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宰相の弟子  作者: 羽月
グレフィアス歴 645年
4/40

3

 フィリウスが宰相ユリウスの弟子となってから一ヶ月。夏の一番暑い頃が、もうすぐ過ぎる。……この期間は容易なものではなかった。






「私の弟子の、フィリウス・ラウルです」


 ユリウスは試験が終わったその日の内に、真っ先に知らせるべき数人の下へフィリウスを紹介しに行った。


 女官長マーラ・シリウはフィリウスに礼儀作法を教えた女性でもあるので、軽く挨拶をするだけで済んだ。後でフィリウス付の侍女をつけましょう、と頭の切り替えも早かった。同じく勉強を教えた文官長ヒスーフェン・ベル・ロクアは、よろしくお願いしますと頭を下げたフィリウスを神経質そうに見て、精進なさいと一言声をかけた。料理長ロウタ・エンは鷹揚に笑ってフィリウスの肩を叩き、美味い飯食って頑張れと実に好意的だった。


 彼ら三人は、王宮採用試験の時の面接官だ。城の雑用を一手に引き受ける侍女。財政や外交などの仕事に長けた文官。城で過ごす全ての者の根底を支える料理人。各部門の最高責任者である。


 面接官は五人。つまり、あともう一人、挨拶をしに行ったのだが、民つまりは国を守る騎士団の団長であるオルグ・ハイレンは、第一声から非友好的だった。


「ユリ、血迷ったかっ!!!」


 オルグはフィリウスのことをしっかり覚えていたらしい。何故よりによってこの小娘をと、言葉に出さずとも目が語っていた。


 一方、どうしようかと困った顔のユリウスの隣で、フィリウスは微笑みを貼り付けた表情のまま、オルグではない誰かを見つめていた。


 ……印象的なのは、その色。見上げた空と同じ、夏の青を映す瞳。


 フィリウスがユリウスの弟子となる、そもそものきっかけを与えた騎士、グラン。彼は、鍛錬場の一番奥から、フィリウスのことを見つめていた。そして、にやりと笑う。フィリウスはどうにも抑えきれず、失礼します、とユリウスに食ってかかるオルグの横を擦り抜け、突然の部外者の乱入に驚いて動きを止める騎士達の間を抜け、その前に立つ。


「お久しぶり、です」


 この三ヶ月習ってきた通りの綺麗な礼をする。グランはああと返事をし、


「鍛錬場を突っ切るなんて、危ないだろうが」


 苦笑混じりに叱る。ごめんなさいと謝りつつ、頭一つ分は高いところにあるグランの目を見やる。


「……でも、お礼を、申し上げたくて。貴方のお言葉がなかったら、このような機会に恵まれることなどありませんでした」


 短いが誠実な気持ちで感謝の言葉を述べれば、グランは笑ってそれを受けた。フィリウスは微笑み返して、向き直る。様子を見守る騎士達にぐるりと視線をやって、


「騎士様方、鍛錬中お邪魔をいたしまして、まことに申し訳ありません。私はフィリウス・ラウルと申します。ユリウス様のお下で働かせていただけることとなり、今日はその挨拶に参りました。未熟者ですが、今後よろしくお願いいたします」


 通る声で、そう告げる。


 騎士達はきょとんとし、オルグは顔を真っ赤に染めて口をぱくぱくさせた。ユリウスは苦笑、肩越しにちらりと振り返って確かめればグランは小さく拍手を送る。


「フィリ、挨拶はすみましたね?お時間をとらせても悪いですし、もう戻りますよ」


 事態を収拾するのは諦めて、ユリウスはフィリウスを呼んだ。それにはいと返事をして、また鍛錬場を横断する。オルグの隣を通り、ユリウスの横に並ぶ。その場を去る前に、オルグと見合う。


「……ハイレン様。貴方のお気がすむまで、いくらでも、私を非難なさってくれて構いません。それでも私はもう、ユリウス様の弟子。精一杯、努めさせていただく所存です」


 大勢に対する言葉は、既成事実の役目を果たす。これだけきっぱり言ってしまえば、オルグであってもフィリウスの弟子入りに強くは反対できない。後は、宣言通り、頑張ればいい。


