私に出来るのは…
翌日、出社をすると、既に大木部長は出勤してきていた。
すぐに昨夜のお礼を言わなくてはと、席に向かう。
「部長、おはようございます。昨夜はありがとうございました」
「ああ、藤森さん。おはようございます。とても利口なお子さんで、楽しかったですよ」
「ありがとうございます。片親同然なので、そう言って頂けると嬉しいです」
「いやいや、小栗君もかなり気に入った様子でしたよ」
「はあ…そうですか…」
微妙な返事だったからだろう、やや苦笑しながらこちらを見上げる。
「不安ですか?」
「不安…というか、戸惑っています…」
「大丈夫ですよ。彼も解っていると思いますよ」
「はぁ…」
始業前に清掃を行い、部署毎の朝礼を行う。
その朝礼で、部長は昨日の一件を説明した。
現在調査中であること。
改竄の事実と業務妨害であること。
そして、犯人が判明したら、理由を解明した上でそれなりの処分をすること。
「…以上、この部署の方がやったことではないと、僕は信じています。ですが、この部署の方だった場合は、僕はここには残れないとご理解下さい。では本日も、一日よろしくお願い致します」
もしもこの部署内での改竄であれば、部長は移動させられる…。
本社に連れ戻され、降格処分という事だろう。
前日に記入を済ませた伝票を打ち込みながら、こっそりと溜め息をついた。
これは私の伝票からなわけだから、落ち込まないはずがない。
「藤森、大丈夫か?」
声に振り返ると、課長が何か言いたげな顔で立っていた。
「課長…」
「お前の受注伝票からだからな、落ち込むのはわかる。だが、部長や小栗が必死に解明しようとしてくれているだろう」
「そうなんですが…私には何も出来ないのが歯痒いんです…」
「心配するな。二人なら大丈夫だから。お前は目の前の仕事に集中しろ。何かあれば、二人から声がかかるから」
「はい…」
課長に言われたように、部長と小栗さんが頑張ってくれている。
ならば、私はそれに対して頑張る事で、二人に見せていく必要がある。
忙しい午前中の業務を必死にこなし、携帯と財布だけを手に昼食に向かう。
「藤森さん。ちょっといいかな…」
ヒステリックな甲高い声に振り返ると、数人の女子社員達に私は囲まれていた…。
「藤森さん、あなたまだ入社したばかりよね」
「離婚調停中ですって?」
「子供もいるんでしょう?」
理解不能です…。
彼女達は何が言いたいのか、さっぱり解らないです。
そう現実逃避をしたいところだが、言いたいのは一つなんだろう。
「小栗さんの事ですか…」
彼がもてるであろう事は、私も理解していた。
だからいずれ、こうやって声がかかるのは、自分でも理解していた。
「そうよ。一緒にお昼に出掛けたり、昨夜は子供も交えて食事したらしいわね」
「図々しいと思わないの?子持ちの分際で」
「…図々しいとは思いません。昼食は打ち合わせを兼ねていましたし、昨夜は大木部長もご一緒でした。それに偶然テーブルが隣り合わせただけですし。別に倫理的に問題を起こした訳ではありませんので、恥ずかしいとも思いません」
「だから、なんであなたなんかが、小栗さんと組んだり一緒にいるんだっていうのよ!」
「そんなの、小栗さんと話をしてください。私には関係ありませんし」
「聞けるわけないじゃないの!」
「じゃあこんな不毛な事をせずに、小栗さんが見てくれるように努力すればよろしいのでは?」
「なんですって?」
「昔、付き合っていた事は事実ですけど、その時から小栗さんは集団で一人を責めたりする事を嫌ってました。今の皆さんの事は、小栗さん…どう思うんでしょうね」
「随分偉そうに言うわね…」
「そう聞こえましたか? だとしたら、どう言えばいいんでしょうか?」
「…小栗君には近付かないと誓いなさい」
唖然とした。
今は付き合っている訳でもないのに、仕事で関わっているだけでこれ?
「…何度も言いますが、仕事以上のこ―」
「俺達の関係を、お前達に四の五の言われる筋合いはない。」
私の言葉を遮って、彼女達を切り捨てたのは、いつの間にか彼女達の背後にやってきていた小栗さんだった。
酷く不機嫌な顔つきで、彼女達を睨み付ける小栗さん。
「小栗君…私達は…」
「言い訳は必要ない。俺は、集団で一人をっていうのはめちゃくちゃ嫌いだし、お前らを軽蔑するよ…。二度と俺に近付くな」
「そんな! ねぇ、私達の話も聞いて!」
「聞きたくないし、聞く必要もない。もう声もかけないでくれ」
「小栗さん、そこまでは言い過ぎよ…」
「いや、綾子にちょっかいをかけた段階で、俺はこいつらに関わりを持ちたくないと思った。だからこれでいい…」
「酷い…」
「ああ、これだけは言っておく。俺と綾子の仕事の妨害を、もしもしたやつがこの中にいたら、首を覚悟しとけよ。その為に俺と大木部長が動いているからな」
青ざめた様子の彼女達だったけれど、それがショックのせいなのか、改竄の事でなのかは私には分からなかった。