大所帯になりまして
「投げたら30個に分裂してミノタウロスめがけて飛んでいく魔法でデコレーションしたスーパー小石ちゃん」が転がる掌にミノタウロスたちの視線が釘付けられていた。
オーラの気は明らかに不死屍であるにも関わらず、規格外の魔力量と威圧感を持つ突如現れたルーナの存在はただでさえ異質なものだった。
それに加えてたった今行われた物質の形状変化と魔力の付与、しかもそれは魔法へと加工され眼の前で左右に揺れ続けている。
_________当たったら死ぬ
過去に積み重ねてきた経験と直感が彼らの間を駆け巡っていく。
種族間のつながりが強く、意思共有がされやすいミノタウロスたち故に同様がジリジリと伝播していき、やがてそれは辺り一帯を包んだ。
「謝ってドゲロったら許してあげるしこれも投げないけど、誰か一歩でも近づいたら、、、、、、」
途中で言葉を止めると、空いている手で足元にある木の葉を一枚つまむ。
それを丁寧に握り込み、拳の中で丸く一つにまとめだした。
瞬間に例の小石ちゃんと同じ形状のものをデコレーションし、すぐにそれをミノタウロスたちとは反対の方向、家屋たちに向けて軽く放り投げる。
宙に投げ出された球体は数メートル先で鋭く青白い光を発し、大きな破裂音とともに数個に分裂した。
瞬きをする間に光たちは家屋に向かって一直線に飛んで行きやがて先刻のルーナのオーラを耐え抜いたボロボロな家屋だけに直撃する。
あっという間に取り壊された元・家屋たちは的確に支柱を撃ち抜かれたようでほとんどが全く同じ形状で横になっていた。
あまりにも一瞬かつ衝撃的な出来事に、ルーナ以外の時が止まったかのような早いとも遅いとも言えない時間の流れが生まれた。
「どーーーーーーーーーん!!!!!!
やばくなーい!?うちまじで天才!?今の撮ってたら絶対バズってたっしょ!!」
「あ…あり得ない…これほどの精度の魔法は王都の魔導師でも不可能だろ、、、」
「いや、もうこの方は何でもありなのだろう…これがどれほどのことであるかは、理解しておいてほしいものだが…」
ルーナに聞こえないほどの声量で不死屍二人の議論がいち早く始まってすぐに終わりを迎えた。
嬉々として初魔法の成果を尻もちをついている不死屍たちにアピールする姿は尻尾を振る子犬のようで、二人からの褒め言葉を今か今かと待っている。
「す、素晴らしいですルーナ様!!
初めてでこれほどの威力とは、村の者たちが居れば拍手喝采間違いなしでした!!」
「そうですとも!こんな精度の高い魔法、始めて見ました!!」
二人の言葉に、ルーナの見えない尾が更に激しく揺れた。
褒められれば褒められるほど成長するタイプな彼女には堅苦しい言い方のあからさまな褒め方が刺さったようだ。
しかし、本来使用にも習得にも膨大な魔力と時間を費やす魔法をいとも簡単にやってみせたことから、二人が大げさにかけたように思える言葉もあながち過大評価では無いだろう。
それは魔法攻撃が弱点であるミノタウロスたちが最もよく理解していた。
ミノタウロスがこれまでさまざまな村への襲撃を可能にしてきたのは、彼らの巨体に効果的に作用するほどの魔法攻撃を可能にする魔物が存在しなかったからなのである。
物理攻撃や体格、魔力量、種族としての結束の高さはセメテリー村周辺に生息する魔物の中では随一であり、それ故に彼らの警戒の対象は魔物に向いていなかった。
そんな彼らの眼前に突如現れた魔力、オーラともに規格外な魔法を使う謎の少女。
そしてその女は弱小中の弱小魔物である不死屍の味方に付き、彼らを従えているようなのである。
更に彼らを驚かせたのは、やはりその名前だった。
「ルーナ……だと……!?」
「伝説の女神か…???架空の存在のはずでは………」
「いや、だがそうでもなければ今の攻撃の説明がつかん……」
疑惑と困惑の波紋は徐々に種族を巻き込んで拡大し、やがて一つの結論へと終息した。
「もっ…申し訳ございませんでした!!!」
辺り一面に広がる牛頭の後頭部が上に乗った筋肉の塊たち。
ミノタウロス×30がドゲロる姿は壮観なものだ。
殊に、虐げる側であったミノタウロスたちが恐れをなしてひれ伏す景色が不死屍たちの魂を震わせていた。
常に敗者である彼らが、上から敵を見下ろす状況下に置かれるのは死んで以来初めてのことなのだ。
“不死屍がミノタウロスを降伏させた”。
この事実がきっと歴史を動かす一歩になるであろうという予感が不死屍の二人の胸の中で色濃く刻まれていった。
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「はーい!そしたら一列に並んでー」
ルーナの声が村中に響く。
彼女の声の先には、縦一列に整列したミノタウロスたちがいた。
「ミノタウロスの長をしております!タウロと申します!!
