不愉快な状況
「藤森、行くぞ」
小栗さんの声に即されて、社屋の外に出る。
「…あんなこと言っていいの?」
「構わないよ。元々鬱陶しかったから。お前じゃなくても、俺に気があるってそぶり見せた女がやられてたらしい。まあ、付き合ってた女じゃないし…勘違いされても困るから何も言わなかったけどな」
「…極悪人…」
「どうとでも言ってくれ。前から言ってるけど、俺は綾子以外要らないし。そもそもあいつらみたいな女は嫌いだ」
「…変わらないわね。そうゆうところ…」
「いつまでたったって、嫌いな女は好きにはなれない。それは綾子だっておなじだろ?」
「それはそうだけど…」
「それより、早く行くぞ。大木部長が待ってる」
連れて行かれたのは、少し離れた場所にある私には敷居が高そうな和のお店。
「…」
「…言いたいことはなんとなく分かるけどな、人に聞かれていい話じゃないからな」
「…ああ、そうね」
仲居さんに案内されて、私たちは部長の待つ座敷へ向かった。
「間違いなく、資材部の内部の人ではないんですか?」
「ほぼ間違いありません。喜ばしき事に、本来請け負っていたクローゼット部の内部であるようです」
「要は俺と組む事で、お前はクローゼット部の業務まで兼任する事になった。それが面白くないという事なんだろう」
「小栗君、それだけではないですよ。君と組んだ事も面白くないという、業務とはまったく関係ないところも私怨として入っていますからね」
「私怨…ですか?」
「そうです。まあ、ありていに言うと…嫉妬ですか」
「…女性だって事ですか?」
「お前にさっき絡んでただろ?」
「え?」
さっき絡まれたといえば、小栗さんのファンであるらしい数人の女子社員で…。
「分かったか?」
「いや…分かったかって言われても、彼女たちの誰かなんて私には分からないです…」
「絡まれたんですか?」
「はい。彼女を連れ出そうと探していたら、絡まれてましたよ」
「そうですか…。本来は囮としてダミーの発注をと思ったんですが」
「すぱっとやる方がいいでしょうね」
「それもそうですね、じゃあそうしましょうか」
「…」
「藤森さん?」
「おい、大丈夫か? 何呆けてるんだ?」
「…話のテンポに、頭がついていかなくて…」
「とりあえず、俺たちが動いてるからすぐに真相は分かるって言っただろう? 犯人の特定が出来たから処分するって言ってるんだよ」
「解明するからとは聞いたけど、すぐに真相が分かるとは聞いていません」
「似たようなもんだろうが」
「似ているけど、違います!」
「お二人は本当に仲がよろしいのですねぇ」
「部長、仲良くなんかないんですよ」
「それはお前が素直じゃないからだろう?」
「仕事上の付き合いで、素直も何もないかと思いますが」
「はいはい、お二人とも。早く頂かないと、昼休みが終わってしまいますよ?」
こんな話しをするためか、食事は一度に運ばれてきていた。
慌てて箸をつけたけれど、上品でホッとする味付けのものばかりだった。
そこからは穏やかに会話をしながらも、美味しい食事を楽しんだ。
休憩が終わり、自分のデスクに戻る。
受付のところで、行きがけに言いがかりをつけてきた女子社員たちに、またしても睨まれたのだけど。
小栗さんも部長も一緒だったけど、二人が気付いていたかは分からない。
二人は何も言わなかったし、私も何も言わなかった。
さっき言っていた犯人の目星がついたという話は、近々対象者に処分が下されるという事で。
その時にもきっと、逆恨みのように何か言われるんだろう。
それを思うと憂鬱ではあったけれど、私は悪い事はしていないのだから堂々としていればいいと言ってもらっている。
だから私は私の仕事をきちんとやっていこう。
そう気持ちを切り替えて、デスクに向かった。
今日はどうやら忙しい日らしい。
どんどん上がってくる伝票の処理に追われている時に、鳴った内線に不吉な予感がした。
「はい、資材部 藤森です」
「小栗だけど。藤森、悪いけど自分宛の社内メールを確認してみてくれるか?」
「社内メールですか? ちょっと待ってくださいね」
すぐにメールフォームを確認すると、社外からのメアドでいくつも受信があった。
「時間的には昼休み中ですけど、いくつか知らないメアドでメールが来ていますね」
「添付ファイルはあるか?」
「ええと…あります」
「ウイルスチェックをして、確認してみてくれ」
「はあ…ちょっとお待ちくださいね」
すべてチェックをしてみるが、特に問題はないようだった。
小栗さんにもその旨を伝え、メールを開封する。
「はぁ? 何これ…」
「藤森、何が書いてあった?」
「私と小栗さんの関係とか…体で仕事を取ったみたいに書いてあります…。写真もさっきのお店に入ったところとか…。見方によったら、確実に勘違いされます」
「…全部俺にファイルごと転送してくれ。大木部長にも見てもらって」
「かしこまりました…」
「綾子…大丈夫か?」
「…ええ、大丈夫…」
「絶対に悪いようにはしないから。少しの間だけ我慢してくれるか?」
「分かってます。公になるころに、こういった中傷が来る事は覚悟していましたから」
「ごめんな。早急にカタをつけるから待っててくれ」
受話器を置くと、大木部長の席に向かい、事の次第を告げた。
そしてすぐに受信されたメールを確認すると、それをプリントアウトし、自分のPCにも転送する。
「大丈夫です。すぐにこんな事は出来ないようにしますから。待っていてください」
そう言うと、優しい笑みを浮かべて見せる。
そうしてプリントされたメールを手にすると、足早に資材部からどこかに出て行ってしまった。