事情聴取
幸い、翔太の怪我は頭を打っていたのも係わらず、検査結果も特に問題は見受けられなかった。
でも、数日は様子を見るように支持された。
学童での対応に怒りを顕にしていた小栗さんは、会社への連絡とともに通報もしてくれたようだった。
「綾子、翔太。行こうか」
「うん…」
「ごめんね、ありがとう…小栗さん」
元気のない翔太を連れて、小栗さんの車で帰宅する。
食事の支度をしている間に、小栗さんが翔太に詳しい話を聞いてくれていた。
「翔太…覚えてるだけでいい。どんな人で、どんなことを言われたのか教えてくれるか?」
「…うん…。おなかの大きい女の人。おかさんが悪いんだから、恨むならおかさんにしろって。赤ちゃんが生まれるのに、おかさんのせいでちゃんとできないって…」
「…それで?」
「ドンって押されて。僕、桜の木に頭をぶつけちゃって、そのまま…」
「倒れちゃったのか?」
「うん」
聞こえてきた話に、私は息が止まりそうになった。
私を恨めって…該当する女性は一人しか思い浮かばない。
「…綾子?」
包丁の音が止まって、呆然とした私に気付いた小栗さんが、こちらを向いた。
「綾子、何か心当たりでもあるのか?」
「…あるというか、一人しか思い浮かばないの…」
「誰だ?」
「誉田里美っていう、旦那の会社にいた派遣社員よ…。彼が一緒に暮らしているはず…」
翔太はすっかり落ち込んでしまっている。
「もしそうなら、これからはもっと調停も有利に出来るはずだ。翔太、大丈夫。これからは迎えはお母さんと、都合が悪くない限り俺も行くからな」
「本当? 一緒に来てくれる?」
「ああ、勿論だ。翔太をこんな目に合わせた奴は、俺が許さないからな。安心して良いぞ」
「うん。ありがとう」
翔太は少しだけ食事を取ると、お風呂にも入らずに寝てしまった。
それだけショックが大きかったのかもしれない。
「綾子。警察にも言ったけど、何日かのうちに翔太からも話をしないといけない。それと、お前は調停を担当している弁護士にも話しておいた方がいい。これで、今後は少し話が進むはずだからな」
「うん…」
「部長にも知らせたから、お前は明日から少しの間休みだ。翔太が急変するかもしれないし、よく見ててやれよ?」
「分かったわ、色々ありがとう」
「いいよ、これくらい。っていうか、俺はお前を取り戻すつもりなんだから。これ位は当たり前だよ」
「またそんな事…」
「本音だから仕方ないだろ? とりあえず、すぐに弁護士には連絡を取れよ」
「うん、分かった…」
小栗さんは一つだけ頷くと、荷物を手にして帰っていった。
翌日、朝一番で弁護士に連絡をする。
多分、昨夜考えた通りに、誉田里美が係わっている可能性が高いでしょうとの見解だった。
「小栗さんですか? おはようございます、藤森です…」
弁護士との話が終わった後、小栗さんの携帯に連絡をした。
「おはよう。連絡したか?」
「ええ、弁護士さんも彼女の犯行の可能性が高いっておっしゃってるの」
「そうか…。なぁ、その女の写真って手に入るか?」
「…うちにあるわ。彼が残した荷物の中にあるから」
「今日、警察がそっちに行く。だから翔太に見せて、確認しろ。間違いなければ、警察に渡すんだ」
「はい…分かりました」
「翔太は? どうしてる?」
「昨夜はあんまり眠れなかったみたいだけど、容態が急変したとかはないわ」
「そうか…。でも注意しとけよ?」
「ええ、分かってる。小栗さん…」
「ん?」
「ありがとう…」
「…仕事終わったら、またそっち行くから…」
「ええ、分かりました」
「じゃ、また後で」
電話を切ると、夫の荷物を漁って、目的の写真を探す。
もし彼女が本当に翔太に手を出したなら、私は何があっても絶対に夫も許せないと思った。
写真を探し出し、翔太に確認をさせる。
「この人だよ」
「そう、分かったわ。ごめんね、怖い思いをさせて」
「おかさんのせいじゃないよね? おかさんが悪いこと、したんじゃないよね?」
「違うわ。お母さんは何もしてない。悪いのはお父さんの方だもの」
「じゃあ、僕はおかさんと一緒にいられるんだよね?」
「当たり前でしょう? お母さんはどこにも行かないわ」
「あのおじさんは?」
「あのおじさんって…小栗さんのこと?」
「うん。あのおじさんもいてくれる?」
「…どうかしらね…それはお母さんには何とも言えないわ。今夜は翔太の様子を見に来るって言ってたけど?」
「ほんと? 来てくれるの?」
「ええ、さっき電話で言ってたわ」
「やった! 僕、おじさんとゲームやりたかったんだぁ」
「何時に来るかは分からないから、やれたらにしておきなさいね」
「うん!」
ニコニコと笑顔を見せる。
その後、やって来た警察の方の事情聴取にも頑張って答え、私が渡した写真も持って帰っていった。
「いやなこと思い出させてごめんな。でもちゃんと翔太君のためにも、悪い人はおじさん達が捕まえるからな」
そう言いながら頭をそっと撫でてくれた。
くすぐったそうに笑う翔太のためにも、一日も早く解明してほしい…そう思った。