先程は女神様にとんでもないご無礼をはたらいてしまい…」
「だーかーらー、もうマブなんだから堅苦しいのいいんだって!
アルルとコーも許してくれるってさー、鬼優しいよねうける」
彼女がもつ格言(自作)のひとつである「喧嘩ができる相手とはマブになるべし」に従い、晴れてミノタウロスたちもルーナのマブの仲間入りを果たしたのだった。
マブになったからには全員の名前の把握とニックネーム作りが最優先だと判断したようで、王への謁見式のようなスタイルでそれが行われているのだ。
アルドとコールはルーナの両脇に付いて、進行役を務めている。
「なんか二人、うちの秘書みたいじゃん??
しごできなマブがいてまじ感激しかないわー」
彼ら自身、ルーナを召喚して以来初めての奉仕とも言える仕事を任されているため安堵と高揚に満ちている様子だ。
「あ、そういえば、デコり忘れてたわ
まじしくったソッコーやろうと思ってたのにー」
「一旦ミノちゃんたちの自己紹介タイムストップねー」
おもむろに何かを思い出した様子のルーナは早速付けたニックネーム、ミノちゃん(ミノタウロスの総称)で彼らを動揺させながら謁見式の進行に待ったをかける。
何事かと顔を見合わせる不死屍たちをよそに、ルーナの掌がそれぞれの頭蓋骨に置かれた。
両腕を骸骨頭に伸ばしたまま、下を向いて何か真剣に悩むような様子を見せる。
不死屍二人にはさらなる困惑を、ミノタウロスたちには未知との遭遇を与えた彼女はそのまま数十秒眉間のシワを徐々に深く刻んでいった。
アルドが声をかけようと口を開いたとき、突然顔が勢いよく正面を向く。
その表情は魔法を完遂した時と同じものだった。
彼女のほほえみを視界が捉えると同時に、もうすっかり見慣れてしまった閃光に包まれる感覚を覚える。
「マブ記念にプレゼント的な?
骨のままだと色々不便だしー、目ちゃんと合ってるのかもわかんないしー」
ルーナの優しく呟く声とともに光が空気に溶け込んで姿を消す。
それと引き換えに、二人の視界に広がる景色は先程よりも鮮明で輝いていた。
アルドの眼の前には満足げな表情のルーナと、もう一人の見たことのない人間。
どことなく立ち姿がコールに似ていると感付いたときには視界が歪んで頬に熱いものが流れている事実を噛み締めていた。
不死屍たちは女神の手によって肉を得、皮を得、神経、臓器、彼らがかつて失ったものの全てを与えられたのだ。
涙腺を壊されたのはコールも同じなようで、「滝のような」という形容表現をするのが自然であると感じるほどの激しい泣き方をしていた。
「やっぱ骨よりこっちのがいいよねー
うち好みのイケメンにしちゃったけど仕上がり大丈夫そー?」
「って、アルルもコーも泣きすぎじゃね??
イケメンが台無しなんだがうける」
▽ 派生スキル獲得
▽ デコレーション→ 受肉 Lv.2/99 未覚醒
肉体をもたない種族(魂が存在する場合に限る)の体に肉体を与える。
進化の進捗度は スキル:デコレーション にも適用される。
新たなスキルの誕生を知らせる画面が現れる。
すかさず「派生スキル」と「受肉」と書かれた部分にリズムよく人差し指を押し当て、鑑定する。
▽ 派生スキル
スキルをある一定の条件で使用した場合に獲得できるスキル。
進化の進捗度は元となるスキルにも適用されるため、効率よく使用することができる。
特異なものであるため魔力使用量が多い。
▽ 受肉
肉体をもたない種族に肉体を与える儀式。
肉体の等価交換で行われるものであり、命を捧げる行為であることから神聖な儀式とされている。
限られた者のみスキルとして獲得することができ、その場合は魔力を捧げることで儀式が完了する。
自分が行った行為が想像の遥か上を行く難易度とリスクが伴っていたことを知ったルーナは、更に表情を明るくしていった。
「待って、お肉つけるスキルもらったしやっぱうち天才じゃーん!
