新型再生可能エネルギー
朝日が顔を出し、やけに豪華な洋風一軒家が建ち並ぶセメテリー村を爽やかに照らした。
頬をチリリと刺激する光を感じて瞼を明けた月の女神は、大きく伸びをして大きな欠伸を落とした。
昨夜ほぼ空に等しかったルーナの魔力は十二分に補給され、異様なほどの空腹感も無くなっていた。
「月の光で魔力充電できるとか、まじコスパよすぎハゲそう」
そう、彼女の体内の魔力は月の光由来のものであり、何もしなくても夜が来れば自動で供給されるのであった。
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不死屍たちからとびきり大きい魔力石がルーナに献上され、気分上々で胸元に押し込もうとした時、突如画面が表示された。
▽ 月昇を確認
▽ 魔力供給開始
終了予定時刻 : 日の出
内容を確認すると同時に体が淡く発光し、やがて空に薄っすらと浮かぶ月から蛍のような小さな光が降り注いできた。
それらはすべてルーナの心臓部へ吸い込まれてゆき、取り込まれた数が増えれば増えるほどに空腹の存在感が遠ざかっていく。
それどころかこれまでよりも数段密度の高いオーラがルーナの周りを漂い始めた。
月の女神の真価は夜にこそ発揮されるらしい。
その後腹4分目まで補給を済ませたルーナは先ほど自分が倒壊させた家屋をデコレーションし、ひとまず不死屍たちが寝泊まりできるだけの住居を作ってみせた。
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ということがあり、日の出に気づかぬまま十二分に睡眠を蓄えたルーナは寝起きからハイテンションなのであった。
「デコレーションってまじ便利だわー
ヘアメ秒で終わるしメイク落とさなくていいしー」
ドタバタと部屋を駆け回り、時間に追われながら身なりを整える朝との決別に鼻歌が漏れる。
昨日の夜、デコレーションで自分のハンカチを元に作っておいた制服(なんだかんだこれが一番着心地がよかった)に袖を通す。
昨日家を作る際についでに作っておいた日用品や家具たちの中から歯ブラシとコップを取り出し、空気に指をなぞらせてそこから水を作り出した。
これらのデコレーションの活用法のほとんどが昨日の夜にアルドが考案したものである。
「まじアルル天才すぎて結婚案件っしょ
さすがうちのマブ」
一定のリズムで歯ブラシを動かしながら独り言を浮かべた。
ちなみにルーナに結婚願望はない。
太陽が真っ直ぐとつむじを照らそうという頃、ミノタウロスたちはルーナに任された初の仕事である森の開墾に勤しんでいた。
何年もそこに植生し、地に深く根を張った大木もミノタウロスの怪力には及ばぬらしく、およそ5分に1本のペースでなぎ倒されていった。
オスのミノタウロス55体が村を囲むように円を描いて並び、タウロの掛け声で目の前の木を処理していく。
このままのペースで領土を広げられれば、今日中に全員が住み始めることが可能だろうというアルドの読みは見事的中しそうだ。
残りのメスのミノタウロスたちは不死屍たちと共に無秩序に生えた雑草や細かい材木の整理、オスたちが倒した木の処理を行っている。
こちらも中々順調に進んでいるようで、アルドとコールを中心に黙々と作業が進められている。
かくいうルーナはと言うと、ミノタウロスたちの住処から持ち込んだ衣服たちに片っ端からデコレーションを施していた。
デザインの更新はもちろん、それは村民たちを守るためのものでもあった。
セメテリー村が困窮した大きな原因であるミノタウロスたちはすっかりマブとなったものの、不死屍が他の魔物から虐げられている事実は変わらない。
ミノタウロスが高度な戦闘力を誇るとはいえら今後いつ新たな魔物の標的にされるかが分からないことから念には念を入れることにしたのだ。
「モルテはメンズライクがいいよなー
なんか宝塚!!って感じだしー
骨格優勝してるからオフショルとか着てほしい気もしなくもない的な感じだけどー」
昨日受肉させた元女騎士の不死屍をイメージした服を生成する。
ファッション誌をデジタルで定期購読していたルーナは、骨格や顔立ちに合ったスタイリングが得意なのである。
