公爵ですが国を追われました。領地は諦めますが、持てる物は全部持って行きます。
閲覧ありがとうございます。
ご都合主義のゆるゆる設定です。そう言うものだと割り切ってお楽しみ頂ければ幸いです。
2025/9/15追記:本作品を筆者のシリーズ「ゆるふわ短編集」に加えました。と言っても、これがシリーズ二作目なんですが(笑)もう少しシリーズの作品が増えるよう精進します。
2025/9/17追記:誤字報告ありがとうございます。
2025/9/19追記:重ね重ね誤字報告ありがとうございます。筆者が明らかに訂正した方が良いと判断した誤字脱字以外は、敢えてその表記を良しとしている場合もあります。本日の追記以降、誤字脱字のご指摘が反映されない場合もございます。ご了承下さいませ。
「自領を必要以上に富ませたことを我が国への叛意とみなし、コンテネル公爵を反逆罪とする。」
「は?」
久しぶりに王城に出仕したら、国王陛下からとんでもないことを言われました。
「本来反逆罪は一族皆死罪とする所だが、其方一族が大人しく我が国を出て行くのならば、死罪から褫爵の上、国外追放に減刑してやろう。流石に国を出るのには準備が必要だろうから、我が国を出るのに三日の猶予をやろう。諸々の引継ぎには地位があった方が便利だろうから、今日から三日間は公爵位を名乗ることを許す。余の恩情だ。有難く思え。」
「陛下の仰せのままに。」
コンテネル公爵は国王の前で王族に対する最敬礼をすると、静かに謁見の間を出て行きました。
「スキーミンよ。コンテネルの奴、大人しく引き下がったな。もう少しごねると思っておったが。」
「はい、陛下。いくらコンテネル公爵でも流石に死罪よりは国外追放を選ぶことでしょう。これで、あの忌々しいコンテネルの富が我々の手に入りますな。」
「うむ。」
「陛下。これで王国内の富は皆に等しく分配されるでしょう。」
「コンテネルを褫爵をしたから、公爵位が一つ空くな。スキーミンよ、公爵位は欲しくないか?」
「陛下がお望みとあらば。」
「今宵の酒は旨くなりそうだな。」
国王の後ろに控えていたスキーミン侯爵と国王は互いの顔を見合ってほくそ笑みました。
◇◇◇
謁見室を後にしたコンテネル公爵はマナー違反にならないギリギリの速さで王城内を移動すると、馬車溜まりに待機していたコンテネル公爵家の御者に声を掛けました。
「怪しまれない程度の速度で王都を抜けたら、領主邸まで全速で戻ってくれ。王都を出たら馬車の中から指示を飛ばす。」
「畏まりました。」
馬車は王都を出ると、一見同じ速度で走っているようにしか見えない位、緩やかに速度を上げ始めました。そろそろ領地に魔法を飛ばしても王都の門番からは目視できない距離まで来たということでしょう。コンテネル公爵は、馬車の中で用意していた文書を魔法で鳥の姿に変え、領主邸に向けて放ちました。これで自分が領主邸に着くまでの間に家令のスチュワードをはじめとした領主邸の者が然るべき準備をしてくれるはずです。
「ワイが国を豊かにしようと努力した成果を国王と山分けするつもりか。相変わらずスキーミンは人の物を横取りすることだけしか才がないな。とはいえ、ワイも足を奴に掬われてしまったのだから、公爵領に引き籠っていたとはいえ、油断したわい。まあ、そんなことをしたって絶対後で痛い目を見るのに、スキーミンの奴も学校を卒業しても学習出来なかったようだな。」
仕えていた主君のおわす王城が一転、自らを害せんとする敵の本拠地となった今、公爵当主自らが生きて家族の待つ公爵領へ戻ることが最も優先するべきことです。
「領主邸に戻ったら魔力を沢山使うから、できる限り休んでおかないと。」
コンテネル公爵は馬車の椅子に身体を横たえて独り言つと静かに目を閉じ、馬車の揺れに身を任せました。
◇◇◇
カーンカーンカーンカーンカーン―――