極稀にって書いてあるやばー!」
「ってか、なんで自分にお肉付けた時はスキルもらえなかったんだろー」
新たな疑問を解決するべく、
派生スキルを獲得した際の画面内の
の鑑定結果の中にある「デコレーション → 受肉」と、
▽ 受肉
の中にある「限られた者のみ」という箇所に触れる。
▽ 派生スキル獲得条件 (デコレーション → 受肉)
スキル:デコレーション を使用し、魔物に肉体を付与することで獲得可能。
ただし、スキル元の人物からの加護を獲得した肉体を持たない魔物に限る。
「あーね!
なんかいつの間にアルルとコーのこと加護ってたっぽいわー
だからうちのはノーカンだったんだ納得~」
▽ スキル:受肉 の獲得
スキル:デコレーション は 個体名:ルーナ のみが所有する固有スキルであるため、現在 スキル:受肉 を使用できるのは 個体名:ルーナ のみである
「え、マ??
うちだけとかやばくない普通にすごくない!?」
号泣する不死屍2体と見えない何かを操作して何かに激しく納得した様子のギャル。
はたから見ればかなりカオスな状況であった。
ミノタウロスたちも何をしたら良いのか分からないと言った様子で立ち尽くしている。
そんなことには目もくれず、ルーナの脳は新たに次々と現れる未知の言葉たちへの好奇心に支配されていた。
「ってか、加護ってなに!
検索けんさく~♪」
文字に起こしたら、きっと彼女の語尾には音符が付いていることだろうとその場にいる誰もが思うほど、わかりやすく上機嫌だ。
▽ 加護
固有スキルを所有している者が与えることができる。
与える者を「主」与えられる者を「従」と言い、従はその個体ごとの弱点を補う効果を得る。
主従関係を互いが認め、主が従に触れることで儀式が完了する。
「待ってうちほんとに天才かもうける
こんな儀式いろいろやっちゃうとか、しごできすぎて泣けるー」
全く泣きそうな様子ではないが、さすがの彼女も自分の行動が及ぼす影響に圧倒されているようだった。
だが、何回にも渡って繰り返すが彼女は頭が良いタイプのギャルなのである。
今この状況が良い方向に動いていることは明白だった。
自分の持った能力よりも、その能力をどう使うかに意識を向けるべきだと結論付ける。
過去の行動よりもこれからのことに意識を向けるべきだ、とも。
一瞬頭を曇らせた事象を得意の切り替えの早さで振り払った。
「よし!決めた!
うちにしかできないことやってみよ!!」
「なんかけっこーレアキャラっぽいからさ!
せっかくならマブたちのために使おー」
すっかり大所帯になったこの世界のマブたちをゆっくりと見渡す。
大きく息を吸い、新たな人生の始まりの風を体全体に染み渡らせた。
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「お伝えします。
新たな天賦の才を持つ者の誕生を確認。
同時に特殊スキルも所有している模様。
現在、セメテリー村付近にいる模様です。」
腰まで伸びた黒髪に白い肌、透き通るような青色の瞳を持った女性。
跪きながらそう言伝をしたのは仰々しい玉座に鎮座する大柄の男である。
どうやら女性は男の秘書のような立場らしい。
この部屋の中に居る者の中で唯一ぴったりと男の横に付いて指示を待っている。
清潔感あふれるシルクの衣類に身を包み、濁り一つない白髪と蓄えた口髭からは荘厳さが感じられる。
すべての規模が大きく、細部まで手を加えられた装飾に包まれた部屋はまとまった印象を受けると同時に無意識な居心地の悪さを感じるような雰囲気も含んでいた。
報告を聞いたその男は大きなため息を一つ落とす。
同時に部屋中に鋭い緊張が走る。
控えている数十人の側近たちは流れる冷や汗を悟られぬよう必死に表情をこわばらせた。
「来たばかりならそう簡単に進化することもなかろう。
……しかし、だ。」
ひと呼吸置き、もう一度大きく息を吐いた後、先ほどよりも禍々しい感情に満ちた目線を秘書に向ける。
「もし余を脅かす可能性が生まれれば、躊躇なく殺せ。」
部屋を包む威圧感に少し微笑んだ女性は頭を更に下げ主従の意を示し、口を開いた。
「はい、仰せのままに。
国王様。」