彼女のセンスの高さは友人間では有名であり、デート直前の駆け込み寺として月に何人もの迷える乙女にお告げを施していた。
出来上がった服はモルテが醸し出す雰囲気とよく似合い、派手すぎず地味すぎないまさに理想的な仕上がりだった。
しかし、それは一方で物理、攻撃魔法を跳ね返す魔法と衝撃を感知するとルーナに危険信号が伝えられる魔法が織り込まれたとっておきの戦闘服でもあるのだった。
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「え、お金ないの…!?1円も!?」
ルーナが寝泊まりすることになった一際大きな一軒家に家主の困惑の声が響いた。
今後の村の方針について話し合うべく、ルーナ宅に招かれていたのはアルドとタウロだ。
ルーナの反応は想定内と言ったところのようで、二人とも顔を合わせて居心地が悪そうにしている。
「円…という単位は聞いたことがありませんが、ここの国ではシェルという単位が使われています。」
「お恥ずかしながら不死屍は魔力石さえあれば生活できてしまうため、セメテリー村には1シェルも貨幣を持ち合わせておらず…」
「我々も、装飾品や資源を元に生活していますので手持ちは僅かなものでして…」
お金が無くても困らない不死屍と、使い道がないミノタウロス。
これまで必要が無かった物も大所帯で共に生活していくとなると必要性が高くなっていく。
事実、衣食住の関して、互いの持ち合わせのみで生きていくには無理が露呈し始めている。
衣服に関しては、ルーナのデコレーションである程度の数は生成できたものの、換えがないのは衛生的にも精神的にも良くないものがあった。
布切れでさえ、この村には在庫が少なく貴重なものなのである。
食事に関しては、ミノタウロスたちの狩猟や採集の能力に頼ることで何とか賄えているものの、季節や天気にその日の食事が左右されてしまう恐れがあった。
住居に関しては、今最も必要なのはミノタウロスたちが余裕で入れるような浴場と、そこに水を運ぶシステムを開発することだった。
衣にしても食にしても住にしても、何から何までルーナのスキルに頼るのは限界がある。
いずれは王都に存在する正規品の市に足を運ぶしかないことは明らかだった。
それならば早いほうが良い、と明日にでも王都へ出かけようと持ちかけたルーナに伝えられたのが、この一文無し問題である。
なんでもセメテリー村が属するこの国、リュミエール国は王政による税収が厳しく行われているらしい。
ここ最近は特に何を買うにもとにかく高価でお金が必要だという。
「えーまじー?
何かお金稼ぐ方法ない??」
「今すぐにとなると、何か売れるものを政府の引き換え店で買い取ってもらうしかないですね…」
「ですがそこはあくまで王への献上の礼として貨幣との交換が行われているので、高価なものや珍しいものでなければ門前払いされてしまうかと…」
再度話題に上がったこの国の王は、やはりかなりの暴君のようだ。
ルーナは布切れに書き写しておいた昨日のメモの
● 国王は魔物きらいでけっこーじこちゅー
の行の下に
● 国王は性格終わっててあたおか
と書き足した。
「あ、そーだ!!良いこと思いついちゃったかも!!」
追加項目の下にさらに
● 国王は絶対デパコスしか使わない系
と書き足している途中で、突然勢い良く顔を上げ、メモをまじまじと見ていた二人に声をかける。
二人ともルーナの突然何かを思い立って声を上げる癖にはもう慣れたようで、特段驚くことなく次の言葉が紡がれるのをじっと待っていた。
「この国でいっっっっっちばん高いものって何?」
「一番高いもの…ですか…
恐らくですがこの国は海が無いため、ほとんど市場に回らない”塩”ではないかと…」
「私もそう思います。
塩と言ったら、誰もが憧れる高級品です。」
アルドの言葉にタウロが同意する。
それを聞いたルーナは数十秒考えた後、再び二人に問いかける。
「ここらへんってさ、きれいな水いっぱい取れる所とかある?」
「水でしたら、近くに澄んだ水が通る沢があります」
アルドの返答にルーナはガッツポーズで応えた。
どうやら脳内にあった「良いこと」が実現する目処が立ったようで、その表情は自信と期待に満ちていた。
「よし!!明日王都行こう!!!
あたおか王様にサプライズ仕掛けてあげよー!」