倉庫に響く別れのメロディ
古い倉庫の練習場所は、街の光から少し離れた路地裏にひっそりとあった。
鉄の扉が錆びつき、隙間から夜風が忍び込む。
埃っぽい空気に、弦の微かな残響と、かすかな獣の息遣いが混じっていた。
レオナは一人、ギターを膝に抱えて座っていた。
銀灰色の狼耳が、わずかに震え、尻尾が床をゆっくり叩く。
満月が近いせいか、金色の瞳がいつもより濃く、鋭く光っていた。
人間と人狼。
種族が違うということは、こんなにも重い。
音楽で繋がれたと思ったあの頃、バンドメンバーは笑顔で集まっていた。
レオナの咆哮のような歌声に、人間たちは「カッコいい」と拍手した。
でも、いつからか、抜けていく者が増えた。
「人狼の曲は違う」「満月の夜は暴走する」
そんな言葉が、背中で聞こえるようになった。
レオナは薄々感じていた。
種族の違いは、結局、埋められない溝なのかもしれないと。
扉が軋む音がした。
ジェスが入ってきた。
人間の少年は、いつもの穏やかな顔でドラムスティックを指で回しながら近づく。
レオナの鼻が、すぐに彼の匂いを捉えた。
街の夜風、少しの汗、そして、どこか重い空気。
ジェスだけは、いつもそばにいてくれた。
他のメンバーが去っていった後も、ドラムを叩き続けてくれた。
レオナの獣の部分を、怖がらずに受け止めてくれた。
その想いは、いつしか「友人」以上のものに変わっていた。
胸の奥で、静かに熱を帯びる何か。
でも、それを言葉にする勇気は、まだなかった。
「おい、ずいぶん遅かったじゃねぇか? 何かあったのか?」
彼女はゆっくり立ち上がり、ジェスに近づいて軽く鼻を鳴らした。
獣の習性で、匂いを嗅ぐ。
ジェスの服から、いつもと違う緊張が伝わってきた。
「ねぇ、レオナ?」
「ん、なんだよ……?その声、何かあったのか……?」
耳がピクッと動き、ジェスをまっすぐ見つめる。
「もう解散しようか?」
レオナの瞳が揺れた。
爪が少し伸び、床に細い影を落とす。
喉の奥から、低い唸りが漏れそうになるのを必死に抑えた。
「は……? 冗談だよな?」
声が低く、震えてしまう。
「オマエまで……オマエまで離れていくのか……?」
「いや、メンバーいないじゃん?」
ジェスは表情を変えずに答える。
「ふざけんな!」
突然、近くの机を強く叩いた。木の音が倉庫に響き、埃が舞う。
「オレとオマエがいれば…それでいいんだ! 他のメンバーなんて……必要ねぇ!」
「ベースがいないじゃん。後、レオナだって別にギターボーカルがやりたいワケじゃないんでしょ?本当はボーカル一本でやりたいんでしょ?」
レオナの爪がさらに伸び、唸り声が喉から漏れる。
「そうだよ……でも、オマエとなら……オマエとならギターボーカルだってできる! 置いていくな……お願いだ……」
「だから、ベースがいないじゃん。レオナがギターボーカルで僕がドラムでもベースがいないじゃん」
「だったら、オレがベースも覚える。今からでも特訓する。だから……だからオマエは、オレのそばにいてくれ…」
震える手でジェスの服を掴む。
爪が布地に食い込み、わずかに裂ける音がした。
瞳の金色が、赤く染まり始めていた。
「打ち込みでやるの? ベースもレオナが覚えて打ち込みするの?」
レオナの目が赤く光った。
獣の力が、抑えきれずに表面に出る。
「オマエ、本気で言ってんのか? オレが……そんな器用なマネができると思ってんのか?」
「でしょ? だから、人数的に無理じゃん。バンド続行不可能じゃん」
レオナの声が震え、涙が頰を伝う。
「だったら、オレが路上ライブでも何でもする。オマエと二人で……いや、たとえ一人になっても歌い続ける。だから……」
レオナの言葉はジェスの心に響いていないのを感じる。
それは、彼の変わらない表情から、感じられる。
「後さ?」
「なんだよ……」
服を強く握りしめ、震える声でジェスを見る。
ジェスもレオナを見つめ返して口を開いた。
「もうこの際だから言うけど、何でレオナ、甘ったるいラヴソングばっかりやりたがるの?」




