第6話「とち狂った宇宙研究者たち」
「高木さーん!」
「ん、どうした?」
12月17日。
休憩中に、部下の渡辺がスマホの画面をこちらに向けてきた。
「これ、見てくださいよ!」
「……こ、これは……!?」
そこに映っていたのは、
『予言者トモエのノストラ日記』の最新投稿だった。
渡辺がぽつりとつぶやく。
「この星が滅びる確率が、ぐんと上がりましたね!」
***
私の名前は、高木ダイゴ。
45歳。
ある宇宙機関の研究員をしている。
普段の業務はというと、
観測データの解析、研究論文の執筆、探査機の運用支援。
人工知能を使った画像解析とか、自動探査のアルゴリズム開発とか……まぁ、色々だ。
どうですか?
難しそうでしょ?
聞いてるだけで頭痛くなるでしょ?
実際、自分でも何をしてるのか分からなくなることがある。
正直なところ、全然面白くない。
なんでこの仕事に就こうと思ったのかすら、もう忘れてしまった。
これは、私だけではない。
部下たちも、みんなどこか病んでる。
「高木さーん」
「なにー?」
「これマジで意味わかんないすけど、教えてください」
「いや、お前がわかんないんなら、俺にわかるわけないだろ」
こいつは、部下の渡辺シゲル。
うちの中では一番話が合う研究員。
つまり、一番ダメなやつだ。
「渡辺、ちょっとタバコ吸いに行こうぜ」
「そうっすね」
ふたりで喫煙所に向かい、黙ってタバコに火をつける。
「……はぁ、疲れましたねー」
「……だな」
「なんかもう、巨大隕石とか衝突してくれねーっすかね」
「わかるわー。もう人生終わってもいいわー」
私たちは、こんな調子で、ストレスに追われながら淡々と生きている。
***
ある10月のことだった。
休憩中、何気なくスマホを開いた私の目に、
ある投稿が飛び込んできた。
『20EW年。12月27日。
午後6時30分。
巨大隕石が落下し、この星は滅びます。
我々の命は、残り約2ヶ月です。
どうか、後悔のないように生きてください』
——脳に、電流が走った。
私は急いで休憩室に戻り、
昼休みでダラけていた研究員たちの前に立った。
「みんな、これを見てくれ!」
スマホを掲げると、全員がぽかんとこっちを見た。
「……なんですか、それ?」
「『予言者トモエのノストラ日記』ってアカウントの投稿だ」
「予言者……?」
「そう。この人の過去の投稿、8割くらい的中してるんだよ。
……で、今回の予言がこれだ」
私はスマホの画面を彼らに見せた。
一瞬の静寂。
次の瞬間、全員がスマホを取り出し、各々検索を始める。
「……マジかもしれない」
「やった……やったぞ!
俺たちの人生、あと2ヶ月で終わる!」
「っしゃぁあああああああ!」
「ずっと思ってたんだよな……隕石でも落ちねーかなってさ」
笑い声、歓声、絶叫。
研究所が、熱狂の渦に包まれた。
全員が、たった一つの投稿で“トモエ信者”になっていた。
その日を境に、研究室の空気はガラリと変わった。
それまで死んだような目でタバコを吸ってた連中が、
突然モニターとキーボードにかじりつき出す。
「あ、俺、隕石の軌道計算やります!」
「27日午後6時30分、衝突座標、今度こそ掴みます!」
なんて声が飛び交う。
誰も彼もがウキウキだった。
こんなに“前向き”な職場、見たことがない。
みんな、世界が滅ぶことを心から望んでいた。
ところが、数日後。
観測データの収集が終わり、解析も完了した。
結果は——
何も、なかった。
観測衛星は異常なし。
重力変動も兆候ゼロ。
軌道に異変は確認できず。
つまり、
巨大隕石なんて、どこにも存在していなかった。
モニターを見つめたまま渡辺が、ぽつりとつぶやく。
「……ないっすね」
その声は、やけに静かだった。
次の日から、研究室は再び死んだ目に戻った。
私たちは“現実”に引き戻されたのだ。
***
そして、月日が流れて——12月17日。
「高木さーん!」
「ん、どうした?」
休憩中に、部下の渡辺がスマホの画面をこちらに向けてきた。
「これ、見てくださいよ!」
「……こ、これは……!?」
『10月に私は「巨大隕石が落下し、この星は滅びます」と予言しましたが、それは間違いでした。
正しくは、
小型クラスの隕石が突如観測され、イレギュラーな軌道で、この星に降り注ぎます。
……まぁ、どちらにせよ、私たちの寿命が27日で終わることに変わりはありません。
この度は、大変申し訳ありませんでした』
「この星が滅びる確率が、ぐんと上がりましたね!」
私は画面を見つめたまま、静かに頷いた。
「……あぁ、帰ってきた。俺たちの希望の光が」
気づけば、涙がこぼれていた。
体の奥底から、何かが確かに蘇ってくるのを感じた。
仲間たちにも、すぐに知らせに行った。
「今度は、小型隕石だと……!?」
「しかも、軌道がイレギュラー……!?」
「てことは、検出されないってことか……!?」
全員の目に、煌きが宿った。
死んでしまった研究所が、再び自転を始めた。
熱狂の渦に包まれた研究所の中で、渡辺がにやりと笑う。
「やりますか、高木さん?」
「……やるしかないだろ」
こうして、私たちは再び、終末の軌道に乗った。