過去への扉
「…英雄様。少し、お時間宜しいですか?」
あれからレーナと少し話した後、これからの事を考えようと一人で外を歩いていると、老人に呼び止められた。
古ぼけたマントに身を包んだ、異様な雰囲気を漂わせる老人。こちらを射殺さんばかりに、眼光を光らせ睨みつけている。
「(…俺、何かしたか?)ええ。構いませんよ?」
「ありがとうございます。何でも、巫女達の救出にお手を貸してもらえるとか…」
「(あ、心配だからなのかな?)ええ。巻き込まれた形ですけど、見過ごせないですから」
「いえいえとんでもない。…申し遅れました。私は巫女の管理を承っている、カストランと申します」
「あ、ご丁寧にどうも。俺はスティルって言います」
「いえ、そちらこそご丁寧に…」
そこからは不毛としか言いようが無いぐらいの低姿勢。だが、それも老人の一言で終わりを告げる。
「…スティル様。お願いがあるのですが…」
そう言った瞬間、老人の纏っていた雰囲気が変わる。違和感しかなかった物が、明確に現実味を持って襲ってくる。それは―――
「…実は……死んでくれませんかね…?」
ハッキリとした殺気。それは少し前まで俺が浴びていた物と全く同じだった。
「…っ!」
それを自覚した瞬間、自分の殺した男達の映像が蘇り、足が震える。体が動かない。
「…なに、巫女を探してもらうとこちらが困るんですよ。あの子もどうやって儀式なんか成功させたんだか…」
マントの中に隠されていたであろう、長剣を構える。ユラリ、と言うような音が聞こえて来るような動き。
「…お前、フォーゲルノートの手の者か?」
「ええ。一応、元ウルサクトの者ですが」
「…仲間を売ったのか…?」
頭ではこの老人の言った事は分かっている。でも、否定するように、確認するように聞いた。
「ええ。己が欲望のためなら売りますよ。もっとも、それ以前に仲間と言う単語には引っかかりを覚えますがね」
その言葉でようやく理解した。頭ではなく、体ではなく、心が。
「…その欲望のために、俺が邪魔なのか?」
「…ええ。だから、死んでください!!」
長剣を上段に構え、突っ込んで来るカストラン。こちらは無手。当たり前だが受ける訳にも行かず、必死に避ける。
「っ!仲間を売って、何も思わないのか!?」
「何を馬鹿な事を…。折角の力、有意義に使わないと損でしょう?」
「有意義って…!」
やり場の無い怒りが込み上げてくる。
正直言って、自分の立場と戦争の事などを秤にかけると、断然自分の立場、と言うよりは自分の身になる。だが、そんな簡単に割り切れない自分がいた。
少し話しただけ、少しの間だけ一緒にいただけ。でも、レーナが優しく、心の底からこの国を愛し、この国の未来を想っているのは伝わってきた。
そんな子の想いを、こんな自分の欲のために使う奴には許せない。
「そんな理由で、人の命を弄んで良いと思ってるのか!」
「我が主、ファゼル様のためなら、なんとでもできるわ!主の命を全うできずして、何が家臣か!」
「く!」
剣のスピードが上がる。これでは、避けれていた物も避けられなくなる。戦闘のど素人がそんな簡単に勝てるほどできてはいないのだ。この世界は。
かと言って、そんな簡単に死ぬ訳にもいかない。レーナに頼まれたのだ。あんな可愛い子の顔を、さらに曇らせるわけにはいかない。
「どうしたのだ!?逃げるだけでは勝てんぞ!」
カストランが嘲笑の声と共に剣を振る。戦士一辺等でなかったのが幸いしたのか、未だ一撃も掠らずにいれる。
「助けを呼ぼうとしても無駄だ。この周辺には私の防護結界を展開させてある。誰にも気づかれずに死ぬがいい!」
ドクン…
「気づかれずに…?」
その言葉に、俺の体が反応した。
体の奥底から鼓動が聞こえ、脈打っている。
「死ぬ…?誰も、知らずに…?」
口から自分では制御できない言葉が漏れる。
淡々と、問いかけるように、ゆっくりと。
その間にも、死を纏った刃が振られ続ける。
「どうした!?貴様は必要とされず、すぐに役目を終えるのだ!」
その言葉で、俺の意識は闇に飲まれた。