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【薬師ウルラン】シリーズ

パーティから追放された聖女の後任の薬師です。薬代はキッチリ頂きます。

作者: 早島りんご
掲載日:2026/09/26

「だから言ってやったのさ。聖女だかなんだか知らんが、お前みたいな聞き分けの悪い奴はうちのパーティから追放だってな!」


 酒をあおりながら、勇者はたいそう機嫌よく言った。


「それで、お前が聖女の後任の回復師(プリースト)で……回復師……いや、薬師だったか?」


 勇者は形の良い眉を少し持ち上げ、あたくしを値踏みするような目で見た。

 あたくしは酒瓶や酒の肴がとっ散らかったテーブルの前で、深々と頭を下げる。


「ええ。あたくし、薬師のウルランと申します。ギルドからの紹介で参りました」


 あたくしは、今日から勇者のパーティに回復役として参加することになった。

 魔王討伐後も魔族の残党がウロウロしているので、勇者一行はそれらを排除するために戦いを続けている。


 メンバーは聖剣を振るう男の勇者、魔法を操る女の魔術師、それからいつも大盾と共にいる男のタンク。以前はここに回復役として聖女がいたが、聖女はついこの間パーティを追放されたという。


「ふぅん、ウルランというのか。男だか女だかよく分からん見た目だな。女にしてはでかいし、男にしては線が細すぎるし。おまけに、なんだその髪は」


 勇者はあたくしの、左肩からたらりと伸びた三つ編みを見て目をすがめた。


「はあ。これは薬師の定番の髪型なのです。三つ編みに緑のリボンを編み込むことは薬師の証であり、そもそもは伝説の薬師オーラン様がこの髪型をしていたことが……」


「つまらん与太話には興味はない。それより、お前は本当に聖女と同じだけの働きができるのだろうな? あの女は気に食わない奴だったが、かといって居ないと不便極まりない」


 勇者がそう言うと、魔術師とタンクも酒を飲む手を止め、一斉にあたくしを見た。


 こいつらは随分と金が余っているらしい。酒場の2階にある個室を貸し切って酒盛りをしているのだが、そこらじゅうに高級な酒瓶がゴロゴロと転がっている。


「聖女と同じだけの働き、と言いますと……。怪我をした場合の回復、千切れた手足の接合、疲労回復、それから戦闘時の防御力強化など特殊効果の付与……といったところでしょうか。あいにく、あたくしは普通の人間なもんで、死んだ人間の蘇生などは不可能なんです」


「死んだ人間の蘇生なんぞは前の聖女にもできなかった。安心しろ、何もそこまでは求めない。ただ、あの女はとにかくこだわりが強くて扱いづらかった。おまけにもう魔族とは戦いたくないだのなんだのと言い出したから追放してやったのだ。あの女みたいな扱いづらさがなく、俺達に対して従順で、かつ仕事をキッチリしてくれれば文句はない」


 こいつらは、どうして聖女がもう魔族と戦いたくないと言い出したのか、考えてみたこともないのだろう。自分たちの意に沿わない仲間を安易に追放するなんて、浅はかの極みだ。見ているだけで吐き気がする。


 しかし、仕事は仕事だ。あたくしも、自分のやるべきことは分かっている。


「さようですか。まあ、料金はキッチリ頂きますよ」


「報酬のことか。それはまあ、働きに応じて分配する。回復役は危険度が低いぶん、パーティへの貢献度も低い。俺達は4人パーティになるが、報酬を仲良く4等分という訳にはいかん。それに不満があるなら帰れ」


「いえいえ、依頼ごとの報酬は結構です」


 あたくしがそう言うと、勇者は「はぁ?」と眉を吊り上げた。


「じゃあ金はどうする?」


「依頼を達成するごとの報酬ではなく、使った回復薬や傷などの処置の内容に応じて料金をお支払いいただきたいのです。料金表は、ハイこちら」


 あたくしはあらかじめ用意していた紙を、勇者の眼前にぴらりと差し出した。


「なになに……全身の擦過創や打ち身、捻挫が即座に治る中級ポーションが1本5千イーエン、大量出血を伴う深い切り傷や重症中毒症が即座に治る上級ポーションが1本2万イーエン、戦闘中のバフ付与が1つにつき3千イーエン……なんだこれは」


