《モブに名前がつく瞬間》
世界、それは広く。
世界、それは色付き。
─奇跡、それはだれかの願い。
「瑞希っ!おはよ!」
友達から声がかかる
「あ、おはよ…。」
「高校でもクラスが同じなんて奇跡かな。これから1年間よろしくね!」
4月、入学式。
桜が舞い落ち花弁の絨毯がアスファルトを彩る通学路。
桐野瑞希、15歳。高校1年生になった。
先程話しかけてきた少女はもう他のクラスメイトに話しかけに行ってた。
…彼女、誰だっけ。
たしか中学校…。いや、小学校だっただろうか。いつからか共に成長してきた少女。
…名前わかんないなぁ。
私は昔から名前を覚えることが苦手だった。
引っ越した先のご近所さんも、クラスメイトも、担任の先生も。
─彼ら名前が覚えられない。
だが、そんな私のことを覚えてくれる人はたくさんいるのだ。
…また、あやふやなまま卒業するのかな。
一抹の不安を覚えていると、隣の男子生徒が話しかけてきた。
「おはよ。オレ水野叶和。よろしく」
挨拶と名前だけのとても簡素な自己紹介だった。いや、そんなことを考えてる暇はない。私も返事をしないと
「あ、私…桐野……」
苗字まで名乗ったところで「水野ー!!お前クラス違うってマジかー!!」と、大きな声で叫ぶ声がした。
他クラスの男子生徒だろう、大きな声は朝からだと少し耳障りだ。きっといずれ慣れるのだけど
彼…。えっと、水野くんは「うるせーよ笑」と言いながらその声を発した生徒の元へ歩いていった。
…元気だなぁ。
先の高校生活を憂う。何を隠そう私はごちゃごちゃした音が結構苦手で、静かな場所で平穏に暮らしていたいからだ。
そんな思考もほどほどに、始業を告げるチャイムがなった。
席に着き、担任の先生が自己紹介をする。
「1年B組を担当するーーです。よろしくお願いします」
ぺこりと一礼する先生。聞いていたはずなのにやはり名前がわからない。
とりあえず、今日の日程は教科書配布と部活動紹介のようだ。
…気を引き締めないと。
静かに腕を動かした私を見ていた水野くんの視線には、気づくことが出来なかった。
教科書配布と一通りの教室の場所の説明が終わり、各自気になる部活動の見学へ向かうこととなった。
簡単な感想用紙を配られ、回った部活動の感想を書き先生に提出するのが最初の課題だそうだ。
部活動に入る生徒に関してはこの課題は提出してもしなくても構わないらしい。
…部活動に入る方が得かも。
ぼんやり考え、歩く
「瑞希!」
今朝の少女が私に声をかける。私は小さく微笑みを返した。名前がわからないから
「ねぇ瑞希、一緒に部活動見て回らない?私気になってる部活があって…」
と、馴れ馴れしく話しかけてくる彼女。
「あ、先約。」
後ろから小さく聞こえた男子生徒の声。
「…あ。水野、くん?」
振り返ると立っていたの水野くん。何故か頭にねじ込んだ彼の名前を私は呼ぶ
「正解。オレこれから魔術研究部ってとこ行くんだけど一緒に行かない?」
ドストレートなお誘い。
…断る理由はないのだ、だが。
「…あー、瑞希、水野くんと仲いいの?なら私はほかの子と回るね」
彼女は何故かサッと身を引きどこかへ去っていった。
…よくわかんない。
「先約もどこかに行ったし。桐野、一緒に回ろう」
「あ…うん。」
1階、特別部室棟。
こちらの棟は主に文化部が使う棟らしく、廊下を歩いているとキャンバスに描かれた油絵を見ることが出来たり、吹奏楽部の練習の音が聞こえてくる。
無言で2人、魔術研究部に向かっていると真正面からダッシュしてくる人影が見えた
「おー!!そこのおふたり!お待ちください!!」
大声でこちらに呼びかけ、私たちにぶつかる直前で人影が止まった
─身長145cmほどの少女。リボンの色が緑色だから3年生かな。丸い眼鏡をかけているから国民的アニメの男の子を何となく連想してしまう。
髪は長く、地面にまで届きそうで。身の丈にあっていない大きな白衣からは手が出ていない。
「この先にあるのは魔術研究部といった部活でね、部員はワタシと2年生の計2人なんだけど、良かったら覗いてみないかい?世界の理を知ることが出来るかもよ…。」
怪しげな声色で、かつ饒舌に捲し立てるように話す彼女。
「…えっと、」
「ああ!ワタシの名前かい?ワタシは…Mと呼んでホシイな!」
「Mと呼んでホシイな。じゃないだろ、萌訶センパイ。」
呆気にとられていた私の視界には入っていなかったが、前の通路から歩いてきたであろう男子生徒。
