婚約破棄された令嬢は家からも追放されたけど結局は幸せになりました。
「デボラ、お前との婚約を破棄する」
「ええ! 藪から棒ですわ! なぜですか? わけを教えてくださいまし」
「それはお前が下級生のエリザベスをいじめていたからだ!」
「私がエリザベスをいじめていたですって! まるで寝耳に水です! 私はエリザベスをいじめたりなんてしてません。そんな噂はデマです!」
「火のないところに煙は立たずってな。お前がエリザベスをいじめているということをエリザベス本人から直接聞いたんだ。それでもまだ白を切るつもりか!」
私は絶望で膝から崩れ落ちた。これはエリザベスの陰謀に違いない。最近転校してきたエリザベスは小柄で可愛くて、家が近所の私のことをお姉さまお姉さまと言って慕ってくれていたのだ。だけど彼女の目はいつも笑ってなかった。顔では笑っていても目の奥にいつも冷たい光が宿っていたのだ。あの子ならばうらで小動物を虐殺していてもおかしくないと思っていたけど、あろうことか私の婚約者である王太子のウォルターをだまくらかしていたなんてッ!
これ以上何を言っても無駄だと悟った私は何も言わずに家に帰り、自室のベッドに倒れ込んで泣いた。涙はとめどなく目からあふれてきた。悔しくて悲しくてどうしようもない気持ちだった。いっそナイフをもって外に飛び出し、行きかう人たちを無差別に刺し殺しまくって自分ものどを掻っ切って死んでしまおうかとも思った。けどそれは思いとどまった。そんなことをしても意味はないのだ。
そのときドアにノックの音が鳴った。
コンコン♪
「誰?」
「私でございますお嬢様、使用人のランディでございます」
私は顔を上げて手のひらでごしごしと顔面をふいた。
「なんのよう? 私、今感傷に浸ってるのよ。ほっといて」
「お父様のルドルフ様がお呼びでございます」
「お父様が? どんな用事なの?」
「お嬢様が婚約破棄されたことについて話がしたいとのことです」
「はあ、わかったわ。すぐ行く」
私はしぶしぶベッドから立ち上がった。お父様は気難しい人で、いうことを聞かないとすぐ激怒するのだ。
ドアを開けるとそこには使用人のランディが立っていた。長身で整った顔立ちではあるけど、前髪で顔の上半分を隠している謎めいた男だ。口数が少なくて自分のことを話したがらない。しかし有能で気づかいのできる人物だ。年齢は20代前半ぐらいに見える。
「お嬢様、鼻水が飛び出てますよ」と言って彼はハンカチで私の鼻水をぬぐってくれた。
お父様の部屋に入っていくと椅子に座っていたお父様が開口一番でこう言った。
「お前、王太子殿下に婚約破棄されたそうだな」
「さすがお父様地獄耳ですわね」
「馬鹿もの! そんなことは街中の噂になっとるわい。わしの面目は丸つぶれだぞ! どうしてくれるんだ!」
「私は何も悪くないんです。エリザベスがウォルターにあることないこと吹き込んで私たちの婚約を破棄させたんです」
「言い訳なんて聞きたくない! 何のためにお前を今まで育ててきたと思ってるんだ! もうお前の顔なんて見たくない。この家から出ていけ!」
「ふん、言われなくてもこんな家出てってやりますよ! お父様のわからずやああああ!」
売り言葉に買い言葉でこんなことを叫んでしまい、私は家を出ることになった。
荷物をまとめて家を出、私は街の中をてくてくと歩いた。なぜかずっとランディが付いてくる。
「ねえランディ」
「なんでしょうかお嬢様」
「なぜ私についてくるの? 見送ってくれるのかと思ったらずーっとついてくるじゃないあなた」
「はい、私はお嬢様にお供します」
「お供しますって、あなたはお父様の家の使用人でしょう。私についてきたら駄目じゃない」
「構わないのです。もうあの家の使用人はやめました」
「なんでそんな勝手なことするの? あなた頭沸いてんじゃない?」
「お嬢様にお仕えすることが私の生きがいなのです」
「あなた変わってるわね。けどまあ一人ぼっちだと寂しいからよかったわ」
「お嬢様にお供することを許可していただけますか?」
「うん、許可してあげる」
「ありがとうございます」
「けど私、お金はそんなに持ってないわよ。あなたのお給料なんて払えないけどいいの?」
「そんなことは気になさらないでください。私は実は大金持ち……いえ、何でもありません。とにかくお金の心配は無用です」
「そう、ならよかったわ。ひとまず寝泊まりするところを探さなくちゃいけないわね」
私とランディが宿を探して徘徊していると、人気のない街の片隅でごろつきたちに声をかけられた。
「ようそこのねえちゃん。なかなかいい身なりをしてるじゃあねえか。俺たちにお金を恵んでくれねえか」
「なんであんたなんかにお金を恵まなきゃならないのよ。バカじゃないの? 私は家を追い出されて住むとこもない身分なの。お金が欲しいのはこっちの方よ」
「なかなか勝気なお嬢さんだぜ。おれあそういう娘は嫌いじゃあねえぜ。俺たちといいことしようじゃあないか」
3人組のごろつきが私に近づいてきた。するとランディがごろつきたちの前に立ちふさがった。
「お嬢様に指一本でも触れたら承知しないぞ!」
「なんだお前は?」
「俺はお嬢様の付き人兼ボディーガードだ」
私をかばってくれるランディの姿に私は胸がドキンとなった。かっこいいと思ったのだ。もしかしてランディってこう見えて武術の達人とかで実はめちゃくちゃ強いんじゃない?