「これは全国薬師協会が定めた、冒険者ギルドにおける適切な薬品販売価格のめやす、というものです。あたくしはこの価格表に応じて皆様に薬をお売りします」


「えっ……安くない? アンタこんなんでいいの?」


 魔術師の女が横からずいっと首を伸ばし、会話に入ってきた。


「これだと、以前聖女に分配していた報酬よりもずいぶん安くなるが?」


 タンクの男も怪訝な顔であたくしを見る。


「まさか、大した働きができないから安くしていると言う訳ではないだろうな? うちは魔王討伐を果たした勇者パーティ様だぞ。実力者以外はお断りだ。今だって高額報酬の依頼が絶えないんだ。まだ魔族の残党はそこらじゅうにいるからな。うちに入りたいって言う回復役だって他にもいるんだ」


「はあ。Aランクパーティにいた回復師がここに入りたがっているのは知っています。ただ、あの回復師はえらい高給取りだって有名じゃないですか。おたくらは、それだけの報酬を彼に支払えるんですか?」


「ハッ、回復職ふぜいが偉そうに。後方のお前らは危険度が低いのだから、報酬の分配量も低くて当然じゃないか」


「おっしゃる通りで。ですから、あたくしは適正価格、明朗会計を心掛け、こうやって価格表通りに仕事しようと思っている次第です」


「こんなに安くで、か? お前の目的はなんだ」


 勇者は全く信用していないような目で、あたくしをギロリと睨みつけてきた。


「薬師の地位向上ですよ。薬師はただの人間ですから、勇者様や魔術師様のように魔法は扱えませんし、タンク様のように大盾を持ち歩く腕力もございません。聖女や回復師のように聖なる力で傷を治すこともできません。だからこそ、なかなか地位が向上せず、せっかく作った薬も安く買い叩かれがちなのです」


「フン。だから俺達のパーティに入り、薬師でも役に立てるところを世間にアピールしようって訳か」


「おっしゃる通りです」


 すると勇者は片方の口角をニッと持ち上げた。

 えらく整った顔の男ではあるが、表情には品がない。


「気に入った。ウルラン、お前がうちのパーティに入ることを許可する」


◇


 勇者のパーティに入ってからのあたくしは、順調の一言だった。


 ギルドからの依頼は、だいたい週に2つから3つ。

 王都を拠点として、そこから依頼された場所へと向かう。


 王都には勇者一行が愛用している高級宿があり、金のないあたくしはひとり安宿に泊まるのだが、それでも冒険者のパーティにしては圧倒的に野宿の回数が少なく、快適の一言だった。


 事前の取り決めのとおり、あたくしは勇者から使用した薬の量や種類に応じて金をもらうだけ。おまけに実力者揃いの勇者は大けがをすることもなく、パーティ内では思ったより薬は売れなかった。