コンテネル公爵領主邸の鐘が五回、高らかに鳴り響きました。鐘が五回鳴るのは領主帰還の合図です。領主邸の大広間に集められた者達は鐘の音を聞くと、ざわざわし始めました。公爵が魔法で飛ばした文書により、領内の家長全員が集められていたのです。
「静粛に!」
公爵家の家令であるスチュワードが一堂に向けて声を発しました。
「これから公爵様から大事なお話がある。心して聞くように。」
大広間のステージ奥の大きな扉が開き、コンテネル公爵が急ぎ足で入って来ました。いつもは身綺麗に装ってから領民の前に出る公爵ですが、今日の公爵は髪には寝癖がついたまま、着ている服も皺だらけです。
「残念な知らせだが、本日より三日後、私コンテネル公爵は王命により爵位剥奪が決まった。それに伴い、私は一族を引き連れてこの国を出て行くことにする。我が一族が国に留まる場合は叛意ありとみなされ、コンテネル一族皆が死罪となる。」
一瞬の沈黙の後、大広間は瞬く間に喧騒に包まれました。
「静粛に!まだ公爵様がお話し中であるぞ!」
スチュワードは声を張り上げ、大広間のどよめきを何とか静めました。
「公爵様、時間がありません。続きをお願いします。」
「うむ。今、領内の各家長に集まってもらったのは他でもない。今後の身の振り方を皆それぞれに決めてもらうためだ。我がコンテネル一族はこの国を去った後、遥か彼方の地で独り立ちする。我が一族と共に在りたい者には、今の職業と地位、給金を保証しよう。しかし、我が一族が行き着く先はかなり遠い。コンテネルと共に行く者は、この国には二度と戻れぬという覚悟で共に来て欲しい。」
「公爵様、この国に残りたい者はどうされますか?」
スチュワードが静かに尋ねた。公爵はスチュワードに向かって静かに頷くと、大広間に集まっている者達に向かって語り掛けた。
「我々と共に在りたくとも、家の事情でそうはいかない者もあろう。急な話で申し訳ないが、この国に残る者は私が公爵であるうちに王都の職業斡旋所へ赴いて次の仕事を決めてくれ。紹介状はこちらで用意するし、これまで働いてきた分の給金と退職金も支払おう。紹介状を希望する者は―――今は昼過ぎだから、今日中にスチュワードに名乗り出てくれ。名乗り出る者は王都へ移動する家族の人数も合わせて申告するように。王都へ向かう馬車はこちらで用意するが、馬車は乗り合わせになる。持ち出す家財道具は必要最小限にして欲しい。王都へ向かう馬車は明日の朝出発だ。王都へ向けて出発するまで、この大広間を待機場所として開放するので各自寛いでくれ。それから、我がコンテネル一族と共にこの国を出る者は、王都へ旅立つ者達をここで見送ろう。恐らく今生の別れとなるだろうが、共にコンテネルを支えてくれたもの同士だ。互いの幸せを祈り、笑顔で別れよう。見送りが済んでから、国を出るまでに各々がすべきことを伝えるので、そのまま待機するように。それでは、一旦解散とする。」
解散の合図と共に、大広間は蜂の巣を突いたような騒ぎになりました。慌てて帰宅する者、その場で友人と固く抱き合って涙を流す者、この国に残るべくスチュワードの元へ向かう者、皆それぞれの思惑で慌ただしく動き始めました。家令のスチュワードは大広間の片隅で部下に用意させた執務机に着くと、紹介状の必要な者の氏名と馬車に乗る人数を聞き取り、隣に座る部下にそれを纏めるよう指示しました。公爵邸の執務室では、王都へ向かう馬車の手配をする者、紹介状に氏名を書き込む者、新たに紹介状を作成する者など、各々が任された書類を仕上げるべく走るペンの音が静かに響いていました。
「スチュワード、ひと段落着いたら付与魔法の出来る者を訓練所に集めてくれ。」
スチュワードは公爵に一礼をして許諾の意を示すと、仕事の続きを再開しました。
「それから、エディスはいるか?」
「はい、公爵様。ここに。」
壁際に控えていた黒いお仕着せを着た女性がすっと公爵の前に出ました。
「先日王都へ販売が決まった鞄はまだ領内にあるか?」
