沈黙回路
手を動かすのは止めない。
でも、あくまて゛機械的に動かすだけ。
ずっと誰とも喋らないでいると、頭ばかりが無駄に働く。
あの人も今、同じことを考えているのがもしれない。
チーフは相変わらず無言で自分の仕事をこなしている。
かれこれ二時間近く、お客は来ていない。洗い物は無限に続いているような気がする。
「こんだけ静かだと死にたくなりますね」
冗談混じりに聞いてみたくなる。
でも、チーフが答えたあと私は何を言えばいいのか分からなくなるだろう。
出来れば一笑して、何も言わないで欲しい。
そうじゃなければ…そうじゃなければ私は
「一緒に死のう」
って言ってしまうにちがいない。
その場の空気っていうものがやっぱりあって、今なら死んでしまってもいいとさえ私は思っている。
後で後悔するのは分かっている。でも、今しかチャンスはないのかもしれない。
私は泡だらけなった自分の腕を見た。
そういう風に、ある時ある瞬間に、人はフラッと死んでしまえるモノなのかもしれない。
大した理由なんてないんだ。ただ、流れに乗れば人は死ねる。
「こんだけ静かだと死にたくならないか?」
私は虚をつかれた。
問われるのは私だった。
私は
私は
私は…死にたくない…
「何言ってんですかチーフ?彼女にでもフラレたんですか?」
私は笑った。
笑えた。
チーフはキョトンとした顔をして一呼吸する。
そして、まぁ、いいやって顔をするチーフを見て
心から死ななくて良かったと思った。
泡だらけの手は忙しく動いていく。
静けさの中、水音とパソコンを弾く音が小気味良くなり続けた。