 でも適正価格、明朗会計を言い出したのは他でもないあたくしだ。

 現状に不満はない。


 依頼先でも勇者一行だと名乗れば、その信頼性から飛ぶように薬が売れた。

 仲間内で薬が売れなくても、行く先々である程度薬が売れたので、あたくしの懐は順調に潤っていった。


 一方で、勇者たちの懐はみるみるうちに寒くなっていったようだった。


 相変わらず酒場の個室に転がしている酒瓶の量は変わらないものの、瓶のラベルが明らかに安酒のものになっていることに、あたくしは気づいた。


 また、バフは1種類につき3千イーエンで、いくらでも重ねがけ可能なのだが、勇者たちは次第にかけるバフの量を絞っていった。


 3千イーエンといえば平民が酒場で一回飲み食いするくらいの額だ。勇者たちに払えない額ではない。駆け出しの貧乏冒険者でも支払えるレベルだ。


 しかし、それすら勇者たちは払うのを渋った。


 それはなぜか。


 元々いた聖女が、少ない報酬でタダ同然に何重にもかけていてくれたバフや回復に、金を使うのが嫌だったからだ。


 また、聖女がふんだんにバフを使用していたせいで、勇者たちはどのバフがどの程度の効果があるのかも分からなくなっていたらしい。


 おまけに、聖女がいた時は行く先々で“聖女巡礼の御礼”として金や供物が集まったそうだが、今となってはそれもない。


 むしろ、聖女がいなくなったことで、行く先々であからさまにがっかりされることが増えた。


 勇者たちは金が入れば酒を飲み、相変わらず高級宿に泊まり、やがて収入より支出が多くなっていった。ギルドに預けていたはずの貯蓄も、どんどん減っていった。


 金のない勇者たちは、明らかにイライラすることが増えた。

 苛立ちはミスを生み、ミスが怪我を生んだ。


 しかし、彼らはあたくしに「仲間のよしみでタダで回復してくれ」と言うことはなかった。ものすごく言いたそうな顔はしていたが、それでもそう言うことはなかった。


「聖女がいたときは、些細な傷でもすぐに治してくれたんだけどねぇ」


 と、魔術師が意味ありげな目線を向けてきたが、あたくしは「些細な傷なら下級ポーションもございますよ」と言うにとどめた。


 金を支払わない奴に渡す薬はないのだ。


 そして、ついに勇者一行の金が尽きた。

 あたくしがパーティに加わってから、ふた月後のことだった。


 おまけに、魔族討伐の依頼中に、勇者の右腕が敵によって切断されてしまった。これでは剣を振るえない。


 あたくしたちは切断された腕をかかえ、すごすごと宿に帰った。

 もう金はないので、帰る先はあたくしの愛用している安宿だ。 


「オイ! どうしてこんなに金がないんだ⁉ いつもの宿にも泊まれないじゃないか! ここのところは安酒で我慢してやっていたというのに、金を管理しているお前が無駄遣いしたんだろう⁉」


 勇者は無事だった方の左手で魔術師の女の胸ぐらを掴んだ。


「ハァ⁉ アタシじゃないわよ! そもそも、アンタら全員酒を飲みすぎなのよ! ……ったく、あの聖女がいなくなってから怪我ばっかだし、お布施もないし、もうサイアク。ウルランは金の亡者だしさぁ。……ウルラン、あんた、勇者の腕が切断されたっていうのに自発的に薬もよこさないし処置もしないなんて、言い度胸してるわよね。だれのおかげで勇者一行を名乗れてると思ってんのよ? 危険を承知で魔族相手に戦ってるアタシたちのおかげでしょうが!」


 魔術師は唾がかかりそうな勢いであたくしに怒鳴って来た。


「適正価格をお支払いいただければ、すぐに処置しますが。ハイこちら」


 あたくしは処置代や薬代の一覧表を、魔術師の前にヒラリと出した。


「こんな時すら金金金金って……! いい加減にしなさいよ!」


「それで、切断された腕の接合は、いくらだ」


 勇者は以前あたくしから買った止血布を傷口にあてながら、だんだんと青くなってきている顔で言った。

 さすがに腕が取れたら出血もひどいらしい。先ほどまでの勢いはどこへやら、勇者の覇気はどんどん失われていく。


「最初にお見せした価格表から変わっていませんよ。切断された腕の接合は50万イーエンです」


「ご、ごじゅうまん……? 馬鹿言え、上級ポーションでも2万だろ? どうして急にこんなに高くなるんだ⁉」


「だって、あたくし聖女でもなく医師でもなく薬師ですから、薬でやる接合術はすごく複雑でコストがかかるんです。その代わり、術後の化膿とか発熱はほとんどありませんけど」


「今はそんな話をしているんじゃない! オイ、切断された腕をいつまでも放っておけないだろ? 早くしろ!」


 安宿の狭い一室に、勇者の悲鳴にも似た怒声が響く。


「でも勇者様、支払いはどうするんです? あたくし、ツケっていうのはちょっと……」


「いいから、早く、しろ!」


「怒鳴られても脅されても、お支払い頂けないのなら薬はお渡しできませんし、処置もできません。最初からそういう契約じゃないですか」


 すると、勇者は怒りに任せて足で机を蹴り上げた。


「ふざけるな! お前は勇者一行の回復役なんだぞ⁉」


「その回復役を軽んじて、聖女を追放するからこうなるんでしょうが」


 あたくしがそう言うと、ふいに室内がシンとした。

 勇者も魔術師もタンクも、何を言っているのだといった顔でポカンとしている。


「だから、少ない報酬でアンタらを回復してくれて、バフをかけ続けてくれた聖女がいたから、アンタらは今まで魔族とやりやっても大けがもせずに生きてこられたんでしょうが」


「なっ、何を偉そうに!」


 勇者は先ほどまでの青い顔から一転、今度は真っ赤になって言い返してきたが、あたくしは本当のことを言っているまでだ。


「もしかして、全部自分たちの実力だとでも思っていたんですか? 完全に聖女のおかげでしょうよ。それなのに追放だなんだと聖女を遠ざけるからこうなるんです」


「おい、ウルラン。まさかお前、聖女の回し者か……?」


 3人の刺すような視線が、一気にあたくしに集まる。

 あたくしは、ニッコリとして答える。


「いえいえ。確かに聖女様には大変お世話になりましたが、このパーティに入ったのはあたくしの意思です。聖女様から言われたからではありません。でも……」


 あたくしは3人をぐるりと見渡した。


「聖女様は嘆いていらっしゃいました。あたくしたち回復役の地位が向上しないのは、安い報酬で勇者に尽くして来た自分のせいだと、聖女様はご自分を責めるのです。聖女はこんなに格安で勇者たちを癒している、と冒険者たちの間でも、普通の平民たちの間でも評判だったんですよ。あら、ご存じない? アンタら全員聖女をこき使う金の亡者だと思われてますよ。行く先々で御礼のお金や供物がもらえていたのも、アンタらが聖女をこき使うのを見て可哀そうに思った人々が、少しでも聖女の助けになるようにと渡してくれていたんですよ。そんなことも分からなかったんですか?」


 忖度せずにありのままを伝えたせいか、勇者と魔術師の口角がピクピクと痙攣している。タンクは顔に絶望を浮かべながら口を開く。


「そんなことはない。皆、俺達に感謝していたはずだ」


「まぁ魔族討伐に関しては感謝されていましたけど、同時に馬鹿にもされてましたよ。金の使い方も分からん成金だとかなんとか」


「嘘だ! 嘘をつくな!」


「嘘じゃありません。実はあたくし、ギルドからの紹介じゃなく、依頼されてアンタらのところに来たんです。驕り高ぶった勇者パーティに、現実を教えてやってほしいと。アンタらだって思い当たるフシがあるんでは? 今まで何度も報酬の分け方や普段の態度について、ギルドからも苦言を呈されていたのでは?」


 思いっきり図星なようで、3人はどんどんと勢いを失っていった。


「だから、あたくしは適正価格、明朗会計を掲げてアンタらのとこに来たんです。でも、適正価格と明朗会計を掲げるだけでは、アンタらの腐った性根を叩きなおすことはできませんでした。これは純粋にあたくしの実力不足です。でも、このふた月で、薬師の地位はずいぶんと向上しましたよ。普通の人間でも、魔法が使えなくても、大盾を振り回せるほどの剛腕じゃなくても、冒険者の一員として充分にやっていけるってね」


「クソッ! お前なんか仲間にするんじゃなかった! お前は今日をもってパーティを追放だ!」


「構いません。もうお金も支払ってもらえなさそうですし。次の客を見つけるまでです」


「ま、待て! 追放の前に、俺の腕だけ治して行け!」


「……お支払いいただけるなら」


 あたくしがそう言うと、魔術師とタンクはそっと目を逸らした。みんな分かっている。もう金などないのだ。


 勇者だけが縋るような目であたくしを見る。


「俺は、勇者なんだぞ……? 魔王を討伐したんだぞ……? その俺の腕が千切れてしまったんだぞ⁉ 腕が千切れてしまったら、もうギルドの依頼もこなせないんだぞ! お前もそのくらい分かるだろう⁉」


「ええ、もう魔王は倒しましたから、残党はAランクパーティとBランクパーティがいればじゅうぶんです。勇者一行はSランクでしたが、聖女が抜けてからはAランクに格下げですし、同格のパーティなんかいくつもいますからね」


「……は?」


 コイツら、まさか自分たちの立ち位置すら正確に把握していなかったというのか。本当に浅はかな奴らめ。


 でも、今日でお別れだ。


「仕方がないので、仲間だったよしみで、ホレ」


 あたくしは勇者に薬液の入った革袋をぽいっと放り投げた。


「切断された腕をその薬液に浸けておけば、1年は腐敗しないです。聖女様の技をもってすれば、数か月経っても切断された腕の接合は可能でしょうね。……おっと、昔のよしみでさっさとくっつけてもらおうと思っても無駄ですよ。聖女様は今でも格安で民の治療にあたっていますが、人気すぎて半年待ちです。みんなちゃんと順番待ちしてるんですから、アンタらもちゃんと順番を待つんですよ。では」


 あたくしは言い終えると、さっさと安宿を後にした。

 同じ宿にいると勇者たちがうるさそうなので、しばらくはギルドの簡易宿泊所で過ごそうと思う。


 それからしばらくして、隻腕の勇者パーティの噂が流れてきた。

 隻腕では戦闘力が大幅に落ちたらしく、あっという間にAランクどころかBランクに格下げになったらしい。

 

 腕がくっついて、なおかつあの態度を改められたら、またAランクかSランクにも返り咲けるかもしれない。それは彼ら次第だ。


 あたくしは、今日も街から街へと渡り歩き、薬を売っている。

 適正価格、明朗会計を掲げて。


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― 新着の感想 ―
適正価格、明朗会計が一貫していて、ウルランがカッコいいですね! そして酔いどれ勇者パーティの体たらくwww 聖女がどれだけ格安で、しかも献身的に支えてくれていたのか、いなくなって初めて思い知るという…
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