「こっちは三人だぞ。三対一で勝てると思ってるのか? ぶちのめしてやるぜ!」
「かかってこい! このランディが相手だ!」
しかし物事はなかなか思い通りにはいかないものである。ランディは三人のごろつきたちに囲まれて殴るけるの暴行を受けた。
「はっはっは、こいつ口で偉そうなことを言っていたわりにてんで弱いぞ。やっちまえ!」
「い。痛い! お嬢様、今のすきにお逃げください!」
「そんなことできるわけないじゃない」
いくら何でも私をかばってボコられている彼を見捨てて逃げるなんて非道徳的なことはできない。何とか加勢しようとあたりを見回した。すると両手で持ちあげれるぐらいの大きさの石が落ちていた。私はその石を持ち上げて、ごろつきの一人の頭を背後からぶん殴った。
ごちんッ!
「ぎゃっ!」
殴られたごろつきはぶっ倒れて気を失った。割れた頭から大量の血が流れ出る。
「こ、この女やりやがった。人殺しだ! 逃げろ」
残り二人のごろつきは私に恐れをなして逃げて行った。
「ランディ大丈夫?」
「私がお嬢様を助けようとしたのに逆に助けられてしまいました。申し訳ございません」
「あなた、弱いならなぜ喧嘩なんてしたの?」
「このランディ命に代えてもお嬢様を守る所存でございます」
「フフフ、ランディったら。けどまんざらいやな気もしなくってよ」
ランディはしゃがんでぶっ倒れているごろつきを調べた。
「生きてる?」
「大丈夫です。ちゃんと息をしてます」
「よかった。殺人犯になるところだったわ」
「お嬢様は先に宿屋に言っていてください。私はこの者を始末します」
「始末するって、まさか息の根を止めて海に沈めるつもり?」
「いえ、そんなことはしませんよ。ちゃんと治療を受けさせますよ」
「そう、それを聞いてほっとしたわ」
私は意識不明のごろつきをランディに任せて先に宿へ向かった。
宿屋の部屋に入ってランディが来るのを待ったが、いつまでたっても彼はやってこなかった。仕方がないから私はひとりで眠りについた。
彼は気が変わってお父様のお屋敷に帰ったのかもしれない。ちょっぴり残念ではあるけどそれは仕方のないことなのだ。
私は宿屋のベッドで号泣し、泣き疲れて寝た。
×××
次の日の朝、目覚めるとベッドの傍らにランディが立っていた。
「お目覚めになられましたかお嬢様」
「ランディ! あなたどこをほっつき歩いてたの!? もう私のところに帰ってこないのかと思って心細かったじゃない!」
私の目から涙があふれ出した。
「申し訳ございません。昨日あの後でいろいろやることがあったので、ここにやってくるのが遅くなってしまいました」
「え? いろいろって?」
「それはおいおいわかります。まずは朝食を食べましょう。ここの宿の朝食は結構おいしいですよ」
もっと詳しく聞きただしたかったけど、お腹がすいていたからとりあえず朝食を食べることにした。この宿の朝食はランディの言った通り結構おいしかった。
朝食を食べ終えた私は椅子から立ち上がって言った。
「さて、これからどうするかを考えなきゃいけないわ。実家を追放されたからもうこれまでみたいに学園に通う生活はできない。なにか働き口をみつけなきゃいけないし、いつまでも宿屋に寝泊まりするわけにもいかないから住むところもみつけなきゃ」
「まあ、落ち着いてください。そんなに焦って行動することはありませんよ」
食後のコーヒーを飲みながらランディが落ち着いた口調でそう言った。
「あなたよっぽどのんきね。私たちはこの世知辛い世の中を自分だけを頼りに生きていかなきゃいけないのよ」
「いや、必ずしもそうとは限りません。果報は寝て待てということわざもあるじゃないですか。きっとそのうちに道は開けますよ。もう少しのんびりしましょう」
「楽天家にもほどがあるわね。あなたを見てると気が抜けるわ」
「それでいいんです」、ランディはにこりと微笑んだ。
私はランディの口車に載せられてその日の午前中をのんびり過ごした。お散歩をしたり、本を読んだり、お昼寝をしたりして過ごした。
すると午後になってから予想もしなかった意外な人物が私のもとへやってきたのだ。
「デボラ、こんなところにいたのか! 君の家に行ったら、君のお父さんが、娘は家から追放したなんて言うから、街中の宿屋をしらみつぶしに探したんだぞ。そしてやっと見つけたんだ」
そうまくしたてるのは昨日私との婚約を破棄したウォルターだ。
「え? なんであなたがここに!?」驚いた私は頓狂な声を上げた。
「君に謝りたいんだ」
