一人になってしまう恐怖
何かあったらって…何か起こるっていうんだろうか。
とりあえず、学童は必ず迎えに行くようにすることにした。
でも、出張とか会議とか、余程の事がない限り小栗さんもついてくる。
「…だからなんでついてくるんです?」
「お前にも何があるか分からないだろ?」
「子供じゃないから…」
「でも良く考えてみろよ。男が相手だったらどうにもならないだろ?」
「じゃあ、当分は車通勤します」
「金がもったいないからやめろ」
「じゃ、タクシーで」
「余計に悪いっての」
どうせ小栗さんが来ない日は、一人で迎えに行くんだから同じなのにと思う。
「…お前、一人の日もあるから同じだって思ってるだろ」
「…」
「ビンゴかよ…」
「何も言ってませんが…」
「…じゃ、妥協案。車を使うなら、使う駐車場は俺のスペースを使う事」
「は? 小栗さんのスペースって、社用車を置いているところでしょう?」
「いや、俺の車。時間が不規則だからな、通勤は基本的に車だよ」
「…そんなの聞いてなかったし」
「言ってねーもん」
「…でもそこを借りたら、通勤が大変なんじゃないんですか?」
「朝は綾子が俺を迎えにくればいいんじゃん?」
「…却下です」
「ケチだな。せっかく俺のスペース貸すって言ってるのに」
「何とでも言ってください」
本音では、小栗さんといるのを見られて、これがエスカレートしたら嫌だって思ってるんだけど…あえてそこには触れないでおく。
でもその少し後に、学童の先生から来た電話で考えを変えた。
「学童の須貝です。翔太君が外遊び中に怪我をしまして…。お迎えに来ていただけますか?」
…翔太君が外遊び中に怪我を…。
頭が真っ白になった。
まさか…その台詞だけが頭の中を廻っていく。
偶然だって思いたい。
ううん、偶然に決まってる。
仕事上の妨害とかはあっても、こんなことまでなんかするはずない。
タクシーを拾って、急いで学童に向かう。
その間に、車内から小栗さんに電話を入れた。
「もしもし、小栗さん? 翔太が外遊び中に怪我をしたって、ついさっき学童から連絡が来たの…」
「今、どの辺り?」
「もうすぐ着くわ。怪我の状態によっては、そのまま病院に行くけど。ただ学童に迎えにって言われたから、そこまで酷くはないと思うんだけど…」
「わかった。俺もこれからそっちに向かうから。移動するなら連絡して」
「はい…」
夫は愛人を作り、子供まで作って私達母子を捨てた。
これで翔太に何かあったら…。
また最悪の考えばかりが頭に浮かぶ。
少しして、タクシーが学童に一番近い門の前に横付けされる。
チャイムを押し、名前を告げる。
「翔太!」
「あ、おかさん…」
部屋の一番奥に寝かされていた翔太は、頭部に冷却材を当てられている。
「先生、頭を冷やしてますけど、寝かせているだけで大丈夫なんですか? いったい何があったんですか?」
「頭部は裂傷も見られませんでしたので、とりあえず様子を見ています。某かの症状が出るようなら、病院に運ぶ必要はあるかと思います」
「そうですか…。それで…」
「学校の保護者の方のお一人だと思ったんですが、お若い方でしたが妊婦さんの様でした。翔太君に話しかけたと思ったら、すぐに翔太君が倒れて」
「その妊婦はどうしたんです?」
背後から聞こえたのは、小栗さんの声。
「小栗さん…」
「遅くなってごめん。それで、先生。その妊婦は?」
「あ、はい。すぐに探したんですが見つからなくて…。申し訳ありません…」
見つからなかった?
それって、故意に怪我をさせて逃げたって事じゃないの?
「通報とかはしてないんですか?」
「ええと、それは…まだです…」
「故意に怪我をさせたのかもしれないのに、ここの学童は通報もせずに放置したんですか? 怪我の具合も、自分達の判断だけで安静にしてただけじゃないですか」
静かに、でも怒りが込められた小栗さんの言葉。
「…連れて帰ります。通報もさせていただくので、そのおつもりで。藤森、翔太君…行くぞ」
すぐに荷物を用意すると、三人で学童を出る。
小栗さんの車に乗り込むと、一番近い救急施設のある病院に向かうことになった。




