことになるわけで。
それが彼女に関わったがために被るのだと思うと、発する言葉が見つからなかった。