 生意気な!と肩を震わせるオルグににっこり笑いかければ、ユリウスに頭をぺしっと叩かれた。


「認めてもらわなければならないのに。挑発してどうするのですか。全く、喧嘩っ早い子ですね、貴女は」


 呆れたような物言いに、そうですよ先生、知っていたでしょう?フィリウスは鮮やかにそう返した。









 弟子になってからも変わらず、フィリウスは勉強を続けている。宰相の補佐をできるようになるには、まだまだ知識不足なのだ。手伝いはしているが、現在のフィリウスにできるのは書類の整理や茶を用意するなどの雑用ばかりで、正直あまり役立っていない。


 今日も暑い。まとわりつくような熱気に顔をしかめながら蔵書室へと歩く。と、廊下の角から突然子どもが飛び出してきて、驚いて止まる。少し薄い金色の髪で、紅茶のような赤茶色の大きな目が愛らしい、十歳ほどの少年だ。庶民より高級なフィリウス達王宮勤めの者よりも、さらに高そうな服を着ている。


「ご、ごめんなさい。今、おいかけっこをしてたから……」


 びっくりした様子の少年に、大丈夫ですよと微笑みかける。少年が走ってきた方向を見やれば、誰かが走る足音が聞こえ、次いで遠くの角に小さい影が現れる。


「あっ!」


 少年は慌てて逃げようとした。けれど、フィリウスの横を過ぎてすぐにこける。大丈夫ですかと寄れば、足音の主はフィリウスの背後で止まった。


「もう終わりか、アレク!」


 少年を助け起こし振り返る。こちらも同じ年くらいの少年で、アレクと呼ばれた少年よりも華やかな金の髪、透き通った琥珀のような目をしている。走ってきたからだろう白い頬が淡く色付いている。


 いきなり現れた二人の少年を前に、フィリウスは脳内の人物情報を検索した。


(王宮内に似つかわしくない十歳ほどの子ども。二人とも金の髪、目は茶系。片方の名前もしくは愛称がアレク。金の髪は“神の愛し子”)


 愛し子の代表は王家、と凄まじい速さで考えて、条件にほぼ当てはまる人物に思い至ると同時、フィリウスは頭を下げた。


「ご機嫌麗しゅう、ライディア様」


 今初めてという様子でフィリウスへ目を向けた少年は、誰だ?と首を傾げた。合っていたことにほっとしながら、ゆっくりと頭を上げる。


「名乗りもせず、失礼いたしました。フィリウス・ラウルと申します。宰相ユリウスの弟子でございます」


 そしてもう一度、深く頭を下げる。


 ――ライディア・ミル・グレフィアスは、この国の第二王子である。もう一人の少年は、アレクリット・ビリジーア。先の面接の際に第二王子の側仕えとして採用された少年だ。


「……ユリウスの、弟子?聞いていないぞ。証拠はあるのか」


 弟子とはいっても公表したわけではないので、王子であるライディアが知らないのも当然だ。それに、ユリウスは今まで補佐を使ったことすらない。思いっきり警戒心を露わにして、アレクリットを背後にかばうライディアに、フィリウスは困る。


「証拠、ですか……」


 生憎と、フィリウスの立場を証明するようなものなど、この場には何一つない。どうしようかと思った末、一番確実な手を選ぶことにした。


「申し訳ございませんが、弟子であることを証明するようなものは持ち合わせておりません。ユリウス様に直接お尋ねくださるしか……」


 そう言えばライディアは、案内せよ、と命じた。


 執務室に着いて、問題はすぐ解決した。


「確かに、フィリウスは私の弟子です。お気が回らず、申し訳ありませんでした」

「申し訳ありません」


 ユリウスが謝罪するので、合わせて頭を下げる。ライディアは不機嫌そうに二人を見ると、アレクリットを伴いさっさと執務室から出ていった。一言もなかった。ユリウスとフィリウスは溜息混じりに苦笑する。


「もうしばらくしたら、王族方にも紹介しようと思っていたのですが……。先に会ってしまいましたね」

「お手数をおかけしました。……でも、私の身分を証明するものはやはり必要ですね」

「ええ。早急、何か用意しましょう」

「お願いいたします」


 切り替えが早く柔軟なところは、実によく似た師弟である。






 それから数日が過ぎた頃には、夏の暑さは終わり秋がゆるゆると近付いていた。


 そんな折、蔵書室への道をいつも通り歩いていたら、しゃがみこんで泣く少年を発見した。


「……ビリジーア様?」


 彼は壁に向かって泣いていて、わざと足音を立てても気付かないようだった。フィリウスは背後から、膝に手をやって前屈みに顔をのぞきこみ、どうしたのですかと訊く。


「っ!あ、ぅ、お姉、さん・・・」


 顔を上げたアレクリットは頬をぬぐい、うろたえた。


「どうしたの、ですか?何故泣いているのです?」


 尋ねながら周囲を見回す。ライディアはおろか、侍女の姿すらない。


「大丈夫?何かあったの?」


 周囲に誰もいないのを幸いとして、口調を改めて問い直した。泣く子相手に敬語はどうかと思う。


「う……」


 できるだけ優しげに、目線を合わせるために屈んでみれば、アレクリットはがばっと縋りついてきた。それを抱きとめ、フィリウスは一瞬固まる。子どもの相手は少し苦手だ。


「アレクリット、君。本当にどうしたの、どこか痛い?言ってごらん」


 小さな体をぎこちなく抱き上げ、再度周囲を見回す。今のところ誰もいないけれど、立て込んだ話をするのにこの場は適さない。元々行く予定だった蔵書室へ、とりあえず向かうことにする。


「ぼ、僕、ディア様に……」


 しゃくりあげながら説明しようとするアレクリットの背を優しく叩きながら、うんと相槌を打つ。


「ディア様に、見てもらいたかった、の。でも、みんなに、怒ら、れて……」

「見てもらう?何を?」


 ほどなくたどり着いた蔵書室の扉を足でノックすれば、顔見知りの青年が顔を出す。ロハ・ティア・マグドレオ、蔵書室の司書だ。


「こんにちは」


 何も言わず挨拶だけする。青年は心得たもので、子どもを抱きかかえたフィリウスの姿に驚く様子は見せたものの、何も言わず二人を中に入れ、施錠した。


「座って。少し落ち着いて」


 いつも勉強している椅子に下ろし、その隣にもう一つ椅子を引っ張ってきて座る。ぐすぐすと泣いていたアレクリットは、背や頭を撫でてやれば少しずつ落ち着いていった。


「……それで、何があったの?」


 完全に泣き止んでから改めて問うと、アレクリットはくしゃりと顔を歪めて、


「昨日、おうちに帰ったら、庭のお花がきれいに咲いてたんです。だから僕、ディア様に見せてあげたくて……」


 ――王宮から連れ出そうとしたのだと、そう語る。


「……アレクリット君。それは、怒られて当然よ」


 それを聞いてフィリウスは、思いっきり呆れてみせた。


「ライディア様は、この国の王子よ。もし街に出て何か危険な目にあったりしたら、どうするの?貴方には、守ることなんてできないでしょう」


 アレクリットはライディアの側仕えだ。子どもだからという理由で軽率な行動を許すわけにはいかない。


「で、でも……!ディア様は、いつも王宮の中で、退屈だって。つまらないって」

「その退屈さを紛らわすために、貴方はライディア様の側仕えに選ばれたのでしょう。尊き身を危険に晒すことなく、それでいてライディア様を喜ばせられるように。貴方の仕事よ」


 フィリウスは容赦なく言った。アレクリットはうつむく。視線を感じて見てみれば、ロハが若干心配げに様子をうかがっていた。フィリウスは、大丈夫、と微笑んでみせる。


 ……アレクリットを叱った大人達は、ここで言葉を止めたのだろう。そして、こんなにいい子を泣かせたのだ。けれど、否定だけでは何も生まれない。フィリウスはそう知っている。でも、と言葉を続け、


「その心根は、とても立派なものよ。綺麗なお花、見てもらいたいものね」


 そう褒めれば、アレクリットはまた泣いてしまった。立ち上がってその背中をさすってあげながら、フィリウスはアレクリットを本棚の前に誘導する。


「貴方が見たお花のこと、調べてみよう」


 分厚い花図鑑を取り出して、夏から秋のところをぱらぱらめくり見せていく。ほどなく、花は特定された。サイラ、という名の淡い桃色の五弁花だった。秋の初め頃に数日ほど咲く、季節の変わり目を告げる花だという。


「……これ!」


 本には、他国での別名も書いてある。それを見てフィリウスは目を丸くし、次いでにやりとした。これならば、もし咎められた時にも言い訳できそうだ。


「お、お姉さん?」


 その笑顔に不穏なものを感じ取ったらしく、アレクリットは不安そうにする。フィリウスは頭の中で計画を立てながら、


「アレクリット君。今日はもう、ライディア様のところへ戻った方がいいわ。きっと貴方がいなくて、退屈して、心配していらっしゃるから。明日の、そうね……明日の昼過ぎ、またここに、一人で来て」


 大丈夫、私が全部解決してあげる、とその不安を吹き飛ばすように笑ってみせた。


「あ……ありがとう、ございます。でも、何するんですか?僕、手伝わなくていいんですか?」


 けれど、アレクリットはなお不安げだ。フィリウスはやや大げさに顔をしかめ、私はそんなに信用ならない?と意地悪く問うてみる。案の定、アレクリットはぶんぶんと勢いよく首を横に振った。


「そう、子どもは素直に大人に甘えなさい。大丈夫、私に考えがあるの。簡単だけど、きっと喜ばれる方法が」


 自信満々に言いくるめれば、アレクリットはこくりと頷いて、ありがとうお姉さん、と頭を下げ、蔵書室を出ていった。


「……フィリウスさん」


 それを無言で見送ったロハは、図鑑を片付けるフィリウスを見ながら口を開く。


「何をするつもりですか?」


 フィリウスは振り返り、私の故郷の風習を真似てみようかと、と微笑む。


「故郷の風習、ですか」

「ええ。よろしければ、ロハ様も手伝ってくださいませんか?」


 ロハは数秒考え、いいですよ、と頷く。フィリウスは感謝し、その作戦の内容を告げた。


「……いいですね」

「でしょう?明日もきっと晴れますから、とても見栄えがすると思いますよ」


 多少労力はいるけれど、今が盛りならば、準備もすぐに終わることだろう、とフィリウスは窓の外を見つめた。






 アレクリットの手にはかご、その背後にも、十個以上のかご。フィリウスが用意したのはこれだけだ。


“ライディア様の頭の上に、できるだけ高いところからかけてごらんなさい。誰かに文句を言われても怯まずに、これを見せたかったんだと言ってね。それで、この花のことを調べてみると面白いよって、そう進言してごらんなさい”


 不安を感じながらも言われた通りに実行するため、アレクリットは今、三階のバルコニーにいる。このすぐ下で、ライディアは昼下がりにお茶を飲む。勉強中のライディアからそっと離れてここに待機し、半刻ほど。眼下ではお茶の準備が整っているて、後はライディアが来るだけだ。


 そこにようやく、輝かんばかりの金の髪をした少年が姿を現す。彼が席に座って紅茶を一口飲んだところで、アレクリットはかごの中身をライディアに向けて降らせた。


 ――ふわふわと、まるで大粒の雪のように落ちていく。それを見ながら、アレクリットは二つ目のかごを空ける。急いで三つ目のかごを手に取る間に、一つ目の中身は地面についた。


 ライディアと彼の横に従う数人の侍女、護衛の騎士が、ん?という感じに頭を上げる。


「……アレク?!」


 かごの中身を、撒くと同時に。大声で呼ばれたアレクリットは、慌てた様子で室内へ戻り、かごを持ち替えてから、バルコニーからぐっと体を乗り出して声を張り上げた。


「ディア様!僕、この花を、見せたかったんです!どうですか?綺麗ですか?」


 またふわりと撒く。やめなさい!と侍女の一人が慌てた様子で怒鳴るのをライディアは止めて、空から降る花に見入った。


「これは……サイラ。サイラだ」


 ライディアも何度か見たことのある花で、名前も知っている。綺麗だと思ったことは何度かあるが、こんな見方は初めてだった。ゆらりと落ちる花がまるで雪のように積もっていく様に、自然と笑みが浮かんでくる。


 ゆっくり視線を上へ移していけば、またかごをかえすアレクリットの姿。……どれだけの花を集めたのかと思う。ただ、ライディアに見せるためだけに。


「アレク!」


 思わず叫んだ。アレクリットははいと答え、抱えていたかごを下に置く。


「……ありがとう」


 手すりに両手を添えて身を乗り出すアレクリットに、ライディアは素直に礼を言った。その嬉しそうな満面の笑顔に、周囲の者達は驚くばかりだった。




 しばらく後サイラの花は全て撒かれて、アレクリットは三階から降りてきた。ライディアは花の絨毯を踏むまいと手でのけて道を作りつつ進んでくるアレクリットに、近寄ってくるのが待ちきれず話しかけた。


「アレク!サイラのこと、知っていたのか?」


 ライディアにとって、この花には特別な意味があった。


「このお花は見たことがありました。でも、名前を知ったのは昨日です」


 けれど、アレクリットにそうした意図はないようだ。


「……サイラの別名は、サイフィリアだ。母上の名前と、同じ」


 知らずにこんなことをしたのかと思えば、驚くべき偶然だ。アレクリットは目を丸くし、ああだから、と呟く。


「図鑑を見た時、あんな風に笑ったんだ……」


 どうにも、聞き捨てならない言葉だった。ライディアは眉をしかめ、


「お前、昨日、誰と会った?」


 アレクリットに詰め寄った。……よく考えれば、ここら一面が埋まるほどの花を集めることなど、アレクリット一人でできるはずがないのだ。ましてや、花を降らせるなんて見せ方。アレクリット一人で思いつく方法など、枝を折って見せるくらいが関の山だ。


「えっ?!それは、えっと、あの……」


 口止めされているのか狼狽して目を逸らすアレクリットに、ライディアは命令した。


「アレク。言え」


 ひとに命じ慣れたライディアに、アレクリットが逆らえるわけがない。


「さ……宰相様のお弟子の、フィリウス様、です」


 思いがけない人物の名に、ライディアは顔を引きつらせた。






 いつも通り蔵書室で勉強していたフィリウスは、突如開け放たれた扉に目を向ける。そこにはライディアがいた。


「これは、ライディア様。このようなところに、何か御用が?」


 応対したのはロハだが、彼をぞんざいに追い払い、ライディアはフィリウスを睨む。


「いたな」


 予想の範囲内だったフィリウスは、こんにちは、と微笑みかける。


「どうなさいました、ライディア様。私に何か、お話でも?」


 アレクリットはどうやら、隠し切れなかったらしい。


「お前、あれは何のつもりだ?媚びでも売ったつもりなのか。よりによって、サイラなど」


 ……可愛くない子どもだな、と瞬間的に思う。素直に礼を言えばいいものを。少しお灸をすえてやろうという気になってきた。


「……ライディア様。あれは、ビリジーア様のお願いを叶えただけの行為です。他意はありません」


 冷たい言い方に、びくりと肩を揺らすライディア。


「綺麗だったでしょう」

「……ああ。それでどうして、アレクはお前に相談したんだ」

「たまたまです。泣いている子どもをまさか、放っておくわけにはいかないでしょう?」

「……泣いて、いたのか?」


 ええ、と首を縦に振る。


「貴方にあの花を見せるために街へ連れ出そうとして、その行動を大人達に浅慮だと叱られ、あの子は泣いていましたよ。……私は、貴方にも責があるように思いますが」

「な……!」


 ライディアはかっと頭に血を上らせたが、フィリウスの言葉が怒りを阻む。


「まだ側仕えになって日の浅い、子どもの言うことですし。……きっと、貴方も無茶を言ったのでしょう?退屈だから何か面白いことをしろ、とか」


 ぐっと言葉を詰まらせるライディアに、お気持ちは察して余りあります、とフィリウスは続ける。


「王宮から出ることも容易でなく、勉強も毎日しなくてはならない……ご立派だと思います。だからといって側仕えに無理を言っていいわけではありません。それに、ビリジーア様の間違いを諌めるのも、主である貴方の勤めです」


 痛い腹を突かれたというところか、居心地悪げに目を逸らすライディアに、フィリウスはとどめの一撃を突きだす。


「今回のことは、ビリジーア様の健気さに感化されて、ほんの少しお手伝いしただけです。媚びなど、売る理由もありません」

「……すまなかった」


 ライディアは、潔く謝った。フィリウスの怒り方は理を攻めるもの。それが厄介な怒り方であることを、身を持って知っていたからだ。




 ――ユリウスも怒る時は、こんな風に怒る。




 無意識に侮っていたことを、ライディアは自覚する。こんな若い娘があのユリウスの弟子であるはずがない。ユリウスがこんな娘を弟子にするはずがない。


 けれど、今ならわかる。確かにフィリウスは、ユリウスの弟子だ。


(……こんなにあいつと似ている人間、そうはいない)


 ライディアも何度か、ユリウスに叱られたことがある。怒る時の微笑み方から言葉の選び方まで、フィリウスは本当にユリウスとそっくりだった。


「わかってくだされば結構です。どうぞ、諫言としてお受け取りください。……では、そろそろビリジーア様のところへ戻って差し上げてください。今頃、大人達に叱られているかもしれませんよ?」


 その言葉にライディアは、慌てて蔵書室から出ていった。









 後日、フィリウスの下に二通の手紙が侍女経由で届いた。一つはアレクリットから、中には感謝の言葉。もう一つはライディアから、感謝の言葉、それと、ユリウスの弟子なんて嘘だと疑っていてごめんなさい、と謝罪の言葉が綴られていた。


 ……認められるのは嬉しいものだと、フィリウスは顔を綻ばせた。

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