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宰相の弟子  作者: 羽月
グレフィアス歴 646年
7/40

 年が明けて、春が来る。“花祭り”は春の訪れを祝い、幸せがあるようにと願われ始まった祭りだという。二月の中ほどに三日間、王都で行われ、カディアのような北の地域はまだ冬の真っ只中だが、王都では春めいてくる時分である。


 フィリウスはその準備に追われていた。特に忙しいのは騎士団関係で、祭りに先立ってちょっとした殴り合いなどが起きては騎士が出て、間を取り持ったりあるいは数日拘置したりする。これから祭りの日が近付き、当日を迎えるにあたり、一番大変なのは彼らだろう。


 さて、祭りを半月ほど先に控えたある日、書類を預かりにオルグの下へ行く途中、三人ほどの巡回騎士が巡回中の証明である青布を左手首に巻き、だらだらと街に下りて行くのを発見した。そのだらけたような様子が気になり、フィリウスは後をつける。目に余る行動をしたら注意をするつもりだった。


 城を出て十分ほどのこと、真っ昼間だというのに、彼らは酒場に入る。しかしその行動自体は別に咎める対象にならない。酒場なんてところは昼夜関わらず何かしら事件の起こる場所で、巡回経路に含まれていても何ら不思議はなかった。ただその彼らが、なかなか出てこない。両開きの扉を少し開け中を確かめると、正面のカウンターに腰かける騎士達の後姿が。明らかに飲んでいる。やっぱりなとため息をつき、フィリウスは酒場の中に入った。数人の客にじろりと見られながら、巡回をサボっている騎士達の背後に近付く。


「自分の金じゃねえのにこんだけ酒飲めんだからさ、花祭りさまさまだよなぁ」


 その時こんな会話が耳に入って、フィリウスは顔をしかめる。その言葉がどういう意味かなんて、簡単にわかった。


「貴方達、国の予算をそのような私利私欲のために使っていいと思っているのですか」


 突然声をかけられた彼らは振り向いて、げっという顔をした。


「あんた、宰相の……」


 ええそうですよと、頷く。無表情で言葉を続ける。


「まがりなりにも騎士ともあろう者が、このような始末ですか? 情けない。ハイレン様に報告させていただきます。所属と名前を言いなさい」


 あからさまに顔をしかめ、彼らは立ち上がりフィリウスを見下ろした。


「偉そうに言うなよ、お嬢ちゃん。たいした力もないくせに! 俺達はなぁ、毎日毎日この国のために、汗水垂らして働いてんだよ。ちょっと酒飲むくらい、構わねぇだろ、あぁ? ……ったく、気が削がれたぜ! おい、他行って飲みなおそうぜ」


 騎士達はフィリウスを乱暴に押し退け出て行く。その背中を睨み告げる。


「主張はわかりました。が、私の取るべき行動は変わりませんから」


 彼らは肩越しに振り返り、睨み返して出て行った。


 騎士達がツケていった酒の代金を自腹で払い、フィリウスは酒場を出た。城目指して歩き始める。ムカつくというより、呆れていた。


(質の低い……)


 それが感想だった。騎士団の門戸は一般に広く開けられているので、貴族や裕福な家の者でなくとも構わない。才能と、それに見合う努力さえあれば、上に上り詰めることだってできる。実際、団長であるオルグと、その下につく第一隊から第三隊の隊長中二人は、平民の出である。・・・ただ、門戸が広いということは、それだけ色々な人種がいるということ。才能がそれなりにあっても努力をしない腐った人間だって、いるわけだ。


 そのうち騎士団内の風紀取締りをしようと思いながら足を進めていると、突然誰かに強く腕を掴まれた。


「っ?! な・・・」


 ぐいっと引っ張られればどうしようもない。あっという間に、フィリウスは誰かに体を拘束され、声を上げようとした口を塞がれた。


「おっと、暴れんなよ? 俺達だって、余計な傷をつけたくはないんだからな」


 背後からの声に聞き覚えがある。もがくのをぴたりとやめ見上げれば、そこに醜悪な顔がある。すっと目線を細めて、その顔を静かに睨む。


「……なんだよ」

「……」

「そんな目で見んなよな。ムカつくんだよ、お前!」


 殴るかと思ったが、男は殴らない。その代わりに下卑た笑いを浮かべ、


「そんなすかしてられんのも、今の内だからな」


 男の背後にいた二人に、口と手の自由を奪うように命じる。一人が猿ぐつわをし、もう一人は後ろ手にフィリウスを縛り上げた。拘束していた体が離れ解放される。くるりと後ろを向けば、わかってはいたが、騎士達がにやにやと笑っている。その顔は等しく醜くて、男の色が隠されもせず表れている。