「はい、これから王都へ出荷する所でしたので、近くの倉庫にまとめて保管してあります。」
「ならば、その鞄を全て訓練所へ持って来るよう手配してくれ。鞄が出荷出来なくなった詫び状は、多めの賠償金を添えて明日王都に発つ者へ持たせる。詫び状も私が署名するだけの状態に仕上げておいてくれ。賠償金の準備も頼む。」
「畏まりました。」
エディスは一礼して公爵の前を離れると、急ぎ足で使用人達のいる部屋へ向かいました。
「さて、私も仕事をするか。」
コンテネル公爵はそれぞれの書類に自分の署名をするという領民のための大事な仕事を片付けるべく、自分の執務室へ向かいました。
◇◇◇
翌朝。コンテネル公爵邸の大広間には、全ての領民が集まっていました。小さな鞄を持っている者達が王都へ向かう者、そうでない者達は公爵と共にこの国を出ると決めた者です。大広間の奥から昨日と同じ服を着たままの公爵が現れました。公爵の目の下には隈が出来ていましたが、さすがに髪だけは整えてきたようです。
「この大広間でコンテネルの民が一堂に会するのは、これが最初で最後だ。我々の道は王都と新たなコンテネルの地へと別れるが、皆で苦楽を共にし、この地を豊かにした事実は揺るぎの無い物だ。これまでコンテネルに尽くしてくれたことに感謝し、皆の息災を祈ろう。最後は笑顔で別れようぞ。新たな門出を祝して、我々の未来に光あれ!」
コンテネル公爵が王都へ旅発つ者達へ、餞の言葉を送りました。
王都へ向かう者達と別れの時です。国を出る者達との間で拳を突き合せる者、無言で互いの肩を叩く者、泣きじゃくる者に「ほら、『公爵様が笑って』って言ってたよ。笑って笑って。」と声を掛ける者、握手をする者、「元気でね!」と笑顔で手を振る者・・・。それぞれが別れを惜しみつつ大広間を出ると、コンテネル公爵領の者は馬車に乗り込んだ者達とそれを見送る者達とに別れました。
「出立!」
公爵家私設騎士団長の掛け声と共に、先頭の馬車が動き出しました。それに続いて、ゆるゆると馬車の列が動いて行きます。公爵家私設騎士団の騎士達が馬車の護衛として、騎馬で王都までついて行くそうです。最後の馬車と護衛の騎士が領主邸の門を出たのを見届けると、家令のスチュワードがその場に残った一同へ声を掛けました。
「公爵様と共に国を出る者は今一度大広間へ。これからの予定を説明する。」
見送りのために外へ出ていた者達は、ぞろぞろと大広間へ戻りました。
「行き先をも告げていないのに、私と共に国を出る選択をしてくれた皆に感謝する。」
コンテネル公爵は大広間の一同に向かって深い礼をしました。
「公爵様っ!」
「公爵様、頭を上げて下さい。」
公爵が領民に対して深々と頭を下げたことに、その場にいた皆が驚きました。
「さて、残された時間にも限りがある。ここからは、手短に話そう。私はこの領地自体は諦めるが、それ以外は諦めないことにした。皆で持てる物は全て持ち、この国を笑顔で出て行こう。西の国境の手前で待ち合わせ、明日の夕方、私がまだ公爵であるうちに西の国境から皆揃ってこの国を出ることとする。」
公爵の言葉の真意がつかめない者達の声が、ざわざわと大広間を覆いました。
「皆さん静粛にっ!詳しくは各家を回ったときに説明します。こちらに荷造り用の鞄を用意しました。こちらの鞄を各家の代表の方に配ります。農家の方は一軒で鞄を二つ、それ以外の家は一軒で鞄を一つ受け取って下さい。」
スチュワートの指示で大広間にいる者は二つの列に並ぶよう誘導されました。各家の代表者が列に並んで受け取った鞄は、革製の小さなトランクでした。
「鞄を貰った方は鞄を持って、そのままご自宅の前でお待ち下さい。ご家族の方はこの大広間で待機して下さって大丈夫です。順番に係の者がお宅を訪問して荷造りの方法を説明します。念のため、鞄の取り違えが無いよう、取り外しの出来る分かり易い目印をつけておいて下さい。荷造りが終わった方で自力で移動できる方は、明日の夕方までに西の国境へ到着するように移動を始めて下さい。」