ネクタイは青、2年生だ。
「あー、俺も自己紹介するか。俺は…」
彼の言葉を遮り、他己紹介を始めた先輩
「彼は黒井絢乃!女のコのような名だが立派に男子高校生だ!我が部活の副部長を務めながら生徒会副会長としても業務に励んでいる!」
テンション高く話す…モカ先輩に呆れるアヤノ先輩
たしかに、彼の姿は今朝の入学式でも目にした気がする
…あれ、なんで彼女たちの名前は憶えられるんだろう
「ほんと、モカセンパイに騙されさえしなければ副部長なんかごめんですけどね。」
そう吐き捨てため息を着くアヤノ先輩。
「…一応、覗いていきます?魔術研究部」
「おー。」
平坦な声色なのに目を輝かせている水野くん
私も部室にお邪魔しているが、なんかよくわかんない図形?やおっきいドクロ。鹿の頭部が壁にかけてあったり、小さな本棚には大量の分厚い本が捩じ込まれている。手に取って見てみると六芒星が描かれていた
「この本はBLACK MAGIC。コチラは日本の呪い大百科……。愉しいかい?」
「えぇ、とても。」
今日の中で一番輝いて見える水野くんの表情。なんか楽しそうだしいっか
「そういえば、キミたちの名前を聞くのを忘れていた。教えてくれるかい?」
「1年B組水野です」
淡々と答える水野くん。私も遅れて自己紹介
「あ、えっと、1のB桐野です!よろしくお願いします!」
「なるほど…水野クンに桐野クン、と。」
モカ先輩は羽根ペンで手元の羊皮紙に何かを書いている。ちょっと怖い
「とりあえずワタシたちの活動をご紹介しよう。そこの椅子に座って〜?リラックス〜」
不思議な言い回しのモカ先輩に促され、私たちは椅子に腰かける
「モカセンパイ、言い回しが独特ですけどあんま肩の力入れずに話半分で聞いてください。」
副音声のように解説を入れてくれるアヤノ先輩、優しいな。
それから私たちは約30分、モカ先輩の話を聞いた
「…と言った具合なんだが、入部の希望は?」
難しい専門用語を沢山聞かされ、私の頭はパンク寸前だった。でも水野くんはそんな私とは打って変わって楽しそうな目で
「入ります!」と高らかに宣言した
「…水野くん、入るの?」
彼の見た目からしてこんなオカルトチックなこと微塵も信じていなさそうなのに、言い方はちょっと悪いけどこんな部活を選ぶなんて意外だなって思う。
「だって、魔術で奇跡が起こるんだ。凄いだろ」
水野くんは楽しそうに話す
…奇跡。
たしかに、奇跡がどうこう話していた。
奇跡は、自らの手で起こすもの。奇跡は、だれかの願い1つで簡単に起こるものだ。と
…選択の機会は、今この瞬間だけだ。
「ありがとう!水野クン。…桐野クンは、残念だが……」
「入ります!」
思ったより、大きな声が出てしまった
「え」
動揺するアヤノ先輩の声
「「おっ」」
感嘆の声が、2つ。
「私、ずっと人の名前が覚えられないんです…。小さい頃から一緒に育ってきた友人の名前も、良くしてくれた担任の先生の名前も……。でも、皆さんの名前は覚えられたんです。そんな皆さんとなら、私の悩みが解決出来て、きっと誰かの悩みにも寄り添える気がして…。」
入試の面接のように話してしまった。引かれたかも…。と怯えていると
「…イイじゃないか!」
モカ先輩の声。その声はとても嬉しそうで
「ワタシは感激したよ!桐野クン。ワタシもぜひ、キミと、キミたちと共に魔術の研究に励みたい!」
モカ先輩そう歓喜の声をあげるとどこからか2枚の紙を取りだしてきた。
「これが入部届ね。こことこことここを記入して先生に持っていったら入部完了。晴れて魔術研究部の仲間入りだ。」
めっちゃ淡々と説明するモカ先輩。さっきまでのテンションはどこに行ったのだろうか…。
「こんな素直でいい子たちがなんでうちの部活に入ってきたんだ…。まぁ、いいか。」
心做しか微笑んで見えたアヤノ先輩の顔。
「じゃあ、今日はもう遅いし解散にしよう。お疲れ様」
そう言って一目散に部屋から去っていったモカ先輩
「あの人一応受験生なんですけどね。部室は俺が閉めるんで、2人は気をつけて帰ってください。」
優しく説明をしてくれるアヤノ先輩。
私は水野くんと顔を見合わせ、頷く
「「これからよろしくお願いします!」」
大きな声でそう言い残し、部室を後にする
廊下の窓から見えた夕陽は紅く輝いていた。
くじらのはらです。短編です。続きません
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