「ほら、逃げんなら逃げろよ、お嬢ちゃん? 嫌がるのを捕まえてヤるのも、なかなか粋なもんなんだぜ。……せいぜい抵抗してくれよ」


 恐怖や貞操の危機を感じるより先に、怒りを通り越して馬鹿馬鹿しくなる。


(汚らわしい。体を奪って、それを弱みに、私を強請ろうってわけ)


 こんなのが騎士をやっているなんて世も末じゃないかと、本気で思う。


 じりじり迫ってくる騎士達は、逃げる獲物を捕まえる獣の目をしている。後ろをちらりと見る。先ほど通ってきた道はそこにはなく、騎士達の背後に伸びている。いつの間にか場所を交換されていたようだ。代わりにフィリウスの背後に伸びるのは、長く細く、昼でも薄暗い路地だ。


(さあ、どうする)


 考えても、この状況でできることなど結局一つだ。フィリウスは自身の背後に向けて駆け出した。騎士達はそれを見て笑い声を上げる。


「そうそう、そうやって逃げりゃあいいんだ! 特別に三十秒、待ってやるよ!」


 ――彼らは以前にもこうやって、捕らえた女性を絶望の中痛めつけたことがあるのだろう。あいにくフィリウスは恐怖よりも怒りが先行するので、こんな状況下でもまだ冷静だ。腕を後ろ手にまとめる紐をどうにか解こうともがきながら走る。


 背後からことさらゆっくりと走ってくる足音が聞こえる。振り返る時間が勿体ないので確認はしないが、間違いなく追い詰められている。


(もうっ、早く、解けろ……!)


 ようやく焦りが沸いてくるが、腕の戒めはきつくなるばかりで、猿ぐつわも取れずうめき声しか出ない。力も走る速さも相手の方が上。


(逃げ、切れない?!)


 その時、はるか前方の路地入り口に、人影が通った。あっと思うと同時に、背後から騎士達が追いついてきて、フィリウスの髪を引っ張り地面に引き倒した。壁に肩をぶつけ、ぐっと呻く。


「っ、う、あうぁ!」

「へっ、てんで張り合いのない! 偉そうなこと言ってはいても、結局ただの小娘だろうが」


 猿ぐつわを噛まされたまま叫び、暴れ、捕まってもなおフィリウスは抗う。一発や二発殴られようが、このままでいるわけにはいかないに決まっている。


「ったく、大人しくしやがれ! おい、足押さえろ!」


 三人の中のリーダー格が体の上にまたがり、他二人は足を押さえつける。下敷きになった腕が痛くて体をよじる。呻き続けていると、頬を強くはたかれた。


「大人しくしろ、って言ってんだろ!」


 むしろもう、暴れようにも暴れられない。左手で首を押さえつけられ、息苦しさに顔をしかめる。その間にも男の右手はフィリウスの衣服を剥ぎ取ろうとうごめき、内股をすっとなでたりする。不快感と、こうなっては隠しようのない恐怖に襲われる。


「はっ、気丈なもんだな! まだ睨みつける余裕があんのか」


 それでも泣いたりしないのは、なけなしの矜持を保つためだ。こんな場面で泣いても、相手は余計つけあがるだけ。


「……おい、お前ら! 何をしている?!」


 そこに割り込む、第三者の声。フィリウスを凌辱しようとしていた男達は、その声にぎょっと振り向いた。そしてわたわたと逃げ出した。


「おい、追うぞ!」

「お前はその女性を!」

「わかった!」


 二人が追いかけ、一人はこの場に残る。地面に転がったままもがくフィリウスの腕の布が解かれ、猿ぐつわも外される。ようやく戒めから解放されたフィリウスは、ほっと息をつく。青年はめくれ上がった服を手早く優しく直し、腕や足の傷などを確かめ、被害者の女性の顔をみる。そして、ぎょっとした。が、そこはやはり、巡回がつくとはいえ騎士である。すぐに己を取り戻す。