「ねえ、こんな小さな鞄で大丈夫なのかしら。」
「本当だよな。俺ん家、畑があって家畜もいるのに。」
こうして、荷造り用の鞄を貰った者達は首を傾げながらも大広間に家族を残し、各々の自宅へと戻って行きました。
◇◇◇
「こんにちは~荷造りの説明に来ました。鞄に目印は付けましたか?」
一人の男の前に、白いローブを羽織った男が近付いて来ました。どうやら公爵邸から派遣された者のようです。
「ああ、付けてある。うちのかみさんでも分かるようにな。」
男は鞄を少し持ち上げると、持ち手に結わえた赤い花飾りをローブの男に見せました。
「結構です。それでは荷造りについて説明する前に、あなたの家について確認させて下さい。あなたの家はこちらの建物で間違いありませんか?」
「ああ。」
「建物に付随した設備はありますか?庭とか井戸とか物置小屋とか。」
「庭はあそこの花壇だけだ。井戸とか物置小屋とかは無い。」
男は窓の下にレンガで囲まれた花壇を指差しました。花壇には赤い花が咲き、風にそよそよと揺れています。
「分かりました。少しお待ち下さい。」
白いローブの男は花壇の前に立つと両手を広げて何やら呪文を唱えました。
「準備が出来ました。それでは、荷造りについて説明させて頂きます。」
「あの~、荷造りって言われても、こんな小さな鞄に何が入るんだ?」
「あなたの家です。」
「は?」
「ですから、鞄を開きながらこの中にあなたの家をしまいたいと願えば、あなたの家がこの中にしまえます。」
「え~と、この鞄の中に家をしまいたい。」
そう言いながら男が鞄を開くと、男の家はみるみる縮んで吸い込まれるように鞄の中へ入ってしまいました。
「ああっ、俺の、俺の家がっ!」
「落ち着いて下さい、大丈夫です。公爵様が新たな定住先を定めたら、元の大きさで取り出せるようになっています。」
「おい、旅の途中で必要な荷物はどうやって取り出すんだ?」
「鞄を開いて、取り出したい物の名前を思い浮かべれば取り出せます。しまう時は、必ず綺麗に洗って乾かしてからしまうか、誰かに洗浄魔法を掛けて貰ってからにして下さいね。」
男はローブの男に向かってコクコクと頷きました。
「この鞄からあなたの家を取り出すことで、この鞄に掛けられた収納と軽量の付与魔法は使えなくなります。それ以降は、ただの鞄としてお使い下さい。あくまでも、この鞄に掛けられた魔法は、この国から皆さんが安全に出るための措置ですのでご注意下さい。以上で私から荷造りについて簡単な説明は終わりますが、何かご質問はありますか?」
「いや、大丈夫だ。こんなに軽い鞄一つで全財産を持って国を出れるなんて有難い。ありがとう。」
「私は説明に伺っただけですので、お礼は是非公爵様に。それでは、西の国境でまたお会いしましょう。」
「ああ、西の国境で。」
白いローブの男は男に挨拶を終えたかと思うと、いつの間にかその場から姿が消えていました。どうやら魔法を使って次の家へと向かったようです。鞄に自宅をしまった男は、大広間で待つ家族と合流すべく公爵邸へと急ぎました。
◇◇◇
いよいよこの国でコンテネル公爵が公爵でいられるのも今日限りとなりました。西の国境近くの空き地は、コンテネルの一族と共に国を出る者達で溢れかえっていました。国に残る者を王都へ送って行った馬車や護衛の騎士達も荷造りを済ませて合流しています。空が夕焼けで赤く輝き始めました。
「スチュワード、エディス。」
「「はい。」」
名を呼ばれた二人は、公爵の前に出ると頭を下げました。
「国境を越える者は揃ったか?」
「はい、これで全員です。」
「皆を集めてくれるか。日が暮れる前に、皆で国境を越えよう。」
「「畏まりました。」」
公爵は目の前に置かれた木の箱に乗り、集まった者達を見渡しました。
