辞めたって意味はない
「よくよく考えたら、離婚は成立しても…小栗さん関係の方のトラブルは終わったわけじゃなかったわね」
週明けに出社し、次の発注に対しての打ち合わせの最中。
ふと頭に浮かんで、それを口にした。
「当たり前だろ? こっちは別件だからな」
「なんだか同時に起こったから、一緒のような気がしてたのよ」
「まったく関係ない。だから帰宅時に注意するのは、今まで通りで変わらない」
「…いったいいつまでかかるの? 面倒なんだけど…」
「仕方ないだろ?」
「…仕方ないで片付けないで欲しいんですけど。私は巻き込まれただけだもの」
「十分、お前も当事者だよ」
「ただ仕事でコンビ組んでるだけじゃないの!」
そう、まだ終わってなかった。
昼食を終えて資材部に戻ると、部署内が騒然としている。
「…?」
どうやら1台のPCを囲んでいるようだった。
その場所からすると、寺尾先輩か隣の斎須先輩の席だ。
「こんなのただの中傷だし、藤森に限って有り得ない!」
「当たり前だろ? うちに入ってからしか知らないけど、藤森は真剣に働いてきてる!」
「これ、この間の続きって事じゃないのか?」
「続きって何よ」
「この間も伝票の改竄とか、社内メールとかあっただろ? それの続きじゃないかって言ってるんだよ」
誰も気付かない間に、自分の席に戻るとPCを開く。
すぐに社内メールサーバーにアクセスしてみると、またしても私の誹謗中傷。
…いったいいつまで我慢すればいいんだろう。
いったいいつまでこれが続くんだろう。
やっとプライベートの一件が片付いて、これからって時だった。
私が小栗さんとのコンビをやめれば、この嫌がらせは終わるんだろうか。
それとも、私が退社すれば終わるんだろうか。
泣きたくて泣きたくて仕方なかった。
「お前が俺とのコンビを解消したり、会社を辞めたって意味はないからな」
「え?」
不意に背後から声をかけられて、慌てて振り返る。
私に向けられたその声で、私が戻っていた事に気付いて気まずそうな顔をする人もいた。
その、そこにいた誰もが声の方を振り返ると、小栗さんが立っている。
…ちょっとダークなオーラを感じるのは気のせいだろうか。
「今回のこれも含めて、アクセスされた元を辿る事が出来たよ。もうこれで、言い逃れは出来ない。だからもう、この一件も終わるから安心しろよ」
「…安心なんて出来るわけがないじゃないですか。そうでしょう? 今回も前回も、外部からのアクセスなんですよ?」
「セキュリティーも、外注になるけどもっと強化することになったよ。ツイデに、俺達営業にとっては面倒だけど、サーバーにアクセスするにはIDを必須とするってさ。だから外部からのこういったアクセスは出来なくなる」
「でも…!」
「でも、もし翔太に危害を加えようとしたり、お前に何かしようとしたりしたら、必ず俺が守ってみせる。それに、その時にはもう警察沙汰になる。そこまで根性あるわけがないだろうけどな」
「だけど…」
「だけどじゃねぇよ。俺がお前達を守ってみせるって言ってるだろ? 何の心配がある?」
「えーと、小栗? それって藤森に対してのプロポーズに聞こえるけど?」
「そのつもりですよ、寺尾さん」
…みんな呆然としてますけども。
そりゃそうでしょう、私…離婚成立したばかりですから。
因みに、コンビは組んでいたけれど、現状付き合っていたわけではないし、唯のモトカレ・モトカノの関係なだけですから。
「そ…それって早過ぎないか、小栗?」
「十年待ってたんで。これ以上はもう待てませんから」
…平然と言い放つ小栗さんに対して、私は何も言い返せなかった。
その前に、何て言えばいいのか、まったく思い浮かばなかった。




