誉田里美という女
翔太の件は、思ったようには進まなかった。
でも逆に、意外な方向へ進んでいった。
翔太を害した誉田里美という女性は、間違いなく夫の愛人だった。
だった(・・・)というのは、彼女も夫に捨てられた身だから。
「もう中絶なんて出来ないのに、急に堕ろせなんて言い出して…。子供なんかいらない、堕ろさないなら別れるって言って。でももう無理なのに…。あの子がいるから、きっとこの子はいらないんだって言ってるんだって思って…」
隆弘は、今は別の女性の所に転がり込んでいると、興信所の調査では分かった。
隈の出来た疲れ切った顔、髪もぼさぼさになって、衣服も乱れている。
それでも必死に隆弘を求めていた。
「…私達親子は、隆弘からあなた達を理由に捨てられたんです。慰謝料や養育費を当てになんかしてないわ。でも誠意を見せてもらいたくて、離婚調停を起こしました。マンションのローンだって残っているのに、それも放り出したのよ?」
「…」
「あなたは私達が結婚しているのを知っていた筈よ。それでも自分達の気持ちを優先した。挙句の果てに、自分が捨てられたのは翔太がいるからだなんて、余りにも酷くないですか? やっている事がおかしいのは隆弘の方で、私達じゃないわ」
「でも…」
「でもとか、言い訳は聞きたくないの。私があなたや隆弘を訴えているように、あなたも彼を訴えればいい。そのことは私達親子には関係ないわ」
誉田里美は、取調べの最中に体調を崩し病院に運ばれたと、お願いしている弁護士からの連絡が入ったのは日曜日。
それで私は、彼女に会わせて欲しいと頼み、小栗さんと翔太を連れて病院にやってきた。
けれど彼女の口から出る言葉は、自分を哀れむ言葉ばかりで、私達に対して『申し訳なかった』の一言すら出なかった。
「私は、あなたを許すことは出来ません。一つの家庭を壊したんだって事を、よく考えていただきたいわ。それは離婚が成立しても変わらない…よく覚えておいてくださる?」
「でもあたしは…」
「あなたはさっきから、自分を哀れむことしかしていないわ。私達がどんなに苦しんだかも頭にない。その証拠に、私達が来てから…あなた、一言でも謝ってくださいました? なかったわよね?」
「…」
「兎に角、私は早期に調停を終わらせたいの。いつまでも彼に係わっていたくない。あなたにも…」
病室には翔太は入れなかった。
病室に入ったのは、私と弁護士だけ。
翔太と小栗さんは廊下で待っていてくれた。
「では今回の件も含めまして、早期解決に持っていくよう進めますがよろしいですか?」
「はい、どうぞよろしくお願いいたします」
彼女は傷害罪で引き続き取り調べられ、執行猶予がついたとしても罪にはなる。
和解なんてするつもりはさらさらなかった。
夫の隆弘が、調停に応じたのはそれから半月後。
慰謝料として200万円、月々3万円の養育費支払いに応じた。
小栗さんは「もっとふんだくればよかったのに」と言ったけれど、とりあえずマンションの支払いに使った頭金程度が戻ればいいと思っていた。
誉田里美は執行猶予がつき、実家に引き取られていった。
彼女の両親から、少ないけれど…と慰謝料として100万円と手紙が弁護士を通じて渡された。
手紙には娘のしでかしたことへの謝罪が記されており、隆弘への訴えを起こす所存だと締めくくられていた。
そして私は、藤森から元の蓮見という戸籍に戻った。
仕事上では面倒だということもあり、そのまま藤森の名を使うことにしたけれど。
それに関して、小栗さんだけは不満たらたらで、ちょっと面倒くさいと思ったのは秘密だ。
離婚届の提出の後マンションは隆弘だけの名義に変更し、銀行や学校・学童などにも書類を出さなくてはいけなくて、ちょっとうんざりする。
でもすっきりと心機一転、頑張って翔太を育てていこうと決心した。
間に合った!
これから準備して、勤務ですw