「私がコンテネル公爵と名乗れるのも今日で最後となった。この先、国境を越えれば私はただのコンテネルとなる。それでも、皆、私と共に来てくれるか。」
「「「「「おお~っ!」」」」」
多くの者達が拳を上げて叫びました。コンテネル公爵に賛同する声が辺りに響き渡ります。コンテネル公爵はその光景を見て、目尻に溜まった涙を指でそっと払いました。
「ありがとう。それでは、日が沈む前に皆で国を出よう。まずは私からだ。」
そう言ってコンテネルは自分の荷物を持つと、スタスタと国境を越えてしまいました。
「もう大丈夫。あとは皆が国境を越えるのを見届けるだけだ。」
コンテネル公爵、いえ、今はただのコンテネルとなった男は自分と共に国を出ると決めた者達が次々と国境を越えるのをじっと見守っていました。そして、その日を最後に国からコンテネルという名は失われたのです。
◇◇◇
翌日。旧コンテネル公爵領に一際豪華な馬車とそれを護衛する騎士の一団、荷車を引いた騎士の隊列がやって来ました。
「陛下、あの極悪人がどれだけ富を溜め込んでいたか楽しみですね。」
「そうだな。三日でどれだけ持って逃げられたんだか。」
「王都中の宝石店へは、コンテネル公爵家に連なる者達へ宝石類を一切売らないように、と手を回しておきました。」
「それはいい。富の独り占めは国にとっては良くない事だからな。」
「そうですね。早く金目の物だけでも回収してしまいましょう。」
馬車の中では国王とスキーミン公爵が脂下がった顔つきで話をしていました。
「陛下、大変ですっ!」
斥候を兼ねた騎士が大慌てで国王の乗る馬車まで戻って来ました。
「どうした、そんなに慌てて。」
「地図にある建物が無くなっています!」
「何、賊にでも荒らされたのか?」
「いえ、賊に荒らされたかどうかは分かりませんでしたが・・・とにかく、地図に載っている物が色々と無いんです。」
「あ~分かった分かった。とりあえず公爵邸まで案内しろ。」
「はいっ。」
国王とスキーミン公爵は、たかが一騎士の言うことだから大したことは無いだろうと高をくくっていました。
「こちらが旧コンテネル公爵邸です。」
「「は?」」
「おいお前、冗談はよせ。」
「恐れながら陛下、冗談ではございません。こちらの地図をご覧下さい。」
差し出された地図を国王が受け取って見てみると、確かに今いる場所はコンテネル公爵邸があったはずの場所でした。公爵邸に通じる道の石畳は残っていますが、広大な公爵邸の敷地内には門すら、いえ、何もかもが無くなり更地が広がっているだけでした。国王の記憶では、コンテネル公爵邸は重厚な屋敷と舞踏会が開けるほどの大広間があり、かつて自身も夜会に招かれたことがありました。邸宅の中には華美ではありませんでしたが、高位貴族にふさわしい優美な調度品や多くの美術品があったはずです。
「公爵邸の建物すら無いとはどういうことだ?!公爵邸の中の物を売り払うだけでもかなりの額だったのに。」
国王は一人、歯噛みして悔しがりました。
「こちらの公爵邸の建物が無くなっているように、地図にある大部分の家が無くなっております。」
確かに辺りを見渡すと、地図に載っているはずの建物が、敷地ごと剥がされたように消えていました。
「陛下、残っている家屋を発見しました!」
一番最初に報告に来た斥候の騎士が再び報告にやって来ました。国王は斥候の騎士をギロリと睨みました。
「それで、何か見つかったのか?」
「はい、あの・・・家財道具が少々。」
「よし、案内しろ。」
「畏まりました。」
斥候の騎士の後で、スキーミン公爵と国王は
「家財道具が見つかったのは、いい知らせか?」
「そうだといいですね、陛下。どれだけ高値を付けて売り捌けるでしょうね。くっくっく。」
高価な家財道具が手に入るかもしれないと、二人は期待に胸を膨らませながら騎士について行きました。
「陛下、こちらでございます。鍵は始めから開いておりました。」