「わけがわからないわ。最初からきちんと説明して」
「実は、君との婚約を勝手に破棄したと国王であるおやじに言ったら、ぼろくそに怒られたんだ。婚約っていうのは本人同士だけの問題ではなく、お互いの家同士の関係を左右する大ごとなのだと言われた。僕の認識が甘かったんだ。婚約を破棄するにしても、相応の理由がなければ許されないらしい」
「そんなの当たり前でしょ」と私はあきれて言った。
「だからデボラ、僕は昨日の婚約破棄を破棄する。僕の婚約者に戻ってくれ」
「そんな事いまさら言われてももう遅いわよ。私は自分の家を追放されたんだ」
「そのことなら僕の方から君のお父さんに話をつけるから。頼む、この通りだ。君との婚約を復活させないと僕はおやじから勘当されてしまうんだ」
「そんなに簡単に婚約したりやめたりまた復活させたりされても困るわ。私はあなたに婚約破棄されて胸が張り裂けそうになってたくさん泣いたんだから」
「それほど僕のことが好きってことだろ? それならいいじゃないか。過去のことは水に流して前向きに生きよう」
「もうっ、勝手だなあ」と私は頬を膨らませた。
「君にだって非はあるんだぞ。下級生のエリザベスをいじめたんだから」
「それは濡れ衣だって言ってるでしょ」
私とウォルターが言い合いをしていると今度は私のお父様がやってきた。
「我が娘デボラよ。昨日はお前を追放して悪かった。失って初めてお前の大切さに気付いたんだ。家に戻ってきてくれ」
「ええ! お父様まで!? 昨日あんなひどいことを言って私を追い出したくせに」
「愛しい娘よ。この愚かな父を許してくれ。心からお前を愛しているのだ」
「お父様は私を愛してるんじゃない。王太子と婚約している私を愛しているだけでしょ。婚約破棄されたと知ったらすぐに私を追放して、婚約が復活すると知ればすぐに手の平返し。いいかげんにしてよ」
「違うんだ。それは誤解だ。わしの話を聞いてくれ」
「デボラ、僕の婚約者になってくれ」
「やだ!」と私は叫んだ。「お父様にもウォルターにももううんざり! 私は家になんて帰らないし、ウォルターと結婚もしない!」
「そこを何とか」
「デボラ、父を捨てるというのか!」
「私はウォルターと結婚しない。私の結婚相手はこの人よ!」
そう言って私はそばに立っていたランディに抱き着いた。
「なにを言ってるんだデボラ、僕は王太子なんだぞ」
「そいつはただの使用人じゃないか。そんな結婚はわしは認めんぞ」
「お、お嬢様本気でございますか?」
「本気とかいてマジよ!」
「わかりました。その結婚をお受けしましょう」とランディは言った。
「おいお前、調子に乗るな! 僕は王太子だぞ! お前なんておやじに言って死刑にしてもらうんだからな」と怒り心頭に唾を飛ばして怒鳴るウォルター。
しかしランディは冷静沈着。彼は両手で長い前髪をさっとかきあげた。すると今まで隠れていた顔面があらわになった。その顔は予想していたよりもずっとイケメンだった。
「あなたそんなにイケメンだったの!」と私は驚いたが、ウォルターとお父様の驚きはそれ以上だった。
「お、お前だったのか!」とウォルターはランディに指を突き付けて腰を抜かさんばかりに驚愕した。
「あ、あ、あなた様は……」とお父様も絶句している。
「え? ランディって有名人だったの?」とわけもわからず私は目をぱちくり。
「今まで隠していて申し訳ございません。実は私はウォルターの弟、つまり第二王子なのです」
「ええええええ!」と私は驚きの声を上げた。
私が今まで使用人と思ってこき使っていた人物は実は国王の次男だったのである。
書くのが疲れてきたからエピローグは簡潔に書こう。
家を追い出された後に私とランディを襲ったごろつきの正体は、実はエリザベスの家の使用人だった。私に頭を殴られて気絶したごろつきを医者に診せて治療したのちでランディが自白させて判明したのである。
その事実を突き付けてエリザベスを問い詰めたところ。彼女はすべてを自白した。王太子と婚約している私に嫉妬して、狂言で私をいじめっ子に仕立て上げ、私と王太子の仲を裂こうとしたのだ。
彼女は数日後に崖から飛び降りて自ら命を絶った。
王太子であるウォルターは私との婚約破棄を理由に王位継承権をはく奪され、第二王子のランディが新たな王太子となった。
私はお父様の元には戻らず、ランディと一緒に暮らし、結婚できる年齢になってから彼と結婚した。お父様は事業が失敗して破産し、今では浮浪者になっている。
私はランディと末永く幸せに暮らしたとさ。