「あの……大丈夫でしたか? どこか、痛むところは」


 心配と、若干の困惑。フィリウスはほっと息を吐き、


「ええ、大丈夫。……ちょっと、危なかったけれど」


 礼を述べ立ち上がる。赤くなった腕をさすりつつ、男達が逃げていった方向を見つめる。


「彼ら、巡回騎士よね。誰だかわかる?」

「いいえ、捕まったらすぐに判明するでしょうが。……あの、貴女は、その、何でこのようなところで、このようなことに?」


 フィリウスの正体に気付いた上での疑問。そう訊かれると、なるべくしてなったとしか言えない。苦笑して答えを濁す。


「ちょっと、ね。軽率だったわ。……それはそうと、貴方、名前は?」


 話題を変えれば、青年は慌てて所属と名前を名乗る。


「ネオ・ヘイゼラね。覚えておくわ。助けてくれて、ありがとう」


 騎士ですからと、青年は堂々と答える。こういった騎士もいるものだと安堵しながら、フィリウスは一つだけ頼み事をする。


「あのね……私が彼らに襲われたこと、誰にも報告しないでくれる? 特に、無理矢理犯されそうになったなんてこと、絶対言わないで。お願い」


 面倒にはしたくない、そんなこと誰にも知られたくないからと、そう理由をつけた。青年はかなり反対した末、結局は被害者であるフィリウスの願いを受け入れたけれど。


 ……本当のところ、バレずに済むとは思っていなかった。




 二日後の昼のこと。フィリウスはユリウスの隣でせっせと書類を処理していた。そこにグランが結構な勢いで駆け込んできて、どうかしましたかと声をかけるユリウスを無視し、怒気を満面に表わした様子で、フィリウスに詰め寄った。


「お前、馬鹿か……!」


 フィリウスは不機嫌そうに目を細める。そして、さらにグランが口をきく前に、先手を打って席を立つ。


「ルーク様、ここでお話も何ですし、外でお聞きいたしましょう」


 さっさと部屋を出て行く。その後をグランが追いかけてきて、隣室に移ろうとしていたフィリウスの肩を掴み無理矢理振り向かせる。


「お前、何考えてる! 自分がどれだけ危険なことをしたか、わかってるのか?! ネオが気付かなければ、本当に犯されてたぞっ!」


 どうやら、グランにはバレたようだ。二日もっただけ、ネオは頑張ってくれた方だろう。フィリウスは毅然と言い返す。


「そうなったらそうなったです。私は、正しいことをしただけ。それなのに責められるいわれはありません」

「お前なっ! 本気で言ってるのか、そんなこと! ……いいか、あんなものは放っておけばいい、どうせ一人や二人処罰したところで、騎士団全体が変わるわけじゃない!」

「……騎士団には、あんな男達がはびこっているのですか?」


 目付きの変わったフィリウスに、グランは自分が言わなくていいことを言ったと気付く。


「いや、それは、例えで」

「例え、ですか? 本当に?」


 フィリウスの静かで強い視線にたじろぐ。グランは一度目を逸らして、無理矢理話を戻す。


「いいんだ、そんなことは! ……今は、お前のことの方が先だろう!」


 そしてそっと手を伸ばし、フィリウスの頬を触る。少し屈み目線を合わせ、


「……大丈夫か?」


 そう囁く。その心配げな声を受け、フィリウスは微笑する。


「大丈夫、といっても……たいてい説得力はないのでしょうね。この場合」


 顔を強張らせるグランを安心させるように、でも、と続ける。


「本当に、大丈夫です。……ご心配をおかけして、申し訳ありません」


 ゆっくり頭を下げる。グランは訝しげにフィリウスを見ていたが、やがてため息をついた。


「なら、いいけどな。頼むから、二度と、無茶な真似はしないでくれよ」


 フィリウスがはいと微笑めば、グランも笑った。


 ……話に区切りがついたのを見計らい、ユリウスは二人の間に割って入る。


「グラン。説教は終わりましたね? でもまあ、フィリはこれからも沢山無茶をするでしょうから、そんなに怒っても、結局は無駄ですよ」


 どんな言い分だ?! と二人は心の中で盛大に突っ込んだ。二人の思ったことなんか当たり前にわかっているだろうユリウスは、だから、とグランに向けてにっこりする。


「フィリに、護身の術を、教えてあげてください」


 その“お願い”は、当人達の意思より先に、宰相命令として決定した。

 何だか混乱した様子で去っていくグランを見送ってから、静かに扉を閉めて、ユリウスはフィリウスに向き直る。


「覚悟はよろしいですか?」

「……え?」


 不穏な言葉に眉をひそめたフィリウスに、ユリウスはにやりと笑う。


「私の説教は……これからですよ?」


 ――師弟の会話は、日が沈むまで続き。ようやく夕飯を食べに部屋を出てきたフィリウスは、ひどくげっそりとしていたのだった。


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