騎士に案内された先は、庶民が暮らしていたと思しき小さな家でした。扉を開けて中に入ると、国王とスキーミン公爵は金目の物が入っていそうな戸棚や引き出しを次々と開けていきました。しかし、家具の中に残っていたのは、庶民が使っているような質素な衣類や食器といった生活雑貨がほとんどでした。
「こんなもの、金目の物でも何でもないわっ!」
金目の物があると期待していたスキーミン公爵は、期待が外れたことにむしゃくしゃして、近くにあった棚をガンと蹴りました。
「痛っ!」
棚を蹴った勢いで棚の中からカップが落ちて割れたようです。割れたカップの破片が飛び散った勢いで、スキーミン公爵は脚を怪我してしまいました。
「スキーミン。余が怪我をしたら、どうなるか分かっているだろうな。」
「は、はいっ。しっ、失礼致しましたっ。」
国王に睨まれたスキーミン公爵は、頭を下げながら怯えた様子でハンカチで出血した脚を押さえました。
近くにいた騎士に応急手当をしてもらったスキーミン公爵は国王と再び馬車に乗り込み、移動を再開しました。カップの破片でスキーミン公爵の服の一部が破れましたが、着替えなど当然持ち合わせておりません。スキーミン公爵の足元で、服の破れた部分がひらひらと馬車の動きに合わせて揺れていました。足元の愉快な光景を余所に、険しい顔をした国王とスキーミン公爵は窓の外の景色と旧コンテネル公爵領の地図とを見比べていました。
二人を乗せた馬車は街道と呼ばれていた石畳の道を郊外に向けて進んでいましたが、車窓から見える景色は至る所で石畳が剥がされた空き地と、歯抜けのようにまばらに建っている家ばかりでした。
「陛下。そろそろ地図によると、コンテネル領の穀倉地帯に差し掛かっているはずなのですが。」
「余には空き地しか見えないが。」
「私が一度降りて確認致します。陛下は安全のため、馬車の中でお待ち下さい。」
スキーミン公爵は国王を馬車の中に残したまま外に出ました。
「は、畑は・・・どこへ行ったのだ?!」
目の前には、街道の石畳の横を深く掘り下げた空き地が広がっているだけでした。スキーミン公爵は慌てて馬車に戻りました。
「陛下、陛下っ。は、畑がありません。」
「さっきから空き地しか見えないと余が言っているだろう。」
「はい、陛下の仰る通りです。恐れながら、陛下も一度ご覧になられた方が宜しいかと。」
国王は馬車を降りると、スキーミン公爵に連れられて地図で畑と表されている所まで来ました。
「これは・・・。」
国王は目の前の光景に唖然としました。王国の食糧庫と名高い穀倉地帯が一転、広大な平原となっていたのです。何とか気を取り直した国王とスキーミン公爵は西の国境まで馬車を進めましたが、国境に着くまで価値のある物は何一つ見つけられませんでした。
「コンテネル領は巨人にでも荒らされたのか?あれだけ繁栄していた領地が、僅か三日でこの有様とは。」
コンテネルの豊かな富を奪おうと画策した国王とスキーミン公爵は、がっくりと肩を落としました。
一方、収納と軽量の付与魔法で領地以外の持てる物全てを鞄に入れて国を出たコンテネル一行は、国から遠く離れた地で一族の再興を果たしたということです。
公爵令嬢が国外追放されるテンプレで、追放されるのが父親の公爵自身になったらどうなるか、と考えたらこうなりました。
初稿から色々と削って何とか一万字以内には収まりましたが、連載2.5回分位のボリュームになってしまいました。ええ、連載も頑張って執筆しますとも。良かったら長期連載中で未だに終わらない拙作もご一読頂けると幸いです。拙作のリンクはこちら↓
天然の治療師は今日も育成中
https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/1223050/
今回も最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。