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フィリウスは、再びアドレアの首都シェドにいる。ここから一年かけ、左回りでグレフィアス国の周囲を回る予定だ。アドレア国、アデア聖国、マルカート国、ゼィレム国、そしてグレフィアス国へと戻る旅路は、始まってからすでにひと月。彼らは馬で旅をしている。
ここに着いたのが、昨夜の夕方だ。昨日はそのまま宿で休み、今日は朝市見学のために朝早くから起き、人込みにもまれ、
「・・・うわあ」
即刻、はぐれた。
体が大きく力も強いザギは、しっかりとフィリウスの横についてはぐれることなどなかったが、シィザとエルーはひとの流れに巻き込まれ、あれよあれよという間に見えなくなってしまった。
どうしようかと思う。この場で待つべきか、放っておいていいものか。視線を上げてザギをうかがえば、ザギは苦笑して、
「まあ・・・俺達は俺達で勝手にやるか」
そう淡白なことを言う。フィリウスは少し躊躇したが、結局、
「そう、ですね。時間ももったいないですし」
結論がそうなる辺り、ザギもフィリウスも似たようなものだ。
活気ある市を小一時間ほど歩いて、二人は外席のあるカフェに入った。この辺りで待っていれば、人波に巻き込まれた二人とも、そのうち合流できるだろうと踏んだからだ。勿論、歩き疲れたというのもあるが。
「大丈夫ですかね・・・」
「・・・今さら心配か?」
「エルーはですね、平気だと思うんです。でもむしろ、シィザが・・・」
「・・・ああ、まあ、わかるような気もするけどな」
二人ぽつぽつと話し、紅茶を飲んでいれば、ふと人影が脇に立つ。
「?・・・何か?」
――不思議な三人組だった。青年が二人、つやのある長い黒髪と青い目をした者と、珍しい銀髪に濃い紫の目をした者。同年代ほどの二人に挟まれて、まだ十代も前半の少年。この少年は、金髪の一部が白く、赤がかった紫の目が異様に目を引いた。
ザギがわずかに体をずらし、フィリウスの前に立ちはだかれるよう構える。その警戒に気付いた黒髪の青年が、安心させるように笑った。
「いやあ、綺麗なひとがいるなあって思って。どうかな、一緒にお茶でも」
どうやら、ただの軟派のようだ。害意のないことを感じたザギは、フィリウスにうかがいの目を向ける。フィリウスはしばらく三人連れを見つめてからにっこり笑みを浮かべ、
「私達で、よろしければ」
奇妙な三人組の誘いを、受けた。
主に話すのは黒髪の青年、マオ。銀髪の青年ラーゼは少年の隣にぴったりと寄り添って、あまり口をきかない。少年はといえば、何とも居づらそうに時々もじもじしている。恥ずかしがっているのか、まだ名前も名乗らない。
フィリウスはマオと話しながら、その意図を推し量っていた。ただ話しかけただけのようであれば、何か目的があってのようでもある。読めない。今のところこちらに都合の悪いわけでもないからいいが。
「・・・もしかして、まだ警戒してる?」
笑顔で普通に応対していたはずだが、マオはその中に含まれた違和感に敏感に気付く。思わず表情を揺らすと、まあしょうがないけどさ、としゅんとする。
「そりゃ、こんな得体の知れない連中、簡単に信じちゃうのも問題だよな」
しゅんとしたまま、フィリウスににじり寄ると、鼻と鼻が触れそうなほど近くでフィリウスの目をのぞきこむ。さすがにラーゼが顔をしかめ、やめろマオ、と声をかける。ザギもまた、わずかに眉をひそめ、すぐに攻撃できるよう体勢を整える。しかしマオは動じず、フィリウスにいたってはマオの両頬に自ら手をやり視線を逸らせないようにすると、
「警戒しないで済む理由があるならば、教えていただけます?」
そう、薄く微笑む。マオは驚いて目を見開き、フィリウスの手をそっと引き剥がす。
「・・・ごめん、怒った?」
怒ってはいないが必要以上に近付かれるのが不愉快なフィリウスは、微笑みを深めるだけで答えを避けた。
それでも近い距離で、お互いの何かを見抜くように見つめ合っていると、突然間に誰かが割って入る。
「このひとに近付くな」
その若々しい声は、ザギではない。視線を上げれば、フィリウスに背を向け、椅子にかける二人の間に立つ青年。
「・・・シィザ」
どんな顔をしているかはわからない。が、怒っているのだろうことは、声音から容易に判断できる。フィリウスは慌てて立ち上がると、シィザ!と牽制の意の名を呼ぶ。
「何もされてないから。シィザ、落ち着いて」
名を呼ばれたシィザは不機嫌そうな顔で振り返り、渋々その場を退く。ほっと息をついたフィリウスは、背後にエルーが立っていることにようやく気付き、遅かったわね、と取り繕うような明るい声で笑む。
「・・・随分な挨拶ね」
真顔で答えたエルーは、すっと視線を三人組へ向けると、
「連れがお世話をおかけしました。・・・貴方方は?」
警戒をありありと向ける。マオは苦笑いを浮かべ、大きく一歩下がり距離を取ると、無実を晴らすように手の平を肩口まで掲げる。
「いや、世話になったのは、こっちだよ。・・・ごめんなさいってば、そんなに怒らないでください」
強烈な助っ人の登場に弱ったマオは、ラーゼにちらりと目をやる。銀髪の青年はその髪の色に相応しき冷たさを宿した目でそれを見返し、はあとため息をつくと、フィリウスと向かい合い、
「申し訳ありませんでした。この者の行動に、お気を悪くされたこと、この通り、謝罪いたします」
深く頭を下げた。フィリウスは、そこまでされると返って気が引けます、と頭を上げさせ、微笑する。頃合を見計らって、この辺でいとますることにする。
「この通り、連れも来ましたので」
楽しい時間をありがとうございました、と頭を下げれば、不承不承、他三人も頭を下げた。三人組はそれを受け、やはり頭を下げ応じる。
「いえ。こちらこそ・・・ありがとうございました」
ラーゼの言葉に一瞬間があったのは、申し訳ありませんと言いかけたからだろう。
ではこれで、と会計を済ましその場を去る。途中一度だけ振り返れば、マオがラーゼに叱られている姿が目に入る。そして、あの少年の赤紫の目が、じっとこちらを見ているのが。不思議な三人組だったな、と思い、視線を前に戻した。
フィリウス達はそうして、その日の行程